黒蛇
黒蛇の生息地は鬱蒼とした森である。つまり村があるこの山脈にも生息はしている。ただそう簡単に見つかるものでは無く住処とされる大きな穴倉を見つけても姿が無い事も多い。これは黒蛇の習性のせいだ。黒蛇は他生物と争う事を嫌い、1週間程度で住処を変える。その為、住処だった場所を見つけてももうそこには居ないという事があるのだ。
「巣穴っぽいのは結構あるんだよなぁ」
「でも、居ないね。これは時間が掛かりそうだよ。今日まで見つかるかな」
見つかるかなでは無く見つけなくてはならない。シーフが考えている通りの病気なら発症まで数日、絶命まで一週間程度だったはずだ。村人の最初の感染者は発症から一週間は経っている筈だ。もう一刻の猶予も無い。
「これは前世の知識なのかい?」
「病気の事ならそうだぜ?治療法を持って来れなかったのが残念だけどな」
「それでも十分な知識だったよ。シーフ君の前世は学者だったんじゃないかな?」
「それは無いな。言っちゃ悪いけどこの程度の事なら割と一般常識だった。この世界より文明が進んでたんだよ」
「そうなるとそこまで分かってるのに自分の記憶だけすっぽっと無くなってるのはなんていうか、変だよね」
実際そうだから変と言われてもどうしようもないのだが、一理ある考えだ。女神は転生の弊害だと言っていた。あくまでシステムであって女神ではどうしようもない事だと。あれだけの力を与えてくれる予定だったのなら是非とも記憶を復活させて欲しいものだが。
そんな無意味な事を考えながら数時間、闇雲に探し回っていると最近まで住んでいた様な痕跡の残る巣穴を見つける。
「この跡は……」
「何かが這ってった様な感じだな……」
「……太くないかい?」
その痕跡は木の幹を余裕で越えそうな太い何かが這って行った様なものだった。
「確かに大きさは聞いてなかったな」
「でも、他生物と争うのが嫌いなんだろ?図体がでかいだけならそう手こずる事も無いよね」
これまた綺麗にフラグを立ててくれたおかげで大変な事になる。
「──っ!」
「あぶねぇな!」
「弱いんじゃ無かったのかい⁉」
「誰もそんな事は言ってねぇよ!」
そう確かに前情報では大きな穴倉に住み他生物と争うのが嫌いとだけ言われていた。だが、そこに弱いなど一言も書いて無いのだ。黒蛇は大木の幹の様な胴を持ち、長さは三階建ての建物を越える。それでもって強力な毒を吐くなんてオプションも付いている。全身が筋肉で構成されている事もあり速度、力共に人を越える。そんな存在が黒蛇なのだ。
「あの鱗何とかしねぇと攻撃が入らねぇな」
「龍の鱗と同じ原理なのかな。覚えてるかい?シーフ君」
覚えているがそれだと困る。あれは龍飼いの笛があってこそ攻略出来た相手だ。それが今回は何も無いのだ。考えるだけで嫌になる。
「魔法使える奴が居ればな!」
「そんな事言っても居ないんだからどうしようも無いだろ!何かいい案出してくれ」
会話をする間にも黒蛇の猛攻は止まらず二人相手でも逃げるので忙しい。
「毒を吐く瞬間に魔法をどーんってやればいけそうな気がするんだよな」
「──くっ。重いなぁ。そんな事言っても、刀でも投げ入れてみるかい?」
「いいかもな、それ」
「本気で言ってるのかい⁉」
「それくらいしか方法はねぇだろ。次黒蛇が毒吐こうとしたら突っ込んでくれ」
「……」
「そんな顔するなって。毒は何とかして見るから」
「言ったからね、頼んだよ!」
作戦が決まると再び黒蛇に向かって攻撃を開始する。鱗で斬撃が効かなくても黒蛇からすると中々うざったいようで暴れ方が激しくなる。ヘルメスはそんな黒蛇がのたうち回るを身軽に回避し黒蛇の頭部へと近づいて行く。黒蛇が毒を吐くのは自分の目の前に来た瞬間だ。黒蛇が正面にヘルメスを据えた瞬間、ヘルメスは一直線に黒蛇へと走り出した。黒蛇も定石と違わず毒を口から放出した。このまま行くと確実にヘルメスに着弾するだろう。それでもヘルメスは相棒を信じて走り抜ける。
「──上手く行けよっ!」
シーフは腕輪に魔力を流し込みヘルメスと黒蛇の間に魔力障壁を出現させる。シーフは出現させた魔力障壁を高速で横へ。受け止めた毒が地面に落ちるより早くスライドさせヘルメスに活路を導く。シーフを信じて走り抜けたヘルメスの正面には口を大きく無防備に開けた黒蛇の姿があった。




