回復術師ケイア
診療所に戻ると外は完全に日が落ちていた。あれだけ集まって話し込んでいた老人たちも姿を消しており静けさだけが取り残されていた。
「戻ったぞー」
「あ、ありがとう。そこの机に置いといて貰える?」
仕事モードからプライベートモードに変わったのか少女の敬語が抜けていた。
「まぁ所々抜けてたけどな」
「何か言った?」
「なんも」
そう言って散らかった机の上に包帯を置く。
「そうだ!自己紹介まだだったわね。私はケイアよ。この診療所の院長をやってるわ。よろしくね」
「よろしくケイア。俺はシーフだ」
さっきまで外に置いてあったベンチが中に仕舞ってあったのでそこに腰を掛ける。何だがゆっくりと座るという行為が久しぶりでもうここから動きたくない感情が溢れてきた。
「シーフはここら辺の人じゃ無いんでしょ?旅の人?」
「あーそんな感じだな……うん、そんな感じ」
「じゃあ今日はどこか宿は決めた?」
「……お陰様で決まって無いなぁ」
ジト目でケイアを睨み付ける。そんな事全く気にしないケイアは悪びれも無くケタケタと笑う。
「それならうちに泊まる?上の階が居住スペースになってるから」
「いいのか?他の家族とかは」
「いいの。一人で暮らしてるから」
これは後から聞いた話だがケイアには家族が居ない。二年前十二歳の時両親を事故で亡くし残された診療所で一人今日まで暮らしてきた。当初は両親を亡くしたショックからこの家から出る事も出来なかったが地域の人の協力で気を持ち直し診療所を復活させるまでに至った。最近は気持ちもある程度落ち着きこの仕事に誇りを持って励んでると言う。幸いケイアには回復魔法が使えた為詳しい医療の知識は無くとも診療所として成り立つ事が出来たらしい。
前世の感覚を持つ俺からしたら十四歳で一人身になり働かなくてはならない現状を考えると何だかやるせない気持ちになるのだった。夕食の味が思い出せないのもそのせいだろう。
その日から俺はケイアの仕事を手伝うようになった。宿代代わりに雑用を行い日々を過ごしていた。
「ねー包帯」
「はいはい、どうぞ」
昨日買ってきた包帯を渡す。
「兄ちゃんすっかり尻に敷かれてんなぁ」
常連なのかケイアとも良く喋っている事が多い放浪傭兵のおやじに笑われる。放浪傭兵となんとも耳なじみに無い言葉だったがこの世界では割と有名なものらしい。つまり放浪傭兵とは仕事の無い状態の傭兵の事でここ最近は平和だったせいもあり人口が増加する傾向にあったという。ただ今は戦時中な訳であって──
「うるせえよ。傭兵ならこんな所で油を売って無いで働きに行けよ」
「……?ああ、まぁな。折角の働き手があるのはありがてえんだが、どうも人を殺すのに向いてねえ」
「じゃあどうして傭兵になったんだよ」
「なんでだろうな」
分からねえよと笑いだしてしまい話が有耶無耶になってしまう。
「ただなぁ魔物駆除とかでも稼げるからな。わざわざ傭兵やんなくてもいいんだわ」
基本的に人に仇なす魔物の駆除は兵士たちが行う。再三再四言うようだが今は戦時中な為、王国の兵士たちは出払っている。しかしながら魔物はそんな事を気にせず繁殖を行い数を増やしてしまう。そこでその穴を埋める為に王国では今人員を募集しているという事だ。
「てかケイア。なんで回復魔法使えるのに包帯使ってんだ?」
「どんだけ強力な回復魔法でも一瞬で回復はしないのよ。固定する期間が必要なの」
なるほど。それならポーションが戦争中よく使われるのも納得だ。ポーションは一瞬で負傷を回復する。その反動で副作用があるのが難点だが。そもそも人数の少ない回復術士を戦争に投入するのは王国の損失とも言えるだろう。
「そうだ。結局ケイアの天啓ってなんなんだ?」
「天聖よ?回復術師はみんなこれを持ってないと回復魔法が使えないのは常識でしょ?それが分かってるから聞いてきたんじゃないの?」
「あーそうなんだけどさ。俺の出身が田舎で常識とか怪しかったから……」
危ない危ない。つい余計な事を言ってしまった。俺がケイアに天啓を持っているのを知っているのは探知のおかげ。回復術士の特殊性が無ければ墓穴を掘っていた事になったかも知れない。発言には気を付けようと心に決めた。そんなこんなで仕事をこなし1日が終わる。
日が過ぎていくのは早いもので今日でここに来てからはや二週間が経った。相変わらず俺に使える医療能力は無い為雑用をこなす毎日を過ごしていた。俺はその疲れからか久しぶりの休日に睡眠を貪っていた。そこにドンドンと扉を叩く音が聞こえてくる。
「あー今日は休みだろ……」
ドンドン!ドンドン!
「ちょっと起きてるの?」
部屋の外から大きな声が聞こえてくる。寝ぼけ眼を擦りながら身体を起こすを部屋の前にケイアが仁王立ちしていた。
「え、、まだ寝てるの?」
「おはよ」
俺の目はまだ光を感じていない。
「おはよ~じゃないわよ!今日出掛けるって言ったじゃない」
「今日だっけ?診療所は?」
「休みにしたわよ。せっかく旅の途中なのに仕事手伝わせちゃって観光の一つもできてないでしょ?だからせめて今日ぐらいは一日観光しようって話したでしょ?」
そう言われてみればそんな話をしたような気もする。実際旅の目的は観光じゃ無く天啓を集める事な為いらぬ気遣いなのだが。
え?二週間経っても天啓を回収してない?
それを言われれば返す言葉も無い。なんなら天啓の件の一切もケイアには伝えていない。それもそうだろう。この過酷とも言える環境の中、回復魔法一つで生活をしているケイアの生命線とも言える天聖と呼ばれる天啓。それを奪うなんて酷い事誰が出来ようか。という訳でケイアの天啓の件については諦めていた。
その分悪人から無言でぶんどってやればいい。悪人に天啓が散っていればの話だが。
「ごめん。そうだった。準備するから下で待ってて」
部屋からケイアが出て行くのを見届け支度を始めた。支度を済ませると下で待つケイアと合流し街に繰り出した。
この街リンガラにはこれといった産業は無い。だが街に活気が無い訳では無くむしろ行く先々の人々に笑顔が見られこっちまで気分が良くなる。そんな街だ。領主の手腕だろうか。
「リンガラっていつもこんな感じなの?みんな元気ってか」
「んーここ数年からかしら?でも私ここ最近はバタバタしてたから分からないかも」
「まぁそうだよな」
そんな日常会話を続けている内に目的地に到着する。
「結構しっかりした店だな……」
「服が欲しいって言ってたのはシーフでしょ?」
「そうは言ったけど気圧されるよな。こういう店って」
「そうかしら?分からないわ」
いつもこんな店に来てるから慣れているのだろうか。いやそれは無いか。
「ねえ、余計な事考えてない?」
「いや、全く」
想定以上の佇まいに苦笑いしか出ないシーフだったがここで帰るわけにも行かず観念して入店する。店内も外観と変わらぬ煌びやかな装飾で若干どころかかなり足が進まない。これは長居する訳にはいかないと真剣に服を選び始める。
「これにする」
俺がある服を手に取りケイアに見せつける。
「これ……?」
「駄目か?」
「駄目じゃないけどそんなローブでいいの?」
「ああ、ローブだと一着で済むしな。自動洗浄付きなのも点数が高いぜこれは」
そのローブを買って店を出る。結果としていい買い物が出来たのは事実なのでケイアには感謝だ。その後は日が落ちるまで街をぶらぶらと観光した。日が落ちてからはリンガラでケイアが一番好きだと言う海鮮料理が出る店へ連れて行って貰った。
「まさか生魚が食えるとはなぁ」
皿の上の料理を眺めながら感想を漏らす。
「凄いでしょ。リンガラでもこの店だけなのよ。内地だと中々流通しないのよね」
「だよな。どうやってここまで腐らさせず運んでるだか」
「確か専属の運び屋さんがいるらしいのよ。なんでも二つの属性の加護を持っていて温度魔法が使える人らしいのよね。そんな人材どうやって雇ったのかしら」
この世界は四種の加護が存在する。ただ全人類が持つ訳では無く俺みたいに無加護の者も居る。昔、人魔西南戦争があった頃は無加護の者が迫害されていたらしいが今はそんなことも無く一つの個性として認められている。一人一つの加護しか持てない訳では無いが複数の加護を持つとなると相当の確率となる為人材として優秀なことが多い。そういう背景からこの店がどうしてそんな人材を手に入れる事が出来たのか気になるのだろう。
「二つもね。俺からしたら羨ましい限りだぜ」
「いいじゃない別に。今の時代そんな事気にする人いないわよ。昔だったら殺されてたかもしれないけど」
ケイアはそんなことを言いながらケラケラと笑っていた。シーフはそんなケイアに無言の圧を掛け黙々と新鮮な生魚を食べるのだった。
名前:kaia
職業:医師
天啓:天聖
魔法:回復
剣技:無し
力:40
速度:57
魔力:670
知力:90