第一戦
「相手はどんな奴なんだ?」
「そうだね。分かり易く説明するとアブソール居なかった場合、敵将となるのは彼だよ」
「そりゃあ内心穏やかじゃなさそうだな」
「もしかしたらここで一発決めて部下にいい顔をって考えてるのかも知れないね」
少し棘のある言い様に笑ってしまう。
「あいつが負ける訳無いって?」
「親バカだって思うかい?ヘルメス君は本当の息子のみたいでね。少し評価が高いのかも知れないな」
決闘に赴く二人の外側には気持ち程度の仕切りがされている。ここから先は対戦者以外の立ち入りを禁じる意味であってそこで起きる魔法や衝撃を受け止めるものでは無い。
「私は第二部隊隊長グリッチ=ティーだ。手加減をするつもりは無い。本気で掛かって来るんだな」
「これは丁寧にどうも。僕はヘルメス。平民だよ」
決闘は二人が円に入った瞬間に始まる。つまりもういつ仕掛けてもいいと言う訳だ。
「では、参る」
「律義だね」
ほんの少しの言葉を交わし戦闘は始まった。
「相手さんは剣士か」
「グリッチは剣一つで爵位を貰った家系だったかな?」
「団長さんは何でも知ってるな」
「それが仕事だからね」
一体どれだけの情報を握っているのか、嫌な笑顔で笑うものだ。この分だと自分の隠したい事まで知ってそうなものである。まぁ、隠したい事など無いのだが。
「ヘルメス君はここ最近で本当に強くなったね。家を出る前とじゃ大違いだ」
「初めに会った時からめっちゃ強かったけどな。あいつが居なきゃ少しも旅が出来ずに死んでたぜ」
「そう言えばそういう話だったね。何か理由はあるのかい?」
「旅にか?ねぇよ。旅に理由を付けるのなんて野暮な事だろ?」
「それもそうだね」
散らばった天啓を集めてます、なんて正直に話したところで誰が信じようか。偶々ヘルメスは馬鹿正直に信じてくれたがこれがこの世界でどういう意味を持つ事なのか曖昧なのだ。もしかする禁術の類かも知れない。そうだとしたらこれをべらべらと話す事は自殺行為だ。話すとしても俺が信用を置ける人だけ、ヘルメス以外に話すとしたら後何人いるだろうか。
一般兵や盗賊くらいなら簡単に斬る事が出来る、そう自負している。だからまぁこの人はそうでは無いのだろう。一撃目、上段で止められる。すかさず蹴りを放つが後ろに飛び避けられ蹴りは宙を切る。それから何度斬りかかっても受け止められ流れを作り出す事が出来ない。中々に相性が悪い相手だ。
「随分と苦労してるね」
「まぁ、所詮ヘルメスだからな。帝国の将軍レベルの実力者にはあんなもんだろ」
「いやいや、ヘルメス君はそれこそ将軍の域に達してると言っても過言では無いよ。力もあって戦闘慣れもしてるしね。まぁ、足りないのは戦術眼くらいかな」
「それは俺の仕事みたいなところあるからな」
「そう、君たち二人で一人の将軍になれるという訳さ」
「いくら勧誘しても国の人にはならねぇよ。てか別に足りないのが戦術眼だけってんなら何であんなにやりづらそうにしてんだ?」
「それはただ単に体格の差じゃないかな。ヘルメス君は華奢だからね。グリッチのみたいに図体が良くてある程度速度もある奴は戦いづらいだろう」
ヘルメスが得意とするのは刀による一撃必殺。そして一対一による戦闘。だがその戦闘でも長々と戦うのは好みでは無かった。そのせいか戦いが長引くにつれて多少のストレスが溜まっていくのだった。
「ああ、何か調子が出ないな」
「これで不満か。私としては中々に骨のある相手だがな」
ヘルメスが事もなげに話すの対しグリッチは軽く息切れを起こしているのを見る限りヘルメスに分があるのは確かだろう。だがシーフにはその事に違和感を感じていた。
「あいつ本気出してねぇよな」
「そうかい?頑張っている様に見えるけどね」
「前話したよな。俺たち無の加護の奴らは体内の魔力を外の魔力と循環させる事で身体能力が上がるって」
「ああ、聞いたね」
「あいつそれやってねぇんだよな」
「それは……魔力が見えてるのかな?」
「いや、近くで戦ってきたから分かるんだよ。この前のピラミーダ平原だったら使ってたんだけどな」
「それが本当だとしたら……ヘルメス君は案外抜けてる事があるからね」
フォータの苦笑いにシーフは何の事かと思案するが答えは簡単に出る。
「……?あーそういう事か。あいつ集団戦闘の前に気合い入れる感じで魔力循環してたわ」
「そういう事かも知れないね」
「だとしたら相当馬鹿だぜ?個人戦になった途端いつもの癖を忘れるなんて」
「案外ヘルメス君も先方で緊張してるのかもね」
「なら……おい!ヘルメス!本気だぜ、いつも通りを思い出せや!」
またしても人切による一撃を受け止められ鬱憤を溜めていると外野から声が聞こえてきた。本気を出せと。
「本気でやってるってっ……!」
なんだよ、いつも通りって……あ、そういう事か。
その事に気付けば後は一瞬であった。すぐさまグリッチから距離を取り魔力循環を行う。ヘルメスに取って大一番の戦闘の前に行うルーティンの様な意味合いを持つ行為。戦いの様式に気を取られいつも通りの戦いが出来ていなかった自分を戒め再びグリッチへと刀を向けた。魔力循環をするとヘルメスは二倍程度身体能力が上がる。今まで苦戦していた相手でもこうなってしまえば只の一般兵と大差は無かった。一度の踏み込みでグリッチの懐へと入り込み下段から一薙ぎ、グリッチの剣を宙へと浮かせる。後はその隙だらけの身体に蹴りを入れれば決着が着くのだった。




