凶兆のムース
いつまででも屋敷に居ていいと言われればきっと皆いつまででも居てしまうと思う。龍の討伐を行った次の日ライト大侯爵にそう言われた。それから二週間、俺とエナベルは屋敷で食っちゃ寝の自堕落な生活を勤しんでいた。ヘルメスは時折ライト大侯爵から呼び出しを食らい都合よく働かされていたが俺にとっちゃ知ったこたない。今日も自堕落な一日が始まる。隣で寝ているエナベルを起こしまずは朝食でも取ろうか。
「おーい、エナ起きろよ。朝飯が昼飯になるぞー」
エナベルは寝ぼけ眼を擦りながら起き上がる。年頃の男子には目に毒な薄いキャミソールを着ているのでいくら幼女とは言え目線に困ってしまう。
「昨日は遅くまでとらんぷをしたせいで眠いのじゃ」
トランプは俺が使用人に頼み紙を用意させ自作した。ゲームの数も多くルールも簡単な為、使用人たちとも最近は楽しんでいる。売り出せば少しはお金になるのでは無いかと考えるが知識無双する気も無いので諦める。ライトから賊の捕縛に対する報酬はたんまり貰っていた。報酬はフォータから貰えと言っていたライトであったが賊に関してはウェストで懸賞金が掛かっている前科犯も多く自ら払わざるを得なかったらしい。この今の生活は少しばかりの小金持ちになったせいでもあるのだ。
エナベルもようやく目が覚めて来たのか立ち上がり朝食を食べたいと部屋を出ようとする。ドアノブに手を掛けた瞬間ドアは勢い良く開き頭をぶつけたエナベルは床でのた打ち回っていた。そんな事を気にせず入って来たヘルメスは急いで支度してと急かしてくる。
「なんだよ。朝っぱらから元気だな。何かいい事でもあったかい?」
「何言ってるんだよ。もうお昼だよ、何なら夕方さ。そうじゃなくて大変なんだ。狂暴化したムースが町に溢れ返ってるんだ。人手が足りない、君達も手伝ってくれ」
「んな事言われてもなぁ。非戦闘員だぜ?」
「そうなのじゃ」
「いいかい?ムースって言うのは家畜だよ。それが狂暴化したとは言え大して強くない。でも数が多い、子供なんかには危険なんだ。剣を貸すから行くよ」
二人して駄々を捏ねるがそんな事は意に介さず二人の手を掴み引き摺って行く。街の中心地に到着すると想像より多くのムースがおり若干顔が引きつり街の住民の顔を見て溜息が漏れる。
「なぁ、なんで街の人はあんなに楽しそうなんだ……」
「狂暴化してるとは言え元は家畜だからね。誰の物でも無い肉が一杯あるんだ。嬉しいだろ?」
「俺は嬉しくない。屋敷もどりたい……」
「儂もじゃ……」
「いいから。いい加減自分で立ってくれ……ほら、剣。二 人なら大丈夫だろ?」
そう言って三人で狩りを始める。相手は所詮家畜なので苦労する筈も無く淡々と狩りは進んだ。
「シーフ君。前より剣捌きが上手になってるじゃないか。エナベルちゃんも普通に筋がいいね。修行すればシーフ君なんてすぐ追い抜けるよ」
幼女に剣って。
「興味ないのじゃ」
「うるせーな。こっちだって真剣に修行してるっつーの。まぁでも魔力循環のあれから身体は確かに軽くなったわ。前より一振りが早くなった気がする」
俺はその場で素振りをして見せ成果を伝える。ヘルメスが危ないと注意する間もなくムースに突撃され地面で呼吸困難で蹲る事になった。ヘルメスは俺が捌けなくなった分のムースを肩代わりし大きな溜息を吐いて刀を振る。
小一時間もすれば辺りにはムースの肉が転がっているだけとなり今日の大仕事が終わった。
「はぁ、疲れた。もう帰って寝ようぜ。エナ」
「同感なのじゃ……」
「全く運動不足過ぎだよ」
「ヘルメス、おんぶ」
「なんだい!?子供じゃあるまいし。嫌だよ」
「儂は抱っこ」
「……え?」
そう言って無理やりヘルメスに二人で飛び乗る。帰り道を征く人々に生暖かい目で見られている事に気付くが疲れが勝り動く気は起きない。二人の強行にでさっきまで考えていた事を忘れヘルメスの頭には何とも言えぬもやもや感だけが残る。
「何だったかな。ムースにの事だったんだけど」
「もういいだろムースは。帰ろ帰ろ」
「なのじゃ」
ムース:羊。狂暴化しても強い羊レベル。通常のムースは臆病で知られ罵倒にも使われる。相手を挑発するのに羊の首を送る風習がある地域もある。