伯爵領リンガラ
旅の許可を貰ってから三日ほど経ち旅の準備も大体終わり今日俺は村を出る。
俺が住んでいたこの村は数十人の狩人が集まって出来た村だ。村と言っても王国に正式に認められた村では無い。ただアルザース王国の領土に位置する為、区分として俺は王国民という事にはなる。絶妙な立ち位置と言えるだろう。
そんな村にも行商と呼ばれる物資などを売りに来る人が度々やって来る。閉鎖されているこの村の住人は生活に必要な物をそこから買うのでなかなかいい商売らしい。
今日俺はそんな行商人のワーゲン。前世で言う馬車のようなものに乗って近くの街まで送って貰う予定となっている。俺がその街に行きたいのはもちろん天啓の為だ。探知を使ったところ一番近くに居た天啓保持者がおっさんの行く先に居たのだ。これは使うしかないと行商のおっさんに媚びを売っていたのはいい思い出だ。それが済んだら次は王都にでも向かおうかと思う。
「じゃあ行ってくるよ」
「ええ、気を付けてね。お父さんもそう言ってたわ」
見送りは母さんだけだ。父さんは今日も狩りに出ておりここには居ない。だが別れは昨日の内に済ませて置いた。寂しくは無い。
手を振りながらワーゲンの荷台に乗る。人を乗せる為のワーゲンでは無い為少し手狭で荷物も多いが移動手段があるだけいい方だろう。荷台を牽くピレットが馬の三倍はある巨体を揺らし進んで行く。
「じゃあね」
「怪我には気を付けるのよ」
少し目を赤くし手を振る母さんに今生の別れじゃ無いんだからと苦笑いをしシーフも手を振る。
シーフの長い長い旅は今始まりを告げたのであった。
荷物が山ほど積まれた荷台を牽いてワーゲンは草原を駆けて行く。御者席に座るおっさんが気を使ってか不意に俺に話しかけてきた。
「ワーゲンは初めてか坊主?」
「うっ……そうだよ」
「だろうな!まぁあんなとこ住んでたら乗る機会なんてねえよな」
おっさんの楽しそうな面に張り手を食らわしてやりたいがそんな気力も沸かない程に俺は疲弊していた。前世では乗り物酔いとは無縁の生活をしていた俺だったが現世はそうはいかないらしい。このワーゲンの絶え間ない揺れの前に俺はグロッキーになっていた。
「んなもん慣れだな」
どうしたら治るかを聞いた時のおっさんの回答だ。こんな調子で残り三日間も乗れるかと嘆いていたのも束の間荷台で寝たきりになっていたら目的地リンガラの街に到着していた。
「長かったぜ……」
「一週間でそんな事言ってたらどこも行けねえぞ?」
一週間死ななかっただけでも褒めて欲しいものだ。そんな事を心でぼやきながらリンガラの街へとワーゲンは入って行く。街を囲む外壁は5mを優に超しこれぞまさしく異世界かと感動させられる。
「まぁ助かったぜおっさん」
「いいって事よ。ついでだしな。それにしても途中で死んじまうかと思ったがな」
ガハハと大きな口を開けおっさんは笑い出す。俺はそれどころじゃなかったんだけどな。
「運賃料はどんぐらい出せばいい?」
袋から両親に貰った銅貨を取り出しおっさんに問う。
「んなもんいらねえよ。取っときな」
「そうはいかないだろ」
「いいんだいいんだ。今はなポーションが売れまくってて小金持ちなんだよ」
「ポーション?」
ゲームでよく聞く名称に少し心が躍る。
「いーやな。今隣のエフスロー帝国と戦争中だからな。儲かるんだわこれが」
戦争特需というものだろうか。戦争中は戦争に使われる物が飛ぶように売れるとかいう。
しかし魔法が存在する世界でもポーションの需要があるとは驚きだ。てっきり回復魔法で何とかなるものだと思っていた。
「回復魔法?そんな希少な魔法使える奴はそうそういねえな」
という事らしい。その為戦争ではポーションの需要が跳ね上がるのだと。
「坊主はこの後王都に行くんだろ?」
「ああ、用事が済んだらな」
「俺も三週間ぐらいリンガラに滞在したら王都に行くんだわ。そん時乗ってくか?」
王都までの移動手段を考えてなかった俺としては願ったり叶ったりの提案だ。
「ほんとか!頼むぜ」
そう言ってリンガラに入り気のいい行商のおっさんに別れを告げた後は先程から探知に引っかかっている天啓保持者の元へ足を速めるのだった。
行商のおっさんの名前は…