現象の光
「ああ、僕の事を知らないのかい?僕はアブソール=アイオン=エスフロー。帝国の第一王子さ」
服の袖に血を付けたその男は静かにこちらを見据え、手に持つ二つの生首を放る。
「カイル……エーテ……」
本来ならば五体満足でこの場所に合流する予定であった近衛騎士団の幹部の有り様を見てフォータから怒気を孕んだ声が漏れる。フォータは二人の頭部に近寄り布を被せた後臨戦態勢を取る。
「いやいや、やめてくれよ。お前と戦う気は無いんだ。リファ、俺が用あんのはどっちだ?」
すると横のリファと呼ばれた女がアブソールに耳打ちをし何かを伝える。耳だけを傾けうんうんと頷きあーと声を出すと俺と目が合う。
「お前がシーフって奴か。そうかそうかそうかディリティリオを殺したのはお前かぁ」
アブソールは口角を上げニヤリと笑うと掌をこちらに向けポツリと声を洩らす。三者三葉に警戒をするが何も起こらない。
「──サクション」
何かが抜けた。自分の身体に起こった現象を説明しようにもこんな抽象的な事しか言えないくらいの始めて体感したものだった。視界が白んでその場に崩れ落ちる。
「リリース」
アブソールの声と共に彼の指先から目の眩む様な光線が放出される。それは膝を突き動きの取れない俺へと真っ直線に伸び目の前で消失した。一瞬の出来事に場の時間が止まる。
「シーフ君……それは」
「ああ、グレイス王女から貰った腕輪の効果だな」
「魔力障壁……だね?」
「確かそんな事言ってたな。自分の内包魔力を蓄積させて自分に向かって来る魔力に対し障壁を張るとかな?ただ魔力の持ってきかたが凄いからこの前は外したりしたけどな。付けるのはここが正解だったみたいだな」
「正解かい?」
「グレイス王女がシーフ様は死にます。それをこれで回避してください。ってな……まぁ、これ以上は後にしようぜ」
首でヘルメスに正面を向く様に支持を出す。そこには渾身の一撃を防がれたのにも関わらず笑みを浮かべる者が居る。
「こりゃ凄いね。想像以上の魔力保有量。それに面白い魔道具も持ってるじゃないか。これならディリティリオのおっさんがやられるのも納得だ。それにこの状況を読んだ奴も居ると来た。リファ、こいつは昂るなぁ!」
「……」
リファは無言で頷き一歩後ろへと身を引く。
「そうだな。お前を殺して魔道具を持って帰ろう。帝国の奴に解析でもさせて俺にも使えるようにするか。そうとなったら時間は掛けられない……なぁ!」
べらべらと喋り続けるアブソールに対しヘルメスが鋭い一撃を打ち出す。
「……ちっ」
「そう急ぐなよ。俺が話してんだろ?ん?ああ、早く終わる分には文句はねぇか」
ヘルメスはアブソールの言葉に反応はせず淡々とその刀を振る。しかし、その攻撃がアブソールに当たる事は無く紙一重のタイミングで避けられてしまう。
「シーフ君、動けそうかい?」
「無理だな」
「フォータさんは大丈夫ですよね。手助けして貰えないですか?」
「すまない。ヘルメス君。先程から姿を消した女に警戒を解く事が出来ない。そっちは君が何とかしてくれ」
そんなぁと愚痴を溢しながらアブソールに詰め寄るヘルメスを見ていると思いの他、余裕があるのだろう。最初のあの魔法が切り札で今はジリ貧。そう思ってしまうのは警戒のし過ぎなのだろうか。
ヘルメスはこの戦いに違和感を感じていた。刀をいくら振ろうと当たらない。ギリギリの薄皮一枚で躱される。目の前の敵からは剣士特有の雰囲気は無い。距離の詰め方、歩方、体躯も細く魔法兵のような。いや、実際そうなのだろう。アブソールは時折、小さな火魔法を放ちこちらの動きを牽制する事があった。だが、魔法兵などヘルメスに取っては足らぬ存在。対集団ならまだしも対個人でここまで攻撃が当たらない事に違和感を感じていた。
「いや、困ったなぁ。サクッと殺してサクッと帰る予定だったんだけど」
「……」
「初撃が防がれるとは、ね!」
ヘルメスが一旦引いたのを見て二人の間に土の壁を出現させる。その壁を刀で一振り、壊すとヘルメスの前からアブソールの姿は消えていた。
「──⁉」
驚いたのも一瞬、ヘルメスは踵を返しフォータとシーフの元へと合流した。
「どうやら、僕の攻撃は当たらないみたいだ」
「当たらないってそんな事言われてもなぁ」
「交わされてるじゃなくて、刀が逸れる。いや、これを表現するのは難しいな」
天啓。シーフの脳内にはその言葉が浮かんでいた。
ヘルメスの実力からして攻撃を受け止められる事はあれどこうも躱される事は無かった。そこから考えると天啓の効果で当たらなくなっている。俺以外の二人は今、姿の見えない敵への警戒をしている。
「まだ居るのか?」
「そうだね」
「敵意を感じる。恐らく未だ逃げていない」
ヘルメスとの戦闘中、逃げたいと言っていた気がするが実は勝算があるのだろうか。
「ヘルメス、まだ居るなら姿を出させる事は出来る」
「ほんとかい?」
「それは昔やったろ。だけど見つけても攻撃が当たらないんじゃ意味がねぇ……いや」
そこまで言ったところで自分の中で考えが纏まる。
「……行ける。耳を貸せ、団長さんもな」
 




