分水嶺になる時点
王都に着いたのはリンガラを出てから1ヶ月の事だった。
通常3ヶ月掛かる道のりをだ。
相当ピレットには無理をさせてしまった。
王都では十分休んで貰いたい。
王都の城門を抜けてまずはパーシヴァル邸へと向かう。
だが到着するとフォータは不在で王城に居るという。
急いで王城へと向かう。
「なんで王城なんだ?」
「分からない。でもこの状況だからね。何か重要な会議が行われてるのかも知れない。そしたら入れないかも知れないな」
そんなヘルメスの心配は杞憂に終わった。
王城を守る衛兵はヘルメスがパーシヴァル家の紋章を見せ名を伝えると即座にフォータ様から伺っておりますと城内へと案内されとある一室に通される。
中には歳は四十程度、銀の鎧に身を包み凛々しい眉に鋭い眼光の男が座って待っていた。
「どうも。フォータさんウェスト領まで届けてきましたよ」
「助かったよヘルメス君。あの案件は君に行って貰いたくてね」
フォータはニヤリと笑う。
全てこの人の策略か。
シーフはフォータの顔を見た瞬間にそう感じた。
「では、龍は殺さなければならないと?」
「ああ、聞いた話龍の動きとしてはおかしかったからね。普通呑気に町を襲うのを待ってなどくれない。誰かが制御していたのだろう。あの笛は役に立ったかい?」
初めから全て教えてやればいいのにとシーフは思うが色々あるのだろう。
余計な口は挟まない。
「報告は以上で。申し訳ないのですが僕たちは急がなければならないので」
シーフを気遣ってくれたのだろう。
そう言ってヘルメスは足早にこの場を立ち去ろうとする。
そんなヘルメスをフォータは呼び止める。
「まぁ待ちたまえ。用は何かな?」
「ルネートル城塞にこのシーフ君の友人が居るようなのです。その為一刻も早く向かわねば」
「そういう事なら一緒に来るといい。私も私たち近衛騎士団も向かう事になっている。状況は最悪でね。知っているかい?今王国には15万の帝国兵がノウス領まで攻めてきている」
シーフはノウス領と言われてもピンと来ずよく分からなかったがヘルメスの様子を見て相当の事だと理解する。
「ノウス領……そんな深くまで」
「そうなんだ。それなのに国のお偉いさん達は動こうとしない。まぁ近衛騎士団を動かせただけマシかな」
フォータは皮肉を言って口角を上げる。
「出発は明日だよ。準備はこちらで全て行う。明日は身一つで構わないからよろしく頼むよ」
事務的な話を終えて部屋から出ようとするシーフにフォータが苦笑いで呼び止める。
「急ぐのは分かるけど待ってくれ。シーフ君だね?ヘルメス君の仕事を手伝って貰った様で感謝するよ。何か褒美はいらんかね?それなりに用意出来るものはあると自負するよ」
少し鼻が伸びたように錯覚したが気のせいだろう。
それにしても今シーフが欲する物はルネートル城塞まで行く為の手段でありそれは解決した。
これ以上何を貰おうかと考えた結果出てきたのは
「第二王女に会えますか?」
という言葉だった。
フォータは訝しげな目でシーフを覗き掛け合ってみるよと言い残し部屋を出た。
ヘルメスは何故そんな事を言ったのか気になりシーフに問うが
「第二王女は可愛いからな」
とはぐらかされ謎は深まるばかりであった。
程なくしてフォータは戻って来て大丈夫だそうだとシーフに伝える。
「どうして第二王女グレイス様なのかい?」
ヘルメスが先程した質問と同じ事をフォータも聞く。
だがシーフはこれにも同じ様に答えるのだった。
シーフはヘルメスと別れ一人で第二王女の元へと案内される。
「面会時間は5分だ。くれぐれも不敬の無い様に」
そう厳しく衛兵に忠告されノックをして部屋に入る。
「どうぞ」
その透き通る様な声に今から会うのが王族なのだと再認識し扉を閉める。
顔を上げるとそこには王族特有のベージュの長い髪を風に靡かせ窓辺に座るグレイス王女が居た。
初めて観民式で見た時から思っていたがやはり綺麗だと思う。
丸顔に優しい目つき新雪の様に白い肌、唇には紅を引いているのか白い肌と相まって綺麗に映える。
身体つきも出る所が出て引き締まる所が引き締まるシーフ好みの体型だった。
「お待ちしておりましたわ。シーフ様」
「なんで俺の名前を……」
第二王女に自らの名を紹介した事は無い。
「何回も会っておりますので」
答えにならない答えにシーフは困惑するも続く言葉に耳を傾ける。
「ここにいらっしゃた理由は分かりますわ。どうぞお話になって下さい」
疑問しか浮かばないが勿論ここに来たのには理由がある。
それはこの第二王女が俺の散らばった天啓を持っている事に起因する。
前回王都に来た時から分かっていた事ではあったが到底第二王女に会える事など無かった為諦めていた。
しかし今回は会える機会が回って来た。
正直一か八かであったが会えると言うなら腹を括って天啓を回収しようと考えたのだ。
その考えが見抜かれていた。
つまりこの王女の天啓はその様な能力がある天啓なのだろうか。
疑問は尽きないが取り合えず話を進めない事にはどうしようもない。
「それなら言うぜ。第二王女様が持っている天啓、それは元々俺の物なんだ。だから返して貰いに来た」
自分で言っていてこんなに荒唐無稽な話があるかとグレイス王女の顔を見る事が出来なかった。
今の言葉で信頼も地に落ちただろう。
やらかした、下手を打ったと後悔の念が押し寄せる。
だがグレイス王女の反応はシーフが思い浮かべてたものとは違い
「ええ分かっております。でも今渡す事は出来ないのです」
「……へ?」
想像とは違う言葉に変な声が出る。
「私の天啓は……予言と言っておきましょうか。いえシーフ様になら──」
一通りの説明を聞きグレイス王女の天啓について納得する。
「それなら俺が持っていない方がいいな。それより心配なのはカルミネ第二王子の事だ。そいつに監禁、いや軟禁されてるんだろ」
グレイス王女は相変わらず優しいのですねと微笑み
「大丈夫です。軟禁と言っても形だけですので。今はシーフ様の方が……戦場に向かわれるのでしょう」
「友人を助けにな」
グレイス王女はまた優しいのですねとシーフに笑いかける。
やっぱり綺麗な人だなと思う。
面会時間の5分がやってきてシーフは部屋を後にする。
後ろを向いて歩き出した時シーフの口から
「いつか必ず迎えに来てやるよ」
そんな気取ったセリフが漏れた。
自分でもそんな事言う性格では無いのにと訂正しようと振り返るが
「もう何回目ですか」
「なんじゃそりゃ」
そう言ってくすくすと嬉しそうに笑う姿を見て訂正する気など失せてしまった。
成果は無かったもののグレイス王女がすんなり受け入れてくれた事にホッとする。
「なんで知ってたか聞き忘れた」
そんな呟きは誰にも聞こえない。
そして約束が果たされる事はこの世界でも、もう無いのだった。