17 クララ失踪
17 クララ失踪
アパートに警察官のミツオが来た。
「今日は何の用事でいらっしゃったんですか?」
「サクライクララさんのことです」
「クララさんはあなたの中学校の同級生だと言うじゃありませんか」
「そうです。あいつ、いえ、彼女は中学校の頃からきれいで目立っていました。学校の成績もいつも飛びぬけて一番でした。でも、やんちゃで暴走族のヘッドをやっていました」
「え、え、え。中学生でしょう。バイクに乗ってはいけないでしょう」
「あいつそんなことお構いなしですよ。好き勝手に生きてましたよ」
「えっ、今は官僚ですよね」
「官僚? 何の話です」
「国の官僚です。高級官僚ですよ。たしか内閣府にお勤めだとか」
「ばかなこと言ってんじゃありませんよ。あいつのどこが官僚なんですか。確かに頭は飛び抜けて良かったですよ。真面目に勉強すりゃあ官僚くらいは簡単になれたでしょう。ですが、そんな女じゃありません」
「東大の法学部を卒業したというのは・・・」
「東大? 高校中退ですよ。株の仕手戦に絡んだとかなんとかで退学させられたんです」
「株の仕手戦? 高校の時ですよね。高校生が株ですか?」
「あいつ、あの頃10億円くらい動かしていたんじゃないですかね。頭が良すぎるんですよ。それなのに頭を使うのはもっぱら詐欺ばかり。まっとうなことに頭を使えばいいのですけどね」
「詐欺? 彼女、詐欺師なんですか?」
「詐欺師の枠に収まらないかな。なんて言ったらいいのかな。天性の自由人。人生を楽しんで生きているってとこかな。彼女に法律なんて関係ありません」
「暴力団か反社に属しているんですか?」
「もう暴力はふるっていないそうですけどね。知的なゲームが楽しいんだって言っていましたよ。才能と行動力があり過ぎなんですね」
「知的ゲーム? そんな彼女がどうして私と同居しているんですか? あなたの紹介だと言うじゃないですか」
「それは嘘です。私と彼女が中学の同級生というのは間違いありませんよ。ですが、あなたを紹介するいわれはありませんからね」
「訳が分かりませんね。詐欺師のような彼女がどうして私と同居なんかを望んだんですか。6畳一間の狭い部屋ですよ」
「彼女になにか企みがあったのですよ」
「どんな企みです?」
「それがわからないんですけどね。彼女は決して暴力事件などには絡みませんから、どんな知的ゲームをたくらんでいるかということですね。ええ、ええ。彼女は詐欺という言葉が嫌いで、知的ゲームという言葉を好んで使っているんです。自分のことをインテリジェントゲーマーと呼んでいます」
「インテリジェントゲーマー? そんなインテリが平々凡々とした私と一緒に暮らすことをどうして選んだんでしょうか。それに官僚じゃないとすると、昼間はどこで働いているんですか? 毎日定刻に出かけて定刻に帰ってきていますよ」
「どこで時間を過ごしているんでしょうね。決して喫茶店でぼんやり過ごしているわけじゃないでしょうからね。どこかで悪だくみをしてそれを実行しているはずですよ」
「彼女のマンションですかね。この部屋に引っ越すために彼女のマンションに荷物を取りに行ったことがあります」
「そのマンションを拠点に活動している可能性は高いですね」
「マンションで何をしているんでしょうね」
「それがわからないんですよ。それにどうしてあなたに近づいたのかも」
「毎日、一緒に夕食を食べて、彼女は仕事をして、私はテレビを見て、そして寝るという毎日を過ごしているだけなのですが。彼女に特別不審なところはないですよ」
「不審なところを見せないのが彼女です。何か気づいたことはないのですか? 仕事の話とかはしないのですか?」
「そう言えば、仕事の話をしたことはないですね。どうせ難しいと思って聞く気にもなりませんでした」
「あまりにも平凡な日々ですね」
「すみません。インターネットの中の私は派手なんですがね」
「タローさんですね。もはやあなたではありませんよ。待てよ。インターネットの世界をサクライが構築したとすれば・・・。ありえるな」
「タローを作ったのは彼女? 本当ですか? 信じられないな。彼女もディープフェイクの被害者のはずですよ」
「アダルトビデオの件ですか?」
「確かに一本目は興味本位で出演したと言っていましたよ。でも、あとのは自分でディープフェイクを作ったことを認めていたし。それも相方の恐喝から身を守るためだと言っていたじゃないですか」
「あれで儲かったのは誰だと思いますか。クララはアダルトビデオのクイーンと呼ばれるまでになったんですよ。ディープフェイクを使ってね。あまりにも巧みでしょう」
「えっ、あれは彼女が仕掛けたことなんですか」
「きっとそうです。ビデオの制作会社から億という金をもらっているはずです」
「えっ、億。彼女はそんなにしたたかなんですか」
「したたかな女ですよ。「タローを探せ」を彼女が作ったのならば、100億は儲けているはずです」
「え、え、え・・・。でも、そんな大金持ちの彼女がどうしてこんな狭い部屋で私と暮らさなければないのですか。もっと豪勢な生活を送ったらいいじゃないですか。億万長者なんだから」
「悪だくみか、それとも気まぐれか。意外と気まぐれなのかもしれませんね。ところで、今日は、クララはいないのですか? 今日はそこのところを問い詰めようとしてきたのです。タローコロナは犯罪ですからね」
「あなた、クララさんの友だちですよね。何にもご存じじゃないのですか。クララさんが蒸発したんですよ」
「蒸発? 私は日ごろクララとは連絡を取り合っているわけじゃありませんから。蒸発したのも今知りました」
「そうですか。とっても親しそうだったので何かご存じかと思ったのですが・・・」
「しょせん中学校の同級生ですよ。それでクララはいついなくなったのですか」
「一週間前ですから、先週の月曜日です」
「彼女はこれまで家を空けたことはないのですか?」
「全然ありません。毎日遅くとも7時には帰ってきて、一緒に夕食を食べましたから。これまで一日もそのルーティンを崩したことはありません」
「それで彼女の荷物はなくなったのですか」
「荷物はあるんですよ。荷物と言っても、スーツケース一つなのですが。荷物は衣服くらいです。そう言えば、パソコンがなくなっています」
「パソコンだけ持って出て行ったのですか」
「犯罪に巻き込まれているということはないのですかね」
「何か心当たりでも」
「いえ、別にありませんが、あんなにきれいな人ですから、人さらいにあったとか」
「子供じゃないんですから。それにあいつ喧嘩に強いですから」
「犯罪に巻き込まれているんじゃないですかね。わたしから何度もスマホでメールや電話をしているんですが、出ないんですよ。防犯カメラで調べてもらえます。得意の顔認証システムがあるからすぐにわかるんじゃありませんか?」
「防犯カメラはもう使えませんが、ほかならぬあなたの頼みですので、捜索してみます」
「よろしくお願いします。一年も一緒に住んでいたので、他人とは思えないんです。それかと言って、彼女でもなければお嫁さんでもないんですけどね」
「ルームメイトなんでしょ」
「そうです。それです。それと互いにアリバイを証明する同志でもあるんですよね。彼女、アリバイを証明できなくて困っているんじゃないかな。私だって彼女がいないとアリバイを証明することができないんですよ」
「もはやアリバイの証明の必要はなくなったじゃないですか。タローがあんなに増殖してしまっては、もはや防犯カメラの映像は何の意味もありませんからね」
「ぼくはいいとして、彼女はどうなんですか? このまえあなたが来て彼女を犯罪者扱いしたじゃありませんか」
「ああ、あれですか。あれは彼女の自作自演ですよ」
「えっ、どこが自作自演なのですか」
「あの相方死んでいませんよ。ぴんぴんして今日もアダルトビデオに出演しています」
「えっ、確か地下鉄に落とされたとか落ちたとか言って、他殺と自殺の両面から調べているって、あなたが我が家に来ましたよね」
「ああ、あれですね。あれは久々にあなたの家を訪問したかったのですが、訪問するきっかけがないので、サクライさんに相談したら、あの事件をでっち上げることを教えてくれたんですよ」
「そこまでしてどうして我が家に来たかったのですか」
「あなたの顔が見たくなって。しばらく会っていないでしょう。でも、あなたを犯人扱いするわけにもいかないし。するとサクライが自分が容疑者になってあげるって、提案してくれたのですよ」
「どうしてそこまでして私に会いたかったのですか。私その手の趣味はありませんよ」
「私だってありませんよ。仕事が終わって自宅に戻るでしょ。パソコンでタローを見ていると、無性に本物のタローに会いたくなったんですよ。もう防犯カメラにあなたが写っていてもあなたに会いに行くわけにはいきませんからね。そして防犯カメラもなくなってしまいました。この喪失感。分かってもらえますか? 上司に止められているんです。上司はぼくのことを偏執狂を見るような目で見るんですよ。この前なんか「おまえはタローのストーカーか」って言うんですよ。ひどいじゃないですか」
「私、タローではありませんから。フルタですから。最近、お客さんからもタローって呼ばれるようになって、本当は腹が立っているんですよ。でも、お客様でしょう。顔に出せないんですよ。ニコニコ笑いながらやり過ごしているんです。でも、時には「おれはフルタだ」って叫んでやりたい気になったりします」
「最近はタローに似たフルタさんですからね」
「主客転倒とはこのことですよ。どうして私がタロー似にならなくっちゃいけないんですか。ひどい人はニセタローって言うんですよ。タローのオリジナルはどう見ても私ですよ。そうでしょ、お巡りさん」
「そうですね。でも、そのことを知っているのはごく少数ですよ。多勢に無勢とはこのことですね」
「だから私も公には文句を言ってないわけですから。こうして陰で愚痴をこぼしているだけですから。とりあえず私のことは良いですから、クララさんを探してもらえませんか?」
「承知しました。吉報を待っていてください」
何日か経って、ミツオがやってきた。
「何かわかりましたか」
「これ見てください。クララがハワイのオアフ島にいるのがわかりました。これはどう見ても誘拐ではありませんよね。ビキニ姿で楽しそうにくつろいでいますもの」
「海外旅行に行ったのですか」
「ハワイだけじゃありませんよ。こっちを見てください。バルセロナのサグラダファミリアにもいるんですよ。こっちはカンボジアのアンコールワットです」
「それは女性版の「タローを探せ」じゃないんですか。それにクララさんが利用されているとかないんですか。「ハナコを探せ」のように」
「これは本当のリアルクララではないでしょうかね。ただの海外旅行ですよ。彼女、金ありますからね」
「よく見せてください。たしかにクララさんですね。でも、タローの場合だって、よく見ても私ですよ」
「まあ、そうですが。いまのところ同じ時刻に別の場所には登場していないそうだし、「ハナコを探せ」はブームにはなっていないそうですよ。ちなみに「ハナコを探せ」は今私が勝手に命名したものですが」
つづく




