ピラミーダ平原
総勢三百数名の近衛騎士団の先頭集団に交じりシーフとヘルメスはピレットで駆ける。
これは八つの部隊に分かれておりそれぞれ四十人程度の数が在籍する。
その先頭集団とはつまりフォータの率いる部隊であり斥候の意味も持つ。
その為後ろ七隊とは少し距離を空け戦場へと向かう。
フォータは出来るだけ早く到着し戦場の様子を確認し作戦を練らなくてはならない。
そう、三百をどれだけ有効に使うかを。
たった三百数名しかいない援軍を。
「いや、300人って……相手は15万の帝国兵だろ?なんの足しにもならねーぜ」
行軍が始まった初日シーフは後ろの部隊を見てそんな事を言う。
並走するフォータは納得がいってない様子で顔を顰め
「まぁそう言うな。近衛騎士団は強い。だがこの様な事態になっても国が援軍として許したのは近衛騎士団だけだ。私兵は出さず正規軍は王都の警備に使うらしい。王都まで帝国兵が来た時点で敗北だと何故分からない」
と語気を強める。
フォータだってこの状況に満足している訳が無い。
衛兵の中のエリートと呼ばれる近衛騎士団が総出で事に対処しても数の暴力には勝てない。
「今ピラミーダ平原で戦ってるノウス軍は何人ぐらいいるんだ?」
ふとそんな事が気になりシーフは質問する。
「5万だよ」
「三分の一かよ……よくそれで耐えてるな」
「地の利はこちらにあるからね。それと5万は多いよ。ノウスが私兵を出さなきゃもっと少なかった。それだけの状況という事だけどね」
ただでさえ数的劣勢を強いられている戦場にたった三百の援軍。
シーフはこれでは勝てる見通しが立たないなとこれから向かう戦場に思いをはせる。
それから何日か経ち戦場へと到着する。
「1から3番隊は戦闘に参加。4から6番隊はノウス軍の後ろに付き戦闘の準備を行え、7番隊はノウス軍補給部隊と合流し補給を」
そう伝令兵に伝えフォータの0番隊は丘になっている場所へと向かい上から戦場を見渡す事にする。
シーフはピラミーダ平原を一望できる高さの丘の頂上から戦場を俯瞰すると余りの戦力差に言葉を失う。
戦場では各種の魔法が飛び交いおよそ前世での戦争とは全く違う事が繰り広げられていた。
「これを綺麗とか言ったら不謹慎なんだろうな」
シーフがボソッと呟いた言葉は誰にも聞こえる事は無い。
「まだ魔法戦段階だったみたいだね。良かったこれならまだ間に合う」
「魔法戦段階?なんだそれ」
耳なじみの無い言葉にシーフは聞き返す。
「戦術、兵法の事だよ。戦争には魔法戦段階と白兵戦段階があるんだ。まず魔法戦である程度数を削ってから白兵戦に持ち込むって言うね」
それはこの世界ならではの戦術だなとシーフは感想を持つ。
だがそれで何故間に合う事になるのか。
「魔法戦は個人能力に大きく左右されるからなんだ。だから数は関係ない。実力のある魔法使いが一人居れば戦場は持ち堪える事が出来たりする。だから少数精鋭の近衛騎士団が援軍に来たことがまだ意味があるんだ」
成程それは納得だ。
と言うかそれはつまり──
「全部ヘルメス君に言われてしまったね。それなら補足説明だけさせて貰おう。もし白兵戦段階になって居たら一日程度でノウス軍は全滅していただろうね。そしてこの援軍を持っても全滅が一日延ばす事が限度だっただろう」
いつ魔法戦が終わるか細かい事はシーフには分からないが恐らくそんなに時間は無かったように思う。
そう考えると冷や汗が出る。
15万対5万の白兵戦それは火を見るよりも明らかだろう。
一瞬にして命が消える。
そんな当たり前の事が今更ながらシーフの胸を圧迫する。
旅でヘルメスが盗賊を殺す事もあった。
闇ギルドのテーセラだって殺すところは見た。
前世より死に近づき慣れた気がしていた。
だが眼下の戦場にある夥しい死の匂いに吐き気を催す。
これからそこに向かわなくては行けない。
自分で決めた事、友人を助けに行く為の足掛かり。
それだけの事だと割り切れず尻込みする。
「ではそろそろ我々も戦場へと向かおうか」
フォータの声にシーフは動かない。
行くよと言うヘルメスの声も聞こえていないのかシーフは戦場を見下ろす。
「シーフ君?行くってよ」
一拍空けてシーフが口を開く。
「敵将はあれか?」
帝国兵15万の後方を指差しシーフはフォータに問う。
「良くは見えないがディリティリオが後方に居る事は間違いないだろう。彼は大規模毒魔法を使い後方で戦わず勝ちを待つ様な男だ。今回はまだ毒魔法は使われてない様だがね。恐らく両魔法兵が疲弊したところで前線に出て毒魔法を使いまた後方に下がる気だろう。それをされたら正直勝ち目は無い」
フォータは断言する。
勝ち目は無いと。
だがシーフはそんな事を気にしない。
「15万の将が死んだら帝国軍はどうなる?」
「ふむ。それは王国の勝利を意味する事になるね。そこまでお膳立てされれば確実に勝利を掴もう。その算段があるのかな?シーフ君には」
フォータの鋭い目がより一層鋭くなる。
「5日、いや3日でいい。俺とヘルメスで敵将の首を取る」
「何言ってるんだいシーフ君は⁉」
寝耳に水の話にヘルメスは驚きを隠せない。
そんなヘルメスの事など気にせずシーフはフォータに話を進める。
「それでどうだ?魔法戦段階は持たせられるのか?」
「5日間、いや3日間だったかな。まぁ元より白兵戦段階まで来たら我が軍の負けだ。それぐらいなら持たせる事は可能だろう。だがシーフ君の作戦は当てには出来ない。近衛騎士団団長としてね。それでも個人フォータ=パーシヴァルとしては期待しているよ。君がやると言ったからにはやるのだろうとね」
シーフに対するフォータの評価は存外この行軍中に上がっていたらしい。
それだけの事をした覚えは無いが評価されると言うのは気分がいい。
任せとけと締め括り丘を降りる。
「僕は知らないからね……」
ヘルメスの諦めたようなため息交じりの言葉は風に流され戦場へと消えて行った。
ここで乗っているピレットはほぼ馬のサイズで見た目も馬です。