龍飼いの笛
「行こうぜ、ほら」
ただの五月蠅い叫び声としか感じない俺は先程の全く気にせず歩き出す。少し経っても動き出さず立ち竦む二人に対し両手を指し出す。
「シーフ君って人は……」
「ほんと恐れ知らずの馬鹿なのじゃ」
二人は苦笑いを浮かべながらそんな感想を漏らす。折角手を出してやってるのにその態度は何だとムカついて二人の手を思いっきり引っ張り強制的に前に進ませる。
「いいから行くぞ」
そのままヘルメスとエナベルの背中を押し歩みを進めた。不意に二人が止まり俺は前のめりになって転びそうになる。文句を言おうと口を開こうとするとヘルメスに手で口を覆われてしまった。
「しっ。あそこを見てごらん」
ヘルメスが指す崖下の方向に目を向けるとそこには巨大な龍と十数人の男達が居た。集団の中に龍は近くの男の十倍はあろうかという大きさで静かに佇んでいる。あの龍が例のネームドなのだろうか。三人は身体を伏せながら様子を窺う。
「ちっ。こいつがありゃ何でも言う事聞くんじゃねーのかよ」
「ここまで来たらもうすぐウェストでっせ」
下っ端感が良く出る男がこの数十人のボスのような男に報告する。
「んな事分かってんだよ!全くこいつが言うこと聞かねえせいで予定より大分遅れてやがる……急がねえとペンデ様に処分されるぞ」
どうやらこいつらより上の奴が居るらしい。そうなると相当な規模の集団という事になる。それも外見や言動からの偏見だが恐らく犯罪集団だろう。龍の密売でもしているか。だが取り敢えず目下の龍を何とかしない事にはどうにもならない。
「どうする。取り合えず野良の龍じゃなさそうだぜ。一旦引き返すか?」
小声でヘルメスに是非を問う。
「いや、それは早計かもね。彼らが何の目的で龍を従えてるかを確認してからでも遅くは無いと思うよ」
そう言うヘルメスに従い数分隠れて様子を窺ってみると集団が犯罪集団であることが確定した。どうやらこの集団は龍を使ってウェストの街を襲う計画を立てているらしい。
「これ、龍飼いの笛を使って壊滅させれねぇか?」
「確かにそれなら依頼も解決出来そうだし賊も勝手に死んでくれそうだしね」
随分物騒な言い方だがヘルメスのこの態度にもこの長旅で慣れたものだ。意外や意外、普段優男でイケメンな彼も賊に対しては厳しい態度を取る。いや、そもそも殺しや窃盗を行う輩が悪いのが絶対なのだが、そんな輩をヘルメスは躊躇なく殺す。この世界の価値観。そもそも前世ではそんな強行をする者が居なかっただけなのかもしれないが衝撃的だったのが記憶に新しい。
「じゃあ吹いてみようか」
そう言ってヘルメスは龍飼いの笛を取り出し口に咥え空気を流し込み音を出す。指を動かさずともその笛はか細く透き通るような旋律を奏でた。辺り一面に音が溢れ龍は暴れだし傍に居た男達にも三人の居場所が見つかる。
「あそこから音が鳴ってまっせ。崖の上です」
「お前ら二人は龍を見張れ。他は付いて来い。行くぞ、お前ら!」
リーダー格の男が大人数を連れて崖の斜面が緩くなっている所から登って来る。それを見たヘルメスは少し隠れててとだけ言い残し地面を強く踏み込む。一瞬にして登って来る奴らの元まで到達し目で追えるかギリギリの速度で制圧を完了させた。
一瞬の出来事に唖然としていた俺とエナベルだったがヘルメスに呼び寄せられそちらへと向かう。ヘルメスの足元には意識が残ってる者はほぼ居らず唯一リーダー格の男だけが這いつくばりながらもこちらを睨みつけていた。
「お前らは何者だ……あれを見られたからには生かしておく訳には……うっ……」
ヘルメスが頭にトドメの一撃を入れリーダー格の男の意識は消え去る。
「エナベルちゃんワーゲンを使って衛兵を呼んで来てくれないかな。賊を捕まえたってね。あぁ、うちのピレットは頭が良いから来た道を戻るだけなら操縦はいらないよ。お願いできるかな」
「ちゃん付けするでない。まぁ分かったのじゃ。儂がここに居てもできる事は無いしの。そっちは任せたぞ~」
エナベルは駆け足でこの場から消えて行った。居なくなるまで見送った後、龍が居た場所へと駆け戻る。龍は未だそこに居り辺りには血だまりが出来ていて見張りを任されていた人であっただろう残骸が残されていた。
「いや、そんな事あるか」
「彼らの手段じゃ完全に制御出来なかったって事かな」
その龍はこちらを見つけるなりあの恐ろしい咆哮を放ってくる。痺れる身体を懸命に動かそうとするヘルメスに向かって咆哮に負けない大きな声で呼び掛ける。
「動けるかヘルメス!」
「さっきみたいにはならないさ。大丈夫だよ、シーフ君」
そう言ってヘルメスは俺の前に出て戦闘態勢を取る。腰に携えた漆黒のな鞘から銀色に鈍く光る刀を抜き構える。
「何かあったら大声で言ってくれ、シーフ君」
「何かってなんだよ」
「弱点とか、必勝法とかかな」
「んなのあるなら俺が試すわ」
笑っていた顔も正面、敵を据えると真剣なものとなり辺りに緊張感が走る。ヘルメスは地面が大きくへこむ程踏み込み前方へ跳躍した。
すれ違いざまに首を狙い切り込むが鱗が固く刃が通らない。一見ダメージは無い様に見えるが龍が激昂してるのを見る限り少しは食らっているのだろうか。それからは目に見えるほどのダメージを与える事は出来ず辺りは龍が放った炎のブレスで所々焦げ火が付き、地形も戦闘で暴れまわる為、崩壊を起こし危険な状況となっていた。
「シーフ君!これは勝てないかもしれない!どうしようか!」
「そんな事言われても分かんねーよ!崖崩れにでも巻き込めよ!」
「それは良いかも知れないね」
ヘルメスは納得した様な顔で再び龍に特攻を仕掛けた。徐々に龍を今にも崩れそうな崖の元へと誘導し炎のブレスを撃たせる。瞬間、ヘルメスは龍の足元を駆け抜け背後から一振り。刀の軌跡は龍の足を討ち体勢を崩させ崖の崩落に巻き込ませる。落石の衝撃により発生した土煙の中からヘルメスが飛び出し俺の横にピタッと止まった。
「どうやって倒そうか」
そうにかっと笑い俺を困らせた。