存在しない家名
「僕の勝ちだ。どうやら君たちは国のお尋ね者らしいね。このままウェスト領まで連れて行かせてもらうよ。抵抗するなら今ここで殺す」
ヘルメスはそう言ってシーフの方へ目を向けバニティーから目を離した瞬間、スカルによって彼女を取り返されてしまう。逃げる二人を追い駆けようとするも不可視の壁によってそれを阻まれてしまう。
「悪いねぇ。僕たちはここで捕まってる暇は無いんだ。今回ばかりは引き分けって事にしとこうか。そいつは君たちにあげるよ」
そう白い仮面の奥で笑いながら茂みの中へと逃げていくのを壁の中から見る事しか出来ないのであった。茂みを眺め潜思するのも僅かヘルメスは俺たちの所へ駆け寄り安否を確認する。
二人に大事が無いことが分かるとふぅと息を吐き傍に腰を落とす。
「ひとまず怪我が無くて良かったよ。それとシーフ君のおかげで助かったよ。僕には隻眼かどうかなんて分からなかったからね」
「違和感があってな。戦闘中は動きが早くてよく分かんなかったけど最初に見た時スカルがバニティーの右側に立って補助してるように見えたんだ。それでお前に伝えた時にあいつら顔が強張ってたからあー正解かってな」
「僕で試してたのかい……間違いじゃ無くて良かったよ」
勘違いなら直ぐに訂正してたから大丈夫なのだがまぁいいだろう。今回の功労者にいちいち文句は言わない。それぐらいの感謝の気持ちはヘルメスに対して持っているつもりだ。
「てかお前やっぱりすごい強いんだな。正直負けるんじゃねーかってヒヤヒヤしたぜ」
「いや、そうじゃないんだ。スカルの方は分からないけどバニティーは本調子ならきっとあの何倍も強い。追い返す事が出来たのは運だよ。最初からバニティーは疲弊していた様だったしね。それはこの子に聞けば分かるんじゃないかな」
そう言ってさっきから無口のままの幼女に視線を向ける。視線を向けられた少女は立ち上がり二人を冷たい目で見下ろす。
「儂はおぬしらと同年代じゃぞ。ガキ扱いしおって。全く失礼な奴じゃ」
腕を組みムスッとした顔をしたまま見下ろす少女に俺は尋ねる。
「はぁ?どっからどう見てもガキじゃねーか。てゆーかそもそもなんであいつらに追われてたんだよ。白い仮面の方は指名手配犯だぞ」
幼女が口を開き喋ろうとした瞬間、辺りを囲っていた不可視の壁は崩れ去り俺がヘルメスに何事かと聞こうと視線を向けるとヘルメスが見つめる先に黒の甲冑を着た三人組が姿を現した。
「おい、ガキ。あれも追手か?」
幼女は首を横に振り否定する。
「シーフ君。彼らは違うと思う。僕も誰かは分からないけど」
そう言って怪しい三人組へと向き直りヘルメスが声を掛ける。
「貴方たちはさっき、僕が戦っている時から木の陰で見てましたよね。どちら様ですか?」
「随分下手だなヘルメス。もっとガツンと言ってやれ」
「僕に隠れながら言っても説得力が無いよ……」
三人の中で一番豪華な甲冑を着た男が兜を外しながら前に出る。見た目は四十代ぐらいで立派な髭を蓄えている事以外は特に変な事も無くどこにでも居そうな普通のおじさんだった。若干強者感は滲み出ていたが。
「こちらに敵対の意志はない。私は……ルネーだ。そちらのお嬢様を守る為に駆け付けたのだが我々が付いた時には戦闘に。ヘルメス殿かな。貴方の活躍によりお嬢様は救われた。感謝を」
仰々しく礼をする三人に対しやめてくれとヘルメスが窘める。礼儀正しい人だった。すみません、さっきはと心の中で謝罪をしておく。
「それで申し訳無いのだがお嬢様に内密に伝えたいことが。こちらに来ていただいてもよろしいですかな」
その言葉に幼女は三人の方へと向かう。そんな大丈夫なのかとヘルメスに聞くが
「大丈夫なんじゃない」
とあっけらかんとしていた。
「それにしてもあの結界的な透明の壁は何だったんだよ。お前でも壊せなかったんだろ。魔法か?」
「んー何だったんだろうね。空間系の魔法だったのか。そういう天啓持ちだったのかもね」
「そういう天啓って、自由なもんだな天啓も」
「あぁ天啓も良く分からないものから自分の特技が天啓になっている事もある。未だに解明されていない世界三大問題さ」
前世の様な価値観がこの世にもある事に内心小気味良く思い乾いた笑いが漏れる。
「あと二つは何なんだよ」
「知らないのかい?痛っ……何も蹴らなくてもいいじゃないかい。えーっと世界三大問題だね。一つはさっきも言った天啓。それで後は終焉と消えた魔族だよ。終焉は世界を終わらすとされる怪物の事で消えた魔族はそのまんまだね」
「なんだそれ。都市伝説並みの……びっくりした。急に出て来んなよ」
そう俺の脇からひょこっと出て来た幼女に対し驚きを口にする。
「儂な。おぬしらについていく事に決めたのじゃ。よろしくな。儂はエナベル=シャイターンじゃ。エナと呼ぶがよいぞ」
幼女はにっこりと笑いそう告げたのであった。
ヘルメスは剣島でも通じる剣技を持っています。