作戦決行
帝国軍後方野戦病院や寝床がある場所をピレットで駆ける二人の帝国兵が居た。
天幕を縫うように走るその姿には鬼気迫るものがあった。
ディリティリオ=ベネノは帝国兵15万の将である。
10数年前から頭角をメキメキと現してきた実力者で帝国内でも5本の指に入ると言われている。
ただ対人戦での評価では無い。
このディリティリオは集団戦闘もとい戦争においてその力を最大限に発揮する。
その天啓、魔帝の力を使い大規模魔法を使う事により一人で一万人の魔法兵と同等とも言われる。
だがこの戦争ピラミーダ平原での戦闘ではその力を使う事はまだ無く鬱憤を募らせていた。
「何故俺は前線に出る事が出来ぬのだ?」
ディリティリオはこれまでの戦争と違い自らが前線で戦う事が出来ない現状にイラついていた。
横で控える副将グラークにその感情をぶつけていた。
「ここは短期決着は望むべきではありません。ディリティリオ様が前線に出てしまうと決着が付いてしまいます。その為後方にて伝令を待っているのです」
「ふん。あの作戦の事か。アブソールの奴の話なんて無視でいいだろ。俺一人でも王都を落とした後ルネートル城塞に援軍に行く事も可能だ」
現在ルネートル城塞を攻める15万の帝国兵の将、そしてこのエフスロー帝国の第一王子であるアブソール=アイオン=エフスローの作戦の為ディリティリオは動く事が出来ず後方にて手をこまねいていた。
「まぁ第一王子の作戦ですので無碍には……」
「そんな事は分かっている。ちっ、奴は一月以内に決着を付けこちらに合流する筈では無かったのか。全くこんな事なら俺がルネートル城塞の方に向かうべきであったな」
グラークは額の汗をしきりに拭きながらディリティリオの言葉に返事を返す。
「どうやら想定よりルネートル城塞の食糧が多かったらしく兵糧攻めが上手くいってないと……」
「ふん。どうしてそんな事が分からない。あそこはノモス=ルネートルの城だぞ。そんなつまらん決着が付く訳が無かろう。やはり俺が行くべきであった」
「……ですがノモスは反逆罪で極刑との噂が」
「噂を当てにし作戦を練るなどするからだ。存外ノモスは死んで無いかも知れぬしな。奴があれだけ苦戦するとなればルネートル城塞には相当の指揮官、それに準ずるものが居ると考えてよい」
グラークはこう文句は言えどある一定の信頼をアブソールに置いているのだと感じる。
そうでなければディリティリオが素直に待機命令を飲み込む筈が無いからだ。
まぁ素直と言うには少々口が悪かったり刷るのだが。
そう考えていたのがバレたのか顔に出ていたのかグラークはディリティリオにきつい視線を送られる。
「そ、それにしても王国兵共も案外粘りますね。まぁこちらが手を抜いているだけなのですが……」
クックックといやらしい笑みを浮かべディリティリオに話しかける。
変わらぬ戦況、後方では暇が多い為自然と会話が増える。
「いや、どうだろうな。王国兵もどこか本気でやっていない様な感じがする」
「そんな事がありますかね?あいつ等は魔法戦段階でこちらに壊滅的被害を与えなきゃ勝ち目何て無いでしょう?凡そ3万対15万の戦い、白兵戦段階まで持ち込めば帝国の必勝ですね」
「だからおかしいのだと言っている。王国の援軍が3日前に来たのは見たな?あれは近衛騎士団だ。そしてあの規模であるなら魔法戦段階など初日で終わっている。それなのに動こうとしない、本気を出していない。何か考えがあるのだろう」
グラークはディリティリオの推測に舌を巻きつつ考える。
本当にこれは敵の作戦なのかを。
そしてそれは無いだろうと言う考えに決着する。
どう考えても敵に勝つ手段は残っていない。
敵にもし秘策があるならもう出している筈なのである。
敵の目的はこの戦場に在らずルネートル城塞の援軍にこそ在る。
であれば時間をゆっくり使う事は悪手だ。
そこまで思考した所でグラークはこの戦いに勝った様な気持ちになりホッと息を吐く。
「伝令!伝令!」
威勢のいい声に帝国軍後方の兵士の注目を集める。
若く柔らかい声質ながら戦場によく響き渡る声。
「伝令が来たのはいつぶりですかね」
「ああ。やっとアブソールの奴、決着を付けたか」
ディリティリオは後方の声に耳だけを傾けグラークに答える。
グラークも気が抜けたまま伝令の方を眺ていた。
「伝令!伝令!ディリティリオ様に支給報告が!」
兵士達をピレットに跨った伝令の二人は掻き分けディリティリオの元へと一直線に向かう。
これは何やら火急の様かとその声と周りのざわめきから判断しディリティリオはやっと後方、伝令がやって来た方向へと向き直る。
ディリティリオが向き直ると眼前凡そ5mの距離に勢いを殺さず突っ込んでくる伝令を確認する。
「ヘルメス。やれ」
小柄な方の伝令がそう呟いた……様に聞こえた。
その声を聞いた瞬間伝令がぶれる。
ゆっくりと斜めに視界がずれていき気づけば地面に倒れ込んでいた。
周囲の音がぴたりと止み、それを不審に思ったディリティリオは辺りを確認しようと目線を上げると首の無い自分の身体がピレット上に座していた。