落下していく善性
「おにーさんの為に今回は楽な仕事を用意したんだぁ」
楽な仕事と言われてもスカルの言う事だ、信用は出来ない。
「そんな顔しないでよねぇ。アンリ=ソドムって分かるかなー?」
つい最近聞いた名を耳にヘルメスは反応する。
アンリ=ソドム、エナベルを殺す予定だった男。
ヘルメスからは悪印象しか湧かない相手を選んだのはスカルの思惑だろうか。
「いやぁ、あいつがさぁ僕たちを裏切りやがったんだよねぇ。裏切り者には制裁をってねぇ」
ヘルメスはアンリをとんだ役回りだと思う。
彼は恐らくあの作戦の本質に気付いてしまったのだろう。
結果的にエナベルを殺す事は叶わなかったがもし殺してしまってしたら魔人領と大戦争になって最終的にはA級戦犯として処刑されていた事は火を見るよりも明らかだ。
その未来が読めたのなら裏切るのも仕方の無い事だろう。
仲間で居ても裏切っても道は無いとは気の毒な男だと多少の憐憫を感じ得ない。
だが結果として裏切っただけ、本来はエナベルを殺していた男だ。
殺す事に対しては一切の躊躇は無い。
「君の気遣いなのかな?」
ヘルメスはスカルに対しこの采配の腹づもりを問う。
「そうだよぉ?おにーさんにまで裏切られちゃ大変だからさぁ。おにーさんには気持ちのいい仕事を回すように言われてるんだよねぇ」
スカルは悪びれも無くそんな事を言う。
「それにさぁ。僕はおにーさんが好きなんだぁ。だから敵になりたくは無いのさ。因みにアンリはこのまま放置しておくともう一度戦争を起こすよぉ」
「……まぁいいか。それはどういう事だい?帝国に戦争を仕掛けるって言うのかい?」
ちっちっちと指を振りスカルはその発言を否定する。
「詳しくは教えないけど戦争を起こすんだよ。それを僕は知ってるんだよねぇ。だからここで殺すのは王国の為でもあるんだよ。やる気は出たかなぁ?」
ヘルメスは相変わらずの皮肉を込めた物言いに辟易しながらも相手をする。
「僕は言ったよ。シーフ君を生き返らせてくれるなら何でもするって。それなのに君たちがこういう扱いをするなら僕は信用できない」
「信用?信用だあ?俺らを信用するなんて馬鹿のやる事だろ」
先まで壁に背を預け目を瞑り黙り込んでいたエリッシュが口を開く。
「俺らに対して信用なんて求めるぐらいならここから消えろ」
「はぁ止めてよねぇ。雰囲気悪くするのはさぁ。取り合えずおにーさんの要求はボスに伝えとくからさぁ。今回はやってくれるかな?」
ヘルメスは頭を掻きながら無言で頷く。
それなら良かったと話を纏めエリッシュを部屋から退出させる。
「エリーには事前に動いてもらう必要があってねぇ。だからその内に説明するよー」
「説明なんているのかい?アンリが居るのはこのソドムの屋敷だろ」
「そうなんだよねぇ。だから行くのは簡単だよ。でもこれは暗殺だからねぇ。大事には出来ない分面倒くさいよー?」
「なるほど。僕は裏で指名手配の身だからね。君と違って国民は知らないみたいだけど屋敷に行くならバレてしまうって事か」
「そうそう。だから屋敷の侵入経路と退路を伝えておくって事さ」
それから一時間後ヘルメスはアンリ=ソドムの自室にてアンリと対峙していた。
「ここに来るまで誰とも会わなかったのは君の屋敷の警備が雑だったのか、それともスカルの把握能力がずば抜けているのかどっちだと思う?」
突如部屋に侵入して来たヘルメスに対しアンリは大層戦慄した様子で目は泳ぎ手足は震え立って居るのもやっとに見える。
そんなアンリの様子に対し追及はせずヘルメスは自分の話を始める。
「やーね僕も最初は可哀想な人だと思ってたんだけどね。でも色々聞いてくと案外悪い事してるじゃないか。シーフ君の友人がルネートル城塞に向かったのも君のせいだとか。まぁここら辺はスカルの話だから鵜呑みにはしないけど。取り合えず死んでくれるかい?」
「────ッ‼」
ヘルメスはアンリには見えない速度で移動しその腕を切り落とす技術は使わず荒い断面から発せられる痛みにアンリは声にならない叫び声を上げ崩れ落ちる。
「声を出さなかったのは偉いよ。君が死ぬのが3秒遅くなったからね」
アンリが最後に見たのは鬼が笑う様な凶悪な笑顔であった。