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王都アルザース

俺がリンガラに来てから三週間。出発の日が来た。ついにケイアの天啓を回収する事は無かった。幸先の悪いスタートになってしまったが今回の件は希少だと割り切って次へ向かおう。

 最後の朝食を済ませ纏めた荷物を手に診療所から出発する。


「お世話になりました。ありがとう」


 真面目に感謝の気持ちを伝えようとするがどうも気恥ずかしくなり途中で頭を下げ顔を隠す。


「やめてよ。いきなり丁寧にさ」


 気持ち悪いとケイアはいつものようにケラケラ笑う。この小ばかにするような笑い声が聞けなくなるとは何とも寂しいような嬉しいような不思議な感覚に陥ってしまう。


「そうだな。まぁありがと。また近くに来たら会いに来るよ」


 つい頭を撫でようと手が伸びるが寸前の所で踏み留まる。


「……?そうね。絶対よ」

「ああ、約束だ」


 シーフの姿が見えなくなるまでケイアは手を振り続けた。伝えられなかった事を名残惜しむように。


「弟が出来たみたいで楽しかったな……」


ケイアと別れて一時間、俺はリンガラ北部の門へと向かっていた。行商のおっさんとの約束の場所として指定していたからだ。北門には見張りの衛兵が二人暇そうに座っていた。この場所は仕事が少ないのだろうか。そんな衛兵たちと日常会話を一時間ほどしていたら行商のおっさんが遅れてやって来た。


「おー早いな坊主」

「俺は時間通りに来たんだよ」


 しばらくぶりに見たおっさんの顔はずっと女の子と居た俺には暑苦しく感じた。


「んで儲かったのか?」


 おっさんはまあなとドヤ顔を浮かべていた。相当いい稼ぎだったのだろう。


「リンガラはどうだった?坊主」

「あーそう言えば生魚が食えたのは驚いたな」

「あーあそこか。あの店は──」


 なんて思い出話に花を咲かせながら出発の準備をした。程なくして準備は完了しリンガラの街を出る。王都への道のりは長く途中大きな街を一つ通過しそこで食料や生活必需品を補充しまた王都を目指す。ざっと一ヶ月は掛かる道のりだがこれでも街道が整備されていて魔物除け結界もあり他の道よりは障害なく進めるらしい。

 ところでこの世界は自分の認識より少し生活が豊かだと感じる。異世界と聞くと中世ヨーロッパなどをイメージするだろう。その認識は間違いではないがトイレが水洗であったりお風呂が一般普及されていたり生活水準はだいぶ上なのではないかと思う。だが異世界らしく通信技術は発達しておらず未だに手紙でのやり取りが主だという。公的なやり取りでさえ手紙で行われる為上流階級になると手紙に魔力印をして送るのが礼儀となるらしい。これも全部おっさん情報なのだが。

 そして一番驚いたのがこの世界にゴブリン等の二足歩行の人型魔物の魔族はいないという事だ。

興味本位で聞いただけだったが行商のおっさんに


「何言ってんだ。そんなのばあちゃんだって見たことないぞ」


と大きく笑われしまった。どうやら百年以上前までゴブリンやオークなどいわゆる異世界っぽい魔族もいたらしいが人魔西南戦争で滅び今ではおとぎ話の存在となってしまったという。その為この世界に魔族というものはもう存在せず魔の付くものと言えば魔物ぐらいなものなのだ。

 この世界で魔物と言えば家畜が突然変異して現れ、それが繁殖して野生に群れを作ることが主で海には海竜などの強力な魔物がいて臨海の町はそれを狩ることで生計を立てる事で暮らしているという。

 こんな感じで王都までの一か月間、行商のおっさんはこれまでの経験を活かし色々な為になる話を教えてくれた。名も無い村で狭まった見分を広げてもらったのは感謝してもしきれない。ワーゲンの乗り心地は相変わらずだったが王都に着くまでの時間を有意義に使えた。


「俺はこっちの門通らなきゃいけねえんだ。だからここでお別れだな」


 王都の城門は二つあり商業用と一般用に分かれている。これは検閲をしやすくするためだろう。


「助かったぜ。随分と長旅だったけどな。でもほんとに運賃いらないのか?」

「ああ乗り合いでもねえしな。俺も喋り相手がいて楽しかったぜ」


 行商のおっさんはいつものように豪快に笑い俺の肩を叩いた。

 別れを済ませた後、一般用の城門入り口の列へと並ぶ。リンガラの衛兵よりここの衛兵たちは真面目な顔で仕事をしていた。数十分もすれば俺の番まで列は回ってくる。するとこの一般用の入り口に列をなしている理由が分かった。


「国民証の提示を」

「……持ってないんだけど」


この王国の民は皆、平等に国民証を持っていてそれが個人証明となる。そしてこの国民証を持っていない者は罪を犯し剥奪された者か他国の者となるらしい。俺が持ってない理由は狩猟村出身で正式な村では無い為なのだがそんな事は一介の衛兵に分かるはずも無く城門に隣接する駐屯所に連れて行かれるのだった。


「だから無名の村の出身だからだって」


 狭い石造りの部屋に閉じ込められて早や数十分。衛兵は俺の話なんて聞く耳を持たずひたすらに取り調べを行っていた。


「盗賊や犯罪歴は無いようだな」


 犯罪歴がある者が触れると光る魔道具で確かめられる。これで五度目だ。この魔道具は罪を犯した際に必ず登録する物らしい。俺は一度も登録したことが無いのだから反応するはずがないのだが衛兵は懲りずに続けている。


「ガキの癖して何をすれば国民証を剥奪されるんだ」

「どんなもんか知らねぇけどなくす奴ばっているだろ。どんな思考回路してんだ」


 そんな問答を続けていると不意に後ろの扉が開く。


「どうした。どうしたー」

「悪い人捕まえたって聞きましたけど」


 後ろを振り返れば大柄な男と小柄な男が立っていた。


「ヤング大尉、ハル中尉。こいつです。国民証を持ってなく怪しい為調べているのですが犯罪歴は無く手詰まっておりました」


 なるほど大きいのがハルで小さいのがヤングか。


「んーどうも名前は?」

「シーフだけどさ。この人話なんも聞かないんだけど何とかなんねーの?」


 拘束時間も長くなり多少のイラつきで口調も荒くなる。


「よろしく頼むシーフ君。もしかして辺境の村出身かい?」

「そうだってずっと言ってるんだけどな」


 漸く話が通じそうな人が来たと安堵のため息を吐く。


「君、ここは我々に任せなさい」


ハルが話の通じない衛兵に戻れと言うが衛兵は怪訝な顔でこちらを睨んでくる。


「……そいつは大丈夫なのですか」

「ええ。辺境の村にはこの様に国民証を持っていない方もいるんですよね」


 ヤングに諭され衛兵は渋々部屋を退出する。


「とはいえあまり見ませんがね」

「確かに見ませんな」

「珍しいのは分かったけど話ぐらいは聞いてほしいよな」

「辺境の村人が王都に来る事などまず聞かないですからね。それと国民証はギルドカードにもなるので持ってないと不便なんで作った方がいいですよ」


 なんだがこちらが怒ってるのが馬鹿らしくなるように人を落ち着かせるような笑顔と声で彼らは話しかけてくる。


「それで俺は王都に入って良いのか?」

「うむ」

「ええ。大丈夫ですよ。次来る時までにまだ国民証が無かったら自分たちの名前を出して貰ったら通れると思うんで」

「そりゃ助かる。にしてもリンガラとかじゃこんなに厳しくなかったぞ?王都ってのはそんなもんななのか」


 リンガラや途中寄った街を思い出し思っていた事を口に出す。


「今は特にですかね。王城で少し事件がありまして」


 ヤングの表情は真剣なものに変わり事件の経緯を語り始める。


「帝国隣接領のノモス大侯爵が殺害されたのですよ。いえ正しくは殺害では無く処刑なんですけどね。私にはそれが不可解で仕方ないのですよね」


 大侯爵と付くところからかなりのお偉いさんが殺されたのだろう。帝国と隣接しているという事はそこが今行われている戦争の最前線となる。その領主を処刑となれば最前線は荒れるのではなかろうか。


「それで不可解な点なんですけどね。ノモス大侯爵は国家反逆罪で処刑されたんですよ。なんでも帝国と繋がっていたとかで。でもそんな事をする様な人じゃないんですよね」

「なるほど。それは大事件だな。でもまぁ上っ面だけの奴もいるしな」


ヤングに軽く睨まれる。


「とりあえず聞いてください。ノモス大侯爵は王城に呼ばれて国王の前で弁解をしていたんですよ。そしたら近衛騎士団長が急に彼の首を切ったんですよ。友のその様な姿は見たくないって。でもそれは問題にならないで処刑という形に収まったんですよ。普通におかしくないですかね」


興奮気味に話すヤングの隣でハルは苦笑いを浮かべ宥めていた。しかしその話が事実なら随分横暴な対応だとは思う。弁解の一つも聞かないで処刑とは恨まれそうなものだ。


「確かに酷い話だな。弁解ぐらい聞いてくれてもいいのにな」

「そうなんですよ。だから個人的にはノモス大侯爵を嫌っている──」

「大尉そこらへんで」


 横からハルがヤングに制止をかける。賢明な判断だろう。もし本当にヤングの話が合っているなら無暗に言いふらすことは自分の首を苦しめる事になる。


「そうか。でも大丈夫なのか。帝国と隣接領なんだろ?」

「ええ。ご子息が後を継いで治める予定になってますので大丈夫でしょう。それよりも明日の観民式の方が心配ですかね」


 耳なじみの無い単語に聞き返す。


「観民式ってなんだ?」

「王族の皆さんが王城から我ら国民の姿を見守る行事ですかね。普段なら広場に出店なんかも出店して祭りみたいに賑やかになるんですけど、今回は大侯爵の件があって国民の不安を拭い去る為ですから急で告知も無いんですよ。なので出店は無いでしょうね」

「楽しそうな行事があるもんだな。にしても昨日の今日でやるなんて機転の利く王様なんだな」

「まぁそうとも取れますね。我々は大変なんですが」

「うむ。そうであるな」


 ハルはヤングの前では相槌しか打たないのか言葉数が少ないように感じる。


「でもこれもおかしいんですよね。昨日王城で起こった事が今日王都ではもう広まっているんですよ。早すぎるんですよ。だからきっと──」

「ヤング大尉……」


 いや、言葉数が少ないのはこの不用意な発言を制止する為か。ハルが居ないとヤングはある事無い事推測でペラペラと話し出してしまう雰囲気を感じる。それではいらぬ火種を生みかねない。それが今回のように的確なものだと裏で始末なんて事も。それは考え過ぎだろうが余計な事は言わないが吉だろう。


「シーフさん明日どうされる予定ですか?」

「あーなんも決めてねえや。観光でもするかな」

「それなら僕たちが案内しますよ?」


 と案内役に買って出てくれたので頼む事にした。これで明日の観光は楽になりそうだと安心する。


「じゃあ明日は頼むな?」


 そう告げて今日泊まる宿を探す為に王都へと繰り出すのだった。


ヤング大尉:友好の天啓を持つ。ただしハルと半分ずつである。戦闘能力は無いが天啓の力で位はそこそこ上。

ハル中尉:友好の天啓を持つ。ただしヤングと半分ずつである。戦闘能力は無いが天啓の力で位はそこそこ上。

ノモス=ルネートル:ルネートル領前当主。大侯爵であるが国家反逆罪で処刑。紋章はウルスがレリーフされている。

紋章:各家の象徴

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