初任務
「いや、魔王の娘ってなんだよ!」
これがここ最近ヘルメスが起床時に言うセリフであった。
あれから反逆者の塔に戻って来たヘルメスはバニティーによりシートスと契約を結んだ。
内容は勿論シーフを生き返らせてる事、そしてそれを達成するまでヘルメスは反逆者の協力者となる事。
これの効力は魂に働き掛ける物で絶対の力を有する。
そんな事もあり一日でとても疲れたヘルメスはその日転移術式を使って貰い王都南西に位置する町ソドムの宿で休息を取る事にした。
そんな日々の中ヘルメスは毎朝の目覚めが悪い事を憂いていた。
「そんなの本人からも聞いてないよ……」
確かに解答を貰い考え直せば不審な点はいくつかあった。
エナベル=シャイターンという名前、ここから彼女が平民では無い事が分かる。
しかしながら王国にはシャイターンと名の付く貴族は居ない。
その為ヘルメスはエナベルの事を帝国の人間だと思っていた。
やむにやまれぬ理由があり帝国から逃げて来たのだと。
そのせいで今回の戦争には付いて来ず結果的に別れる事になってしまったのだと。
だが違った。
エナベルは魔人領の王、その娘だという。
エナベルの話に時折出て来ていたお父様とはつまり魔王の事だったのだろう。
不確かな記憶だが最初エナベルと会った時もスカルらは魔王に攻撃された後だったと思う。
そうでも無ければヘルメスはバニティーと勝負にならなかっただろう。
それだけの差をこの前の廃城で感じ取っていた。
これだけの敗北感を味わうのはヘルメスに取って初めてであった。
これまで経験した自分より強い者は二人であった。
それは自分の師である老人と父親代わりとも言えるフォータだ。
だがここまでの敗北感は無かった。
歳を重ねれば届く領域、そこに二人は居た。
だが反逆者達は別格と言わざるを得ない。
ボスであるシートスに関しては実力を測る事も叶わないほど別の次元の存在だと感じてしまった。
ここ最近は随分と内容が濃かっただけに考える事が山積みになってしまっている。
こういうのはシーフ君の仕事だろと今は亡き友に向け想いを馳せる。
「そう言えばシーフ君にも負けたなぁ」
あの時の事を後悔しない日は無い。
ヘルメスにとってのターニングポイントはあの瞬間と言っても過言では無いだろう。
それだけあの戦闘訓練でシーフに敗北した事はヘルメスの認識を変える出来事だった。
ここの所宿に籠ってはうだうだとそんな事を考えては寝る生活を続けていた。
そして今日もその生活が始まろうとしていた筈だった。
ノック音も無しに部屋へと入る足音が聞こえ身構える。
扉を方を向くとそこには良く見慣れてしまった顔と久々に見た顔が並んでいた。
「──ッ。エリッシュなのかい……?」
そこにはヘルメスの記憶の中でのエリッシュとは見る影も無い程やつれた表情の彼が居た。
「久しいな……ヘルメス。3年ぶりか」
「久しいじゃ無いよ!今までどこに居たんだい?フォータさんが探していたよ……」
フォータの名が出た途端にエリッシュの表情は憤怒に染まる。
「その名を口にするな……お前であっても赦さない」
二人の親子の間に何があったのか、以前のエリッシュからは考えられない怒気を孕んだ声でヘルメスを脅す。
「それにしてもお前までこっち側に来るとはな。お前も神殺しに誘われた口か?」
「あー駄目だよぉ。おにーさんはそこまで知らないんだよねぇ。言っただろ?おにーさんは協力者さ」
エリッシュの裏で控えていたスカルが顔を出す。
「あ?なんだよそれ」
「そんな怒らないで貰えるかなぁ。全くエリーは短気だよねぇ」
ヘラヘラとした態度にエリッシュは目くじらを立てるがスカルは涼しい顔をして部屋のベットに飛び座る。
実際ヘルメスから表情は見えない、白い仮面を付けたままだ。
「まぁ落ちる所まで落ちたなお前」
「……」
これにはぐうの音も出ず押し黙るしか無い。
だがヘルメスには自分の良心を捨ててでも叶えなければならない事がある。
その為にはどんな罵詈雑言を浴びせられても遂行する覚悟だ。
「それでも僕はやる事があるんだ。だから僕の事は良いよ。君の事が聞きたい。どうしてこんな事に……」
「こんな事?こんな事だってよスカル」
エリッシュは笑っている表情の奥で目は笑っていない。
「自分のした事に気付かない奴ってのはどうも赦せねえなあ?」
「僕が何かしたのかい……?」
その言葉にエリッシュは目の色が変わりヘルメスに殴りかかろうとするがスカルにその腕を掴まれ未遂に終わる。
「あー駄目だって。そーゆー掟だろ?仲間には手を出さないってさぁ」
「興覚めだわ。久しぶりに会った親友がこんなんだとはな。もういい、早く今回の説明しろよ。とっとと仕事終わらせて帰りてえ。こいつと組むのも最後だってボスに言っとけや」
スカルはやれやれと溜息を吐きベットの上で今回の作戦の説明を始めた。




