旧魔族領
ワーゲンに揺られ三人は旧魔族領近くまでやって来た。ここはウェストの街の中ではあるが旧魔族領が近い為、半貧民区となっている。空気もどことなく重く貰った地図にある注意書きにもここでは立ち止まらないように書いてあった。
「ここは雰囲気は暗いが空気は美味しいの~」
自分とは全く違う感想を持つエナベルに二人は驚愕の表情を浮かべる。
「そうかい?僕はちょっときついなぁ。旧魔族領近くだからだと思うんだけど、シーフ君はどうだい?」
「いや、俺もきつい。全身が重い様な気怠さがあるな。エナが特殊なんだろ。てか旧魔族領近くなのが理由なのか。この区画のせいだと思ってたんだけどな」
「聞いた事ないかい?魔族が好んで住むのは空気の悪いところだって。もう魔族は居ないけどさ」
「いーや知らねぇな」
「儂もそんな事は聞いた事無いのじゃ」
ヘルメスは時々俺が知らないような事をサラッと口にする。そのおかげで知識が溜まっていくのは良いが一般人が知らない様な事まで知っていくのは少し怖い。
そうして一行は誰も居ない門を抜け旧魔族領に入る。空気はより一層悪くなりヘルメスと俺は見るからに体調が悪くなった様に見える。そんな中エナベルは相変わらず調子がいい様で
「全然見えないの~。あの屋敷からでも見えるほど大きかったんじゃろ?」
「まぁ魔族が居なくなってから手入れされてないからね。植物が生い茂っているだろう。だから上からは見えても横からは見えないんだ。急に出て来るかもしれないから気を付けてね」
そう言ってヘルメスは前方に向き直り操縦に戻る。それから暫く経った後ピレットを休ませる為に水辺の少し開けた所にワーゲンは停まった。いつも以上に体力を消費したヘルメスと俺はぐったりと身を倒木にゆだね休憩を取る。エナベルはそんな二人を見て不思議そうに首を傾げ口を開く。
「何故お主らはそんなに魔力循環が下手なのじゃ?無の加護の者が中と外の魔力濃度を合わせなければ体調が悪くなるのも当たり前じゃろが」
「どういう事だよ」
どうやらエナベルが言うには俺ら二人は無駄な事をしているらしい。通常、無の加護の者は体内に魔力を持つ。これは属性の加護を持つ者と最大の差異と言っても過言では無い。属性の加護を持つ者は等しく大気中に存在する魔力を操り魔法を行使する事が出来る。その為体内に魔力は存在しない。
詰まる所この地域は空気が悪くそのせいで体調が優れない訳では無くただ魔力が多いだけだと。その為体内魔力と体外魔力の差が大きくなり魔力酔いを起こす。無の加護特有の症状で会った。
エナベルはそう説明した後、俺に近づき目を閉じ自らの掌をシーフの胸に当てる。それから数分、目を開けるとエナベルはにかっと笑い掌を離す。
「どうじゃ?」
何が?とは聞き返さない。その問いに対する答えは自分自身の身体が証明している。
「すげぇ。体調が良くなった……」
「ほんとかい?シーフ君。それなら僕にもお願いできるかな。このままじゃきつくてね」
しんどそうなヘルメスにエナベルは先程と同じ様に処置する。見る見るうちにヘルメスは血色を取り戻し元気になった。
「ありがとう、助かったよ……でも、よく知ってたね。魔力循環なんて話、僕は聞いた事も無かったよ……」
そう言ったヘルメスの視線はいつもより鋭くエナベルに向いていた。だがそんな事つゆ知らず俺は会話を進める。
「お前って変なとこで知識が偏るよな」
「……シーフ君に言われるとはね」
ヘルメスは苦笑いを浮かべながらまた倒木に腰掛ける。
「あれ、地響きがする」
ヘルメスはすぐさま立ち上がり辺りを警戒するが何も起こらない。
「地響きなんてしたか?」
「いや、分からないのじゃ」
呑気な俺の問いにエナベルが答える。
「恐らくもう龍は近くに居るよ。ここからは歩いて行こう。ワーゲンはここに一旦置いていく。もし何かあったらここまで戻って来て逃げるんだよ」
真剣な表情に変わったヘルメスに釣られて真面目な顔をして頷く。地響きを感じた方向へ歩き出した瞬間、耳を劈くような咆哮が聞こえてきた。森の木々は激しく揺れ、皆も纏わり付いた咆哮に身体が痺れ歩き出せ無くなってしまう。ただ一人を除いて。