エレメンタル
傍らで不安そうにヘルメスを見つめる幼女に大丈夫とだけ言い目線を差し向かい好機を窺う二人へと向ける。旅の中でヘルメスの実力は理解しているつもりだ。だがそれでもヘルメスの緊張ぶりから相手の実力も相当なものだと思われる。シーフが心に一抹の不安を感じていていたその瞬間戦いは始まる。
先制攻撃を仕掛けたのはバニティーだ。彼女は長く赤い髪を靡かせ跳躍すると両手を掲げ二種類の魔力を練りだす。その魔力は無数の赤い炎の槍と無色の風の刃となり彼女が掌をヘルメスに向けるとその魔法がヘルメスに襲い掛かる。
「くっ、ダブルか。やりづらいな」
そう言ってヘルメスは構えた刀を使い全ての攻撃を目視では追い付けない速さで切り霧散させる。一手の攻防で自分の不利を悟ったヘルメスは逃走の手段を考えるが非戦闘員二人を抱えてこの死地から抜け出す事は出来ないと悟る。
「シーフ君その子を連れて逃げるんだ。ウェスト領はもう少しで着く。きっと守衛が居るはずだからこの家紋を見せれば軍が動いてくれると思う……多分だけどそれで何とかなる。かも知れない」
バニティーが繰り出す多種多様な魔法攻撃を回避、撃ち落としながらヘルメスは懐からパーシヴァル家の家紋が刻まれたメダルを俺の元へと投げつける。
「そんな勝手な事されちゃうと困るなぁ。その子は大事なんだぁ。アンリに殺させなきゃ意味が無い」
声の方向を振り返ると茂みの中へ消えて行ったスカルがシーフ達の後ろの茂みから出て来る。
「まぁでも僕は非戦闘員だからねぇ。君たちを殺しはしないよ。だから安心していいよ?」
スカルはそう言って首を傾ける。退路を断たれた俺は逃げる事を諦めヘルメスに全てを預ける事にした。
「おい、ヘルメス。耳だけ傾けろ。そいつ右目が見えてないぞ。動きがおかしい」
防戦一方のヘルメスに対し助言をする。ヘルメスほどの武才がある人物には余計だったかも知れないがどうしても気になったので口から思わず出てしまった。
「ほんとかい。それは結構いい情報かも知れない。ありがとうシーフ君」
伝える事だけ伝えて満足した俺は街道に腰を下ろし二人の戦闘の観戦を行う。幼女も戸惑い辺りを警戒しながらも横に座った。
「おいおいおい、殺さないって言ったのは僕だけどさぁ。安心しすぎじゃないかな。もっと喚けよカスどもが」
見るからに怒りを露わにするスカルに対し内心ビビりながらも虚勢を張って余裕の態度を崩さず会話を続けた。
「別に俺らが喚いたって状況は変わらねーしな。それなら落ち着いてヘルメスの勝利を待ってる方がいいだろ」
その言葉がスカルの地雷を踏み抜いてしまったのだろう。スカルはさらに逆上し俺と幼女の元に詰め寄る。それに気づいたヘルメスは腰に携えた短刀をスカルの足元に投げ威圧する。そうなるとスカルも迂闊に近づく事は出来ず唇を噛む事しかできないのだった。
「あら、よそ見とは随分と余裕があるのね」
「やむを得ずですよ」
そう言うとバニティーはヘルメスの間合いから後方に跳躍しヘルメスの周りの地面を隆起させ時間を稼いだ。その隙にバニティーは魔法を撃つべく手に四色の魔力が集めそれを練る。ヘルメスが土の壁を壊すと目の前には両手を構え今にも魔法を撃ちだしそうなバニティーの姿があった。
ヘルメスは危惧をしていた。バニティーが属性の加護を二つでは無く三つ所有できるトリプレットの天啓を持っているのではないのかと。だがそれは間違いであった。ただ──
「まさかダブルじゃなくてエレメンタルだったとはね。少し甘く見てたよ」
四つの属性の加護全ての恩寵を受ける事が出来る天啓、エレメンタル。それを持つ者はこの世にそうは居ない。そんな相手に運悪く、又は運良く対峙してしまった。
「これで終わりよ」
そう呟いてバニティーは構えた四色の魔力を両手で開き拡大させその全てを弾丸の様な小さいエネルギー弾に変える。そしてヘルメスへと全てのエネルギー弾を撃ち込み辺りはその衝撃波により土煙が舞うのだった。
衝撃により巻き上げられた土煙の中、エネルギー弾を撃ち終わり様子を窺うバニティーに一本の短刀が投げ込まれる。それを難なく躱し次の攻撃に移ろうとすると彼女の首にはヘルメスの刀が添えられていた。
バニティー:スカルの仲間。天啓にエレメンタルを持つ。
エレメンタル:4大属性(火・水・風・土)の加護を持つ者。天啓であり称号でもある。
トリプレット:4大属性の内3属性の加護を持つ者。天啓であり称号でもある。
ダブル:4大属性の内2属性の加護を持つ者。天啓であり称号でもある。