彷徨の始まり
シーフが死んでから一ヶ月経ったその日追悼式は今回の戦争の犠牲者と共に行われた。
ただシーフは今回の戦争、王国北東戦争で敵将を単身で打ち取り三千もの敵兵を倒した事による功績が認められ名誉勲章が与えられた。
他に名誉勲章が与えられたのはカイル、エーテなど戦死した中でも功績が大きい者七名であった。
追悼式には多くの王国民、兵士が集まり戦死した仲間への哀悼の気持ちを露にした。
それと同じくして王国内随所にある詰め所にはある人物の指名手配が伝搬されていた。
名はヘルメス。
罪は敵前逃亡。
敵前逃亡はこの王国内でも上位に位置する大罪である。
だがこの情報はフォータによって統制され国民に知らせる事は無く衛兵や一部近衛騎士だけに留まった。
恐らくフォータもこの様な事にしたくは無かっただろう。
だが立場や組織の体裁上示しを付けなければならない。
この采配はフォータの最大限の情けだった。
そんな情状酌量の余地が与えられたヘルメスであったものの街を歩く事は疎か街道を行く事すら見つかる危険性がある為出来なくなっていた。
ヘルメスは戦場から逃亡したのち何をするでも無く漠然とノウス領の森を彷徨っていた。
魔物が襲い掛かって来てはそれを殺し、食い日々の糧としていた。
そんな中ヘルメスの心中では同じ問答を幾度も繰り返していた。
──あの時僕が一瞬でも早く動けていれば。
その後悔が消える事は無く起きている時間の全てであの瞬間がリフレインする。
ヘルメスにとってシーフは守るべき対象であった。
エナベルと同じ、何も出来ない少年。
自分より歳は若く子供っぽい言動や行動も目立つそんな少年。
だがその印象が大きく崩れ去る出来事があった。
野営地にて戦闘訓練を行った日、ヘルメスはシーフに敗北した。
正々堂々真正面からの勝負で。
シーフから言わせれば紅喰刀の力を使って勝った卑怯なやり方だと言うだろうがヘルメスにとっては違う。
あの勝負からヘルメスの守るべき対象という認識からは外れてしまった。
もしあの時シーフがヘルメスに負けていれば、シーフはヘルメスの庇護の対象となりあの攻撃に対処する事が出来ていたかも知れない。
その可能性を考えると夜は眠れず思考は闇へと落ちて行く。
シーフは力を得ただけの子供、剣を与えられたばかりの子供と同じだという事にヘルメスは気付く事が出来なかった。
「──だから僕たちに付いて来る事にしたんだよねぇ。……嫌だなぁ。僕とおにーさんの仲だろー?」
「慣れ合うつもりは無いって言ってるだろ」
棘のある物言い連れないねぇとぼやきながら白い仮面を被った男はヘルメスの先を進む。
大雨の中二人は雨具もせずぬかるんだ道を進む。
「なぁ、おにーさんの国勝ったらしいじゃん。良かったねぇ。あの絶望的な状況からよくもまぁさ」
男は斜めに首を伸ばし後ろを振り返ってヘルメスの様子を窺う。
白い仮面の下でどんな顔をしているかは分からないがきっと嘲笑っているのだろう。
そんな事を考えると男に返事をするのも嫌になる。
「別にどうでもいいさ。国なんて」
「おっかしいなぁ。おにーさんってこの国のお偉いさんの下で働いてたんじゃなかったっけぇ?ああ!今は指名手配犯だもんねぇ。そんな国の事なんてどうでもいいのかー」
大袈裟な身振りと手振りそしてこちらを不愉快にさせる様な声のトーンと口調、その全てが相まってヘルメスをイラつかせる。
「……五月蠅いって言ってるだろ」
ヘルメスにしては珍しく語気を強くして言い返すが男は涼しい顔でやり過ごす。
「僕は嘘は言わないよぉ?天から王国の味方がばーーんって大魔法を帝国兵に浴びせてめでたく王国軍の勝利!って説明してるだろー?これの何が不満なんだよぉ」
「馬鹿にしてるのかい?」
ヘルメスに殺気が宿り柄に手を掛ける。
「本気になんなよおにーさん。軽口だろぉ?まぁ良いけどね。僕たちのボスの前じゃそんな事させて貰えないからねぇ」
ヘルメスは返事をせずに歩き続ける。
男もこれ以上喋る事は止め黙々と歩みを進め始めた。
無言のまま数時間は歩き続け洞窟の前で男は立ち止まる。
「はーぁあ、全く雨何か振らなきゃここまで飛竜で来れたのにさぁ。全く運が無いおにーさんだねぇ」
「……」
「だんまりかい。まぁ良いんだけどさぁ。優しい僕がおにーさんに忠告しといてやるよ。今から転移術式でお前をボスの所、僕たちの拠点まで連れて行く。くれぐれも余計な事すんなよ?お前は死ぬし僕は怒られちゃうからさぁ」
ヘルメスは転移術式と言う耳なじみの無い単語が出てきた事で男が何を言っていたかを聞き漏らす。
転移術式は洞窟の奥、沢山ある中の一つの小部屋。
小部屋の床には見た事も無い文字で書かれた円形状の何かがそこにはあった。
男はおもむろに円に入るとヘルメスを手招きする。
それに従い円の中に入ると男は床の文字に手を突き魔力の注入を始める。
「転移術式は魔族だけの特権じゃないんだよなぁ」
そう男が得意気に話すと部屋全体に光が弾ける。
目も眩む様な光にヘルメスは腕で自らの顔を覆う。
そしてヘルメスが腕を退けた時、辺りは洞窟の中の小部屋では無くなっていた。
「おせぇぞスカル。時間は守れ」
ドスの利いた深い声が眼前から掛かる。
ヘルメスは未だ潰れている目を薄く開け状況の把握を行う。
「それでお前か。新参は」
何か言っている様に聞こえるがヘルメスは耳も衝撃で聞こえておらず返事は出来ない。
異様に身体はだるく思う様に身体を動かす事は出来ない。
そんな中漸く視界がはっきりしてきた目に映ったのは今にも自分の顔に到着しそうな無数の傷が付く拳であった。
敵前逃亡は軍の士気を下げたり戦線が崩壊する可能性があるので大罪ですね。
野営地で引き返していたらそんな事にならなかったのですが……




