指名手配犯と女神
ジリリリリリリというけたたましい音を聞きながら身体をベットから起こし音の原因となる目覚まし機に手を伸ばす。目覚まし機とは魔道具の一種で朝日を浴びると音が鳴る物だ。どの世界でも便利は追及していくものなのだなと感心する。
「今日の予定は観光で明日は天啓を回収作業でもしますか」
活動方針を決め階下の食堂へと向かう。体感値だがこの世界の宿は一階に食堂、二階以降は大体部屋という事が多い。この宿は一泊二食付きで銀貨一枚と中々リーズナブルな価格で泊まる事が出来た。前世で言うと千円ぐらいの感覚だろうか。朝食を済ませた後ヤングたちとの約束までは少し時間があるので近くを散歩する事にする。
開けた未知を歩いていると開店の準備をして忙しそうにしている人たちが忙しなく活動していた。そんな中道の真ん中に人だかりを見つけそこへと向かう。
「だからさぁ。お前らの王は碌でも無いんだよ。今回の戦争の発端知ってんのかぁ?」
集団の中心で一人の男が集団に向けて大袈裟な身振り手振りで話をしていた。すると集団の中に顔を出した俺に向けて白い仮面をした男が話し掛けてくる。
「お前も思うだろぉ?あんな奴が王なんておかしいよなぁ。この時代に戦略戦争なんてさぁ」
仮面の男は乾いた不快な声で高らかに笑う。そして目の無い仮面でこちらを覗き込み
「んー?お前いいなぁ。いい天啓をもってるねぇ。でもあぁ、女神の……これじゃ駄目だなぁ。全く成果ゼロかよ。お前はいい線いってたのになぁ?」
そう言って不快感だけを残し仮面の男は建物の屋根伝いにどこかへ消えて行った。女神と言われたのは偶然か。それとも俺の境遇を知っているのか。そんな思考の海に潜っていると
「いかれ野郎の戯言だ。気にするな」
そう集団にいたおっさんに窘められてしまった。そんなに顔に出ていただろうか。思わぬアクシデントに見舞われてしまったがヤングたちとの約束の時間も迫って来たので待ち合わせの場所の中央広場へと向かう。到着するとまだ彼らは居なかったので噴水でも見ながら暇を潰す。
「おーい。どうも。昨日ぶりですね。昨日はゆっくり休めましたか?」
「ああ。飯も美味かったし良く寝れたぜ」
「それは良かったです。王都に来て直ぐ悪印象は受けて欲しくないですからねそれじゃあ行きましょうか」
「うむ」
目的地は特に決めていない為、ヤングたち主導でおすすめの場所を回る事になっている。始めは王都北部に位置する大聖堂へと向かうらしい。王都内は広大な為、今居る中央広場から大聖堂までは距離がある。そこで使うのが王都内を巡回しているワーゲンだ。こういう用途でもワーゲンは使われる。
「大聖堂って誰を祀ってるんだ?宗教的な話は聞いた事無いんだけどな」
「宗教は帝国のものですからね。あそこまで熱狂的ではないもののアルザースでは女神様のへレア様を祀ってますよ」
「うむ。帝国の崇拝具合は恐ろしいからな」
どうやらこの世界での宗教とは少し過激なものという認識であり前世との感覚とは違う。俺から見れば王国の信仰も大聖堂などがある時点で十分宗教だろうと思うが王国民からするとそれは心外な事らしい。それでも信仰心は確かなようで女神へレアは王国でも人気があるという。
「そう言えば朝変な奴にあったんだよ。なんか白仮面の奴でさ。愚王がーとかなんとか言いふらしてたぜ?」
朝起きた事件を会話の一つとして挙げる。ただの話題提供のつもりだったが彼らの顔色は悪く何か深刻そうな表情をしていた。
「なんかまずった?」
「いえ……いやそうですね。白い仮面で男、シーフさんと身長は同じぐらいじゃないですか?その人は」
確かそんな感じだった気がする。
「ああ。そうだな。有名な奴なのか?」
「そうですね。簡単に言うと指名手配犯です」
「名はスカル。公表されていない指名手配犯の中では一番だな」
一番やばい奴なのだろうか。
「そんな奴が王都をふらふらしてて大丈夫なのか……?」
「大丈夫では無いですね。王都への侵入はどうやったのか」
「何の目的か」
「衛兵に通報しなきゃな」
「そうですね。大聖堂の隣には詰め所がありますからね。そこで伝えましょう。まぁ、もう手遅れだとは思いますが」
それから二時間程度でワーゲンは目的地に着いた。二人は詰め所に向かい俺はワーゲンの中へ残り二人を待つ事にした。
「それにしてもこわっ」
俺には自衛手段が一切無い。剣は使えないし魔法も使えない。天啓を集める事で最強になる予定が案外移動に時間を食われ回収も進まない。やっと出会えた天啓保持者も情が勝って回収出来ないと上手くいかない。そんな一般人の中の一般人みたいなスペックでは凶悪犯相手に何も抵抗は出来ない。そう思うとスカルとの邂逅を振り返り身震いを起こしてしまう。
数分経つと二人は帰って来たので観光を再開する。だが俺にはどうしても気になる事があって──
「なぁ。ここだよな。大聖堂って……」
すると二人は笑いながら説明する。
「豪華絢爛だと思いました?案外こんなものなんですよ」
「そうだな」
そこには他の建物と変わらぬ大きさのみすぼらしい教会が建っていたのだ。
「噂ばっかりが闊歩してそういう方も多いんですよね」
「これじゃあ観光客もがっかりだもんな」
「うむ」
中に入ると外見と比べられないぐらい綺麗な内装で日々大切に管理されている事が窺える。正面にはいつか見た顔と同じ女神の彫像が安置されておりその彫像の前で跪いて祈りを捧げている人が見えた。礼拝待ちの列に並び落ち着いたところでシーフがずっと聞きたかった事を切り出す。
「なぁ。スカルって結局何やったんだ?」
「駄目ですよ。名前を言ったら。一応守秘義務があるんですからね。で、彼の事ですが細かく分けると多すぎるので大きい事件だけを。まずその存在が確認されたのが二年前のオウス大伯爵の殺害ですね。その次にカイル侯爵殺害、クレット侯爵の殺害に関与していますね」
「それと複数回の村の襲撃もだな」
「それも動機は不明。何を考えているのやら」
聞く限り随分な大悪党だがそれでも捕まらないとなると相当の実力者なのだろうか。それを聞いてみると答えは簡単だった。
「戦闘行為は見られませんね。ただ洗脳系の能力を使うと考えられています。ですが詳しい事は何も」
「あいつは単独行動はしない。いつも用心棒を誰か付けていると言われている」
なるほど。厄介な相手だ。情報が不確かなのもスカルの能力によって情報を与えないからだろうか。それならば俺が無傷でやり過ごせたのは運が良かったと言える。
そんな話をしている内に列の最前まで辿り着いていた。ハルとヤングの二人がへレアの彫像の前で跪いて手を組み祈りを捧げる。それに倣いシーフも彼らの後ろで跪く。
「女神と話せはしないんだな」
精神世界とかで話せる展開を期待していた身からしたら少し残念だ。二人からもジト目で睨まれてしまった。
「不敬ですよ」
「悪い悪い。ガキの戯言だよ」
そうのらりくらりと笑い流す。
「そう言えばシーフさんっていくつ何です?」
「そうだな」
「十二歳になったばっかだぜ。それまで親が旅の許可出してくれなくてな」
俺が村の事を思い出して笑っていると二人が目を丸くて詰め寄って来る。
「シーフさんて……十二歳だったんですか。てっきりもっと上かと」
「私もそうだと」
「そんなに老けてるか……?」
二人は違うと首を振り否定する。
「そうじゃなくてですね。大人っぽいと言うか落ち着いていると言うか。でも見た目はそうですね。言われてみれば年相応かと」
「顔は幼いな」
そう言われると嬉しいような気もするがどうなのだろう。
「まぁいいけどさ。お前らの身長だってすぐ追いつくぜ?成長期舐めんなよ?」
冗談交じりにそんな事を言っていると次の目的に向かう為のワーゲンが到着し会話は止まってしまった。
シーフは今のところかなり弱いですね。