白煙の決着
シーフの目の前にかばう様にヘルメスは立つ。
ヘルメスは正面を向いたままエナベルに呼び掛ける。
「エナベルちゃん。シーフ君の手当て頼んでもいいかい」
エナベルはワーゲンからぴょんと飛び降りシーフの元へと駆け寄る。
「分かったのじゃ。それと90秒数えといてくれるかの」
「…?分かったよ」
エナベルの言葉に疑問を持ちながらもヘルメスは答える。
「よろしいですか?」
「待っててくれるとは優しいじゃないか」
「待った所で結果は変わりませんので」
睨み合いの中先に動いたのはヘルメスだった。
一息で間合いを詰めテーセラに斬りかかる。
だがそう簡単に殺せる筈も無く不可視の針を放ちそれを回避する為にヘルメスは斬撃を止め距離を取る。
逃げた先にテーセラは鞭で追撃を送るがヘルメスはそれを刀で弾き返す。
「めんどくさい相手だな。32、33」
「あら、律義に数えてるんですね。何が起こるか楽しみです」
「僕も同意見だよ」
テーセラはヘルメスが会話の途中で投げた短刀を難なく避け笑顔を作って見せる。
「僕のは見えるからなぁ。流石に無理か」
「諦めて首を差し出したらどうですか?」
「そうもいかない」
そう言ってまた大きく地面を踏み込みテーセラへと攻撃を行う。
不可視の鞭が顔を掠め血が出るがそれを無視し特攻しようとするも殺された勢いのままではテーセラの放つ針の方が早くヘルメスの間合いまで詰める事が出来ない。
だが決定打が無い事はテーセラも同じであり少しばかりの苛立ちが顔に出る。
「決め手が無いね」
「それはあなたも同じ事です」
「それはどうかな?エナベル!90秒だ!」
バン!!
ヘルメスが言い切る前に二人の間から煙幕が急激に広がり辺り一面が真っ白になる。
その隙にヘルメスは先程と全く同じ特攻を仕掛ける。
ただ一点今回は白煙がある。
そのおかげで不可視であった鞭の軌道は可視化されそれを難なく避けるとその勢いのままテーセラに肉薄し彼女が針を掴む前にその首に斬撃を放つ。
「く、そが…この、…」
「それが君の本性だったんだね」
テーセラの頭は身体と切り離され地面に落ち鈍い音を上げた。
刃に付いた血を振り払い鞘に収める。
「ふぅ、2人とも大丈夫だったかい?」
少し離れた位置で見守っていたシーフとエナベルの方へと歩きながら声を掛ける。
2人は大丈夫だと手を振りヘルメスを迎える。
「最後のは助かったよエナベルちゃん。どこであれを?」
「あれはあのライトとかいう奴の屋敷の使用人から貰ったのじゃ。防犯になると。本当に使う日が来るとは思わなかったのじゃ」
そうケタケタとエナベルは笑っていた。
エナベルが初級ポーションを使い怪我がある程度回復したシーフは少し不満げにヘルメスを労う。
「お疲れさん」
「そっちこそお疲れ様。どうしたんだい?そんなに膨れて」
むすっとした表情のシーフを見てヘルメスが言う。
「いや、別に俺が苦戦して遊ばれてた相手をサラッと倒したお前にムカついてな」
シーフは動かせる様になった身体を持ち上げヘルメスの肩を叩く。
だが完治している訳では無いのでそのままよろけ尻餅をついてしまう。
「大丈夫かい?」
「だいじょーぶですー。強かったなテーセラの奴」
「そうだね。近接も遠隔も隙が無かった。正直ジリ貧だったよ」
「だな、それと闇ギルドの件だ。厄介な奴らに目を付けられたもんだぜ」
「全くなのじゃ。ライトの屋敷に居ればこんな事にはなって無かったじゃろうに」
エナベルは3週間の夢の日々を思い出しながら文句を言う。
ヘルメスは苦笑いを浮かべそうもいかないだろとエナベルを窘める。
もう何回も見た光景だ。
「さぁ、リーダー格以外は殺してないよ。何をするにしても一回シーシュの町に戻らなきゃね」
ヘルメスの提案に2人は賛同する。
手分けして残党達を縛り上げ街道の端に寄せて置き来た道を戻る。
「俺は寝る。着いたら起こしてくれ」
「分かったよ。今日一番の功労者だもんね」
「嫌味か…?」
シーフはジト目でヘルメスを睨み付ける。
客車で2人が寝静まった後ヘルメスは御者席の上で
「本当に助かったんだけどな。シーフ君の立案はあの時最速で最適だったよ」
と本音を漏らすがシーフには聞えない。
「それにしても最近良く戦闘する様になったな。幸運はシーフ君に持ってかれたのかな」
独り言に静かに笑いワーゲンを操縦する。
この声もシーフに聞こえはしなかったのだった。