奮戦
「じゃあ、もう行ってくるわ。出来るだけ時間稼ぐから体力回復しといてくれや」
そう言い残し少し離れた距離で様子を窺っている帝国軍に向けゆっくりと歩みを進めた。今は先の乱戦のように囲まれておらず、そちらから先制攻撃を仕掛けてくる様子は無い。シーフが来るのを待ち構えている。対集団で守りに入られれば個人の方が分が悪い。それは火を見るよりも明らかだろう。だが、シーフは迎撃するより出撃する方が性に合っていた。
「……よっしゃ!」
声を出し身体を鼓舞する。先ずは手前で盾を構え迎撃の態勢を取る帝国兵から崩す。両手に掴んだ短刀を身体の回転を利用し下から突き上げる。その衝撃に盾を持つ帝国兵は耐えきれず後方に吹っ飛んだ。陣形に一つ穴を開けてしまえば内部から暴れれば指揮系統は麻痺する。立てていただろう作戦を実行させる間も無いほどシーフの攻撃は鋭く早い。その姿さえ捉える事が出来ず帝国兵たちは右往左往していた。だが、帝国軍も馬鹿では無い。対処が困難と分かるや否や徐々に隊を後退させその殿として決闘では戦う事の出来なかったアブソール以外の幹部の二人が登場した。
「帝国軍がたった三人にここまでしてやられるとは驚きですよ」
「前情報も碌にねえ。王国も随分な切り札を隠してたもんだぜ。なぁ、おやっさん」
目の前に立つのは老兵が一人、それに比べ二回り程若い兵士が一人。どちらも大剣を肩に担ぎこちらに語り掛けてくる。
「俺は別に王国の回し者じゃねぇよ。ここにだって俺が自分の意志で来ただけだ」
「あ?訳わかんねえ事言ってんじゃねえぞ」
「ほう……それは一体?」
「そこの城塞に籠城してる知り合いを助けに来ただけだ」
「ふむ、それは素晴らしい理由ですね。ですが、そんな話で我々が手を抜くだなんて勘違いなさらぬよう」
どうやらここでお話は終わりの様だ。二人の帝国兵は大剣を同様の構えに持ち直し真っ直ぐに俺を見つめる。先制攻撃は譲るという事だろうか。だが、この状況迂闊に攻めるのは得策では無い。二人に同時に攻撃する術を俺は持っていないからだ。一人を狙えばその隙にもう一人に狙われてしまう。これまでの様な雑兵相手なら何とかなったが、そんな楽な相手では無いだろう。
少しの間が開いた後、先に動き出したのはシーフだった。狙いは老兵、速度を活かした短剣での一突き。シーフの魔力循環を限界まで行い身体能力を上げ切った一撃。その攻撃は老兵の大剣に防がれてしまう。そこで生まれた一瞬の隙を敵は見逃さなかった。
「──リーマス!」
老兵はシーフの突きの衝撃でノックバックしながらも声を振り絞った。その声にリーマスと呼ばれるもう一人の男が呼応し、衝撃で身動きが取れず未だ空中に居るシーフを叩き切った。リーマスは拳を握り勝利を確信した。
「おやっさん、案外弱かったっすね!」
「──馬鹿、避けなさい!」
老兵へと向き直り報告に向かうリーマスはその老兵の突進により地面に身体を倒されてしまう。
「なんだよ、急に……」
リーマスは腰にしがみつき自分を突き飛ばした老兵を眺め、その身体にある異変に気付く。
「おやっさん、足が……」
老兵の上半身から下、その全てが老兵の身体から失われていた。気が付くと周囲には大量の血だまりが出来ていてもう治療する事は叶わないだろう。
「お前は最後になるといつも気を抜く。それさえ出来ればお前は帝国でも上位の実力なんです……後は自分で何とかしなさい……」
「……おやっさん」
老兵は目を静かに閉じその生涯に終止符を打った。リーマスは老兵の身体を横にそっと安置し先程から音沙汰の無いシーフを探す、が直ぐに見つける。リーマスの後ろ、少し離れた位置で自らの短剣を眺めていた。
「一対一なら強いんだけどなぁ。やっぱり複数だと簡単にバレるか。万能じゃねぇな、この紅喰刀の力も冥喰刀よりは劣るな」
「……おい!なにごちゃごちゃ言ってんだてめえ!おやっさん殺しといて只で済むと思うなよ」
「そんな事言われてもこれは戦争だぞ?お前こそ分かってんのか?」
この言葉にリーマスは我を忘れシーフに向かって大剣を振り下ろす。リーマスは裏を取っているのにも関わらず攻撃をしてこなかったシーフに対しイラついていた。どうして隙があるのに殺さなかったのかと。もしや自分とおやっさんとの時間を作ってくれたのかと考えもした。だが、そんな事は無かった。リーマスが振り返るとシーフは自らの短刀を眺め訳の分からない事を呟くだけ。結局、リーマスの事など眼中に無かったのだ。その事に気が付いてしまったらもうリーマスの怒りは留める事が出来なかった。
「てめえ!」
声と共に大剣を振り下ろす。だが、その剣はシーフに受け止められる事も無く躱されてしまう。凡そ大剣で実現できる速度とは思えない剣筋を見せるがそれもシーフには届かない。小柄な身体を活かし少ない歩数で的確に攻撃を避けて行く。
「くそっ……!」
リーマスの健闘虚しく大剣は虚空を斬り体力だけが奪われていく。一方シーフは攻撃を躱す事が出来ても反撃に転じる事が出来ずにいた。理由は至極単純、自分の持てる力の全てをリーマスの攻撃を避ける事に使っているからだ。全神経を回避に集中させ、効率良く攻撃を躱す。決して侮っている訳では無いが、これが終わっても数十万の帝国軍と戦わなければいけないと心の中でシーフに本気を出させる事を封印していた。それがリーマスにも伝わり怒りが増幅する。それがシーフには好都合に事を運んだ。
「──おらっ!」
「……」
「──チッ」
次第にリーマスの剣筋は鋭さを失われていきシーフに反撃の余地を与えさせた。こうなってしまえば話は早い。リーマスが大剣を振り抜き再び構えるまでの僅かに生まれ始めた隙に手首の腱を切る。両手で扱わなければあの様な速度を出す事はもう敵わない。片手になっても戦おうとするリーマスの首を無慈悲にシーフは斬り飛ばした。
「怒りに支配されるようじゃ俺にゃ勝てねぇよ。それにしてもまだあんなにいるのか」
戦闘で狭まった視界を上げると帝国軍は陣形を組み直し終わっていた。
「こいつらの時間稼ぎは成功って訳か」
恐らく正面に並んでいるのは魔法兵だろう。先程の兵士たちと装備が明らかに変わっている。周りにはもう帝国兵は一人も居ない。そして俺に魔法を防ぐ手段はもう無い、か。
先頭集団から光が発し始める。魔法を放つ際の魔力反応だ。あの光が最高潮まで行った時、ここは焼け野原になる。フォータが放った一撃よりも強大な魔法が来るだろう。シーフの体内魔力はもう底を尽き掛けていた。魔力障壁を張る事出来ない。未だ、回復していないヘルメスやフォータを見てシーフは遂に腰を落とした。
「いや、俺にしては良くやった。受賞もんだぜ」
この世で最後の景色を見納めながらそんな事を呟いた。光は直視する事が厳しいくらいに発光し今にも爆発する様だった。その光が各色に色付き、魔法となる時シーフは目を閉じ最後の時を待った。
そしてこの日、最大の魔法が放たれた。その衝撃はルネートル城塞を揺らす程大きなものとなりルネートル城塞の反対側に駐留していた別働の帝国軍も何事かと伝令を走らせる程のものだった。




