中有の闇
模擬戦闘の日から1週間、出発してから5日目の朝が来た。
今日も総勢2万の王国兵と共にルネートル城塞へと向かう。
ただでさえ劣勢な状況にも関わらずピラミーダ平原での戦闘で1万人の離脱者を出してしまった。
数の上での計算なら大勝利であるが次の戦いを考えるとなるとこれは痛手であった。
野営地からルネートル城塞までは単独でも丸2日掛かる距離、2万の行軍では到着には1週間近く掛かってしまう。
逸る気持ちを抑えながらシーフは先頭集団に混ざりピレットで駆ける。
「後、二日ぐらいか?」
「そうだね、大体明後日の昼には着くと思うよ」
この行軍で何回交わしたか分からぬ程の会話、緊張感からか雑談と呼べる物は出来ず日々作業の様な会話だけをしていた。
だが今日でその会話とはお別れになる。
「……じゃあ俺らは今日の夜か」
「そういう事になるね」
まともに殺り合えば負ける、それが本作戦指揮官のフォータの考えであった。
戦争とは9割は数の勝負である。
どんなに優れた人でも人であるなら限界と言う物がありそれを逸脱する行為は神によってしか成しえない。
そしてこの戦場に神はいない。
フォータはこの行軍が帝国に把握されている事を薄々察知していた。
その為少数精鋭で各個撃破する作戦は残しつつも行軍とは違う速度でルネートル城塞へと向かい奇襲を掛けると言う新案をこの5日間で考え出していた。
こちらの情報では敵将は一人、そこから将級の人物が四人ルネートル城塞王国側に居ると言うところまでは掴んでいる。
その為本作戦で実働部隊に選ばれたのはシーフ、ヘルメス含め五人だ。
「よし、今日はここで野営を張る。行軍を止め天幕を張れ、後は頼んだぞリッター」
「了解しました団長」
フォータは横を駆ける副団長のリッターに声を掛け指示を出す。
続けざまにフォータはシーフとヘルメスに付いて来るようにと告げその場を後にする。
王国軍より大分右にズレた位置でフォータは止まりピレットから降りる。
近くには小さな滝がありそこを中心として水辺が広がっていて辺りを見渡すと鬱蒼と茂る木々の隙間から何本もの光の線が差し込み幻想的な風景を作り上げる。
「お疲れ様で悪いけど作戦の決行は今夜行う予定だ。今の内に身体を休めておいてくれ。残りの二人は後からここに合流する事になって居るから概要はその時に話そう」
フォータはシーフらにそう告げると自らのピレットの調整をする為に水辺へと向かってしまった。
どこかいつもより急いでいる様に見えるのは緊張からなのだろうか。
シーフとヘルメスの自らのピレットを水辺へと連れて行ってやった後、一休憩をする為に木陰に座り込む。
「随分と綺麗な場所だね」
「あー確かにな」
腰を据えて改めて辺りを見回すとこの空間が閉鎖的な場所である事に気づく。
水辺の周りは少し開けた空間を残し木々に囲まれ外からこの場所を見つける事は困難だろう。
秘密の待ち合わせには丁度いい場所と言える。
「残り二人もここに合流するって言っていたけど迷わないのかな?」
「それは大丈夫だろ」
「その心は?」
「こんな閉鎖的で外部からの発見が難しい場所を選んでるんだから前々から使ってるんだろうよ。明らかにこの場所は整地されているしな。見てみろよ、こことか雑草を焼いた跡があるだろ。わざわざ火魔法か何かでやったんだろ」
シーフが指差す先には新芽の下に灰の様な物が撒かれている事に気づく。
「確かに燃えた後だね。よくこんな状態から新しい植物が生えるものだよ」
ヘルメスが新芽を触りながらその生命力に感動しているがシーフはそれに水を差す様な事を言う。
「まぁ生命力ってか焼畑って言う農業法なんだけどな」
「焼畑かい?」
「聞いた事ねーか?それもそうか」
シーフは前世の記憶を引き出し焼畑農業の知識を披露する。
「──て感じだな。だから逆に栄養源になってんだよ、この灰は。まぁ意図してやってる訳じゃないだろうけどな」
「なるほど、やっぱり博識だねシーフ君は」
「常識の違いだろ。俺はこの世界については良く分かってねーしな」
「それは分かったけど結局ここは何に使われているんだろうね」
「そんなの密会しかないだろ。それも……」
シーフは視線だけでヘルメスに伝える。
「フォータさんかい?」
声のトーンを落としヘルメスは小さな声でシーフに問う。
対するシーフは大丈夫だと笑い飛ばし話を進める。
「ここを集合場所にしてる時点で俺らにバレてもいいって事だよ。だからそんなビビるなって」
シーフはケタケタと笑う事を止めずヘルメスをウンザリさせる。
「うるさいなぁ。でもフォータさんは何にここを使ってるんだろ。僕は聞いた事が無いな。こんな所にこんな場所があるなんて」
「あーまぁそれは俺も知らね。って何でそんな嬉しそうな顔してんだよ」
「いやね、シーフ君にも分からない事があるのかってね」
久しぶりのヘルメスのうざったさにシーフは座り横蹴りを食らわせる。
シーフは痛いよと間の抜けた声を出すヘルメスを無視し微かに音のした方向へと視線を向けた。
シーフらがやって来たこの場所一つの通り道そこを凝視する。
「誰かいるね」
さっきまでの様子とは違い真剣な表情に戻ったヘルメスがシーフの横に並ぶ。
その声に呼応する様に4つの顔が浮かび上がる。
ただ生きていたのは二人、残り2つの顔は首から下の無い既にこの世から命が奪われた者であった。
「それは……」
ヘルメスはその様子に絶句し言葉が続かない。
若い男の方の敵が2つの生首をこちらに投げる。
「助かったよほんと。こいつら全く気付かないんだ。そのおかげでこの場所が分かったよ。あ、どうも。君がアルザース王国近衛騎士団団長フォータだね」
隣の女性がええと肯定しそれを満足そうに男は見つめる。
「そういう事だよ。ああ、僕の自己紹介がまだだったね。僕はアブソール=アイオン=エスフロー。名前の通りエスフロー帝国の第一王子さ」
「カイル……エーテ……」
シーフの後ろから静かながらも憤りを感じる声が掛かる。
フォータは二人の頭部に布を被せた後シーフの隣に並び臨戦態勢を取った。
そして静かに敵を睨み付け剣を鞘から引き抜いた。
「いやいや、やめてくれよ。お前とは戦う気は無いんだ。団長さんよぉ。俺が用あんのはどっちだ?」
すると横の女がアブソールに耳打ちをし何かを伝える。
耳だけを傾けうんうんと頷きあーと声を出すとシーフと目が合う。
「お前がシーフって奴か。そうかそうかそうかディリティリオを殺したのはお前かぁ」
アブソールは口角を上げニヤッと笑うと掌をシーフへと向ける。
三人は警戒をするが何も起こらない。
脅しなだけかとシーフが声を出そうとするとそれを遮るようにアブソールが声を出す。
「──サクション」
ヘルメスとフォータは警戒を最大限にするが何の変化も無い状況に違和感を感じる。
だがその横でシーフは自分の身体に起こる変化を敏感に感じ取っていた。
ただ隣の二人と同じタイミングであった。
それでもシーフが直ぐに対処出来なかった事を攻める事は出来ないだろう。
何故ならそれは先日手に入れたばかりの物を奪われただけの事だったのだから。
全身から力が抜けるようにしてシーフは膝から崩れ落ちる。
「リリース」
そのアブソールの声と共に彼の指先から目の眩む様な光線が放出される。
それは膝を突いたシーフの胸を穿ちその先の地面をも溶かす。
一瞬の出来事にヘルメスは戸惑いフォータはアブソールに向かって火魔法を繰り出す。
その威力は絶大なものだが近くにシーフが倒れている事、既に亡くなっている二人の頭部がある事から全力は出せず女に天高く弾かれてしまう。
「こりゃ凄いね。あ、お前じゃないよ団長。シーフって奴の事さ。想像以上の魔力保有量だ。これならディリティリオのおっさんがやられるのも納得だねぇ」
そこまで言うとアブソールは横の女に帰るよと告げこの場から立ち去ろうとする。
そうはさせまいとフォータは全力でアブソールの所まで駆け追撃を仕掛ける。
だが彼らは現れた時同様に姿を晦ませてしまう。
「ヘルメス君!何を呆けているんだ。奴らがシーフ君をやった奴らを逃がす事になるんだぞ!」
その声に呆然としながらも立ち上がり辺りを見渡す。
そしておもむろに腰の刀を引き抜き地面を削り取る。
地面に撒き散らかっていた灰がその衝撃で前方へと巻き上げられ二人のシルエットが灰の中に浮かび上がる。
「もうバレたよリファ。やるねぇ君」
姿が見つかったのにも関わらずアブソールの余裕の表情は崩れない。
ヘルメスはその態度を相手にする事無く自らの刀を投げつける。
これにはアブソールも驚いた様子で大袈裟な反応を見せるがその刀はアブソールの手前で横に反れ木々の中へと消え去る。
「僕の目的はもう終わったんだ。次は戦場で会おうねぇ」
そう言うとアブソールとリファはまた姿を晦ませ今度は彼らを見つける事は出来なかった。
ヘルメスは憔悴しきった顔を浮かべシーフの元へと歩み寄る。
胸にぽっかりと空いた穴からは命が溢れ出た形跡がありもうこの世に彼が居ない事を指し示す
ヘルメスはその場に崩れ落ち声にならない叫び声を上げ涙を流した。
今日この時を以ってシーフという人物は歴史から姿を消したのだった。
まだ3章が続きますよ~