小さな一歩
結果は火を見るより明らかだった。こちらだけ武器を持っているにも関わらずシートスには敵わない。存在の格が違うとまでヘルメスに思わせる手合わせだった。
シートスなら剣島流の奥義でさえ使えるのだろうと確信する程に。
「全然なってねえ。お前奥義を極めてえなら先ずその戦い方から辞めろや」
「それは刀を使うなって事で合ってるかな。それは出来ない相談だよ。僕にはこ以外何も無いからね。そんな事なら僕は奥義なんて──」
「剣島流が刀を使わない訳ねえだろ。少しは考えろ。そうじゃねえ。この世界と裏の世界の狭間を歩いて行くもんなんだよ。こんな風にな」
シートスはヘルメスの元へと歩みを進める。ゆっくりと一歩ずつ。だがその姿をヘルメスが認知する事は出来ない。ヘルメスの目には急にシートスが姿を消した様にしか見えていなかった。
「──ッ‼」
数秒後ヘルメスは謎の攻撃により意識を再び失う事になる。意識の無いヘルメスはシートスに水の中へと投げ込まれ意識を回復した。
「──ぷっは!」
「分かったか?あれがお前が目指してる奥義だ。先ずはこれを知覚出来るようになれや」
ヘルメスには先の攻撃が一体どんな種類のものなのかさえ分かっていなかった。それをシートスから説明する事はこの先、今日以外もう無いだろう。つまり、この世界と裏の世界の狭間を歩いて行く。ヒントはその言葉だけ。シーフ君なら分かったかも知れないな、と弱気な事を考え出してしまう自分が嫌になるが感傷に浸るのはシーフ君を生き返らせてからと決めている。だから今は貪欲に強欲に情報を引き出していく。
「一ついいかな。裏の世界についてなんだけど」
「ああ?そんなのあいつが居る封印されている……いや、お前は知らねえか。知らなくていい事だ。あーめんどくせえな。だからなんつってたか。そうだ、時の止まった死の世界」
「時の止まった死の世界……?」
「お前は質問しか出来ねえのか。まあいい。お前には強くなって貰わなきゃいけねえ。時間の進みが無い世界。だがそれは今関係ねえ。その世界とこの世界の間を歩く。それが剣島流創設者が二百前に生み出した奥義の正体だ。これ以上は俺に聞かれても分からねえ。何せ俺は剣島流でも無けりゃ剣士でもねえからな」
ここまでこれ以上の情報はシートスから引き出す事は出来なかった。それでもがむしゃらに修行するよりは幾ばくかマシだろう。がむしゃらに修行する事が悪だと言わないし思わないが奥義に関してはもうその方法では限界を感じていた。次の段階、お爺さんを師としてでは辿り着けなかっただろう領域の話。奥義を知る者からの指導でないと進めない段階。そこへ足を踏み出す事は出来た。これはゼロからイチの小さな一歩。それでもヘルメスに取っては十一歳の時から踏み越える事が出来なかった領域に進む事が出来た。
あれから数週間、シートスと組み手を繰り返し行いその度に意識を失うと言う一見意味の無い修業をしていた。勿論奥義を修得する事は出来ずシートスの攻撃も見る事が出来ない。奥義に関しては全くの無意味な時間だったと言えよう。それでもヘルメスは自力が着実に上がっていくのを確かに感じていた。
修業を続けて行く毎日の中でヘルメスは疑問を感じ始めていた。これは何の為に行われているのかと。ヘルメスが反逆者に付いて行く理由は単純明快、シーフを生き返らせると確約をしているから。この修業がその目的に繋がっているかを考えていた。
今日も水の中で意識を取り戻す。顔に滴る水を拭い水源から這い出る。
「なあシートス。これは反逆者に取って利益があるのかい?僕は最後になって出来ませんでしたじゃ困るんだよ。僕は必要なら命令なら人だって殺すと言ったはずだよ。舐めて貰っちゃ困るね」
「ごちゃごちゃうるせえ奴だな。利益か?利益ならあるぜ。最後にな。だからお前には今以上に強くなって貰わなきゃ困るって何回も言ってんだろ」
「それなら良いんだけどね」
「ちっ。めんどくせえ。暫く俺は仕事に戻る。お前は頭でも冷やして待ってろ」
──それから数カ月間シートスは帰って来る事は無かった。