古語の解読法
「やけにやる気が入ってるじゃないか。探し物が見つかったのか?」
「見つかったような遠ざかったようなって感じだな。坊ちゃんはどうなんだよ。楽しいお勉強は進んでるのか?」
「ん?ああ。僕は僕で色々面白い文献を読めて楽しいぞ。魔法の起源なんて話があってだな──」
「いや、興味ないわ。中入ろうぜ」
「なっ。ほんとお前は失礼な奴だな」
シーフがセインにこの様な態度を取るのはセインの事が嫌いだからという訳ではない。図書館に通い詰める毎日でセインが話し出すと止まらない奴だという事を身を以て知っているからだ。この前もシーフがいつもの机に山ほどの書物を重ね速読をしている時、セインは嬉々として寄って来た。何かを語りたそうにしていたのでシーフが何事かと聞いてみるとそこからセインの語りが止まる事は無かった。シーフはあの日、セインに自由に話をさせてはいけないと心に決めたのだ。
「いいからいくぞ」
そう言ってシーフはいつもながら衛兵にパーシヴァル家の紋章を見せ中へと入る。そろそろ顔も覚えられ紋章の確認もおざなりになっていた。これならセインだけでも入館できるような気がするがセインは怖いと言ってひとりで王立図書館に向かう事は無かった。
中に入るといつも通りのからっとした空気感で落ち着いた時間が流れている。シーフは昨日まで使っていた机のひとつ奥の机に拠点を構え本を探しに向かう。
「で、なんでお前は付いて来るんだよ。まだ話したりないのか?」
「はっ?そんな訳無いだろ。ただ、お前が探し当てた物が気になっただけだ」
「あー言わなかったか?見つけたけど見つけて無いって」
「そうは言ってないぞ。じゃあまだ探してる途中なのか」
「そゆことよ。取り敢えず今は古語で書かれた本を探してんだよ」
シーフはセインの相手を適当に背広に掛かれた題名で読めない物を集めて行く。どんな紙切れでも文字が読めない物ならば集めて行く。幸いこの世界は言語が共通化されており帝国であっても会話は通じるし生活する事も可能だ。それが現実的かどうかの話は置いといてだ。その為、シーフに分からない文字があるとすれば古代に使われていた言葉、もしくは暗号化された文書だけとなる。だが、ここに暗号化された文書を置く意味がない。それを言えば王族関連の書物も意味が無いのだが。つまりシーフは自分が良く分からない文字が書かれていれば正解だと集めて行った。
「そんなにあれば探し物もありそうなものけどな」
「それが無いから困ってるんだけどな」
「それに集めたところで古語じゃ読めないだろ。お前は読めるのか?」
「読める訳ねぇだろ。馬鹿かお前は」
「ハッ。馬鹿に馬鹿にされるとはね。僕だったら古語だってものの数日で学習できるさ。お前とは地頭が違う」
「……ったな」
「なんだ、怒ってるのか。お前が馬鹿なのが悪いんだぞ」
セインがびくびくしているところ悪いがシーフは一切怒っていなかった。むしろ喜んでいた。その歓喜の震えがセインには激怒している様に見えた様でビビっていた。
「言ったな?」
シーフは満面の笑みでセインの肩を掴む。
「な、なんだよ。何の話だよ」
「自分なら古語なんてすぐ分かるって言ったな?現状この世界で古語が分かる人なんて数える程しかいないのに。自分は直ぐに出来るって言ったな?」
シーフに詰め寄られ目を回すセインは勢いで答えてしまう。
「あ、当たり前だろ。僕は叡智を司る天才だぞ。古語くらい直ぐに学習してやるよ」
「よしっ」
シーフは小さくガッツポーズを決める。これで古語の解読の為、学者を探し世界を放浪したりエナベルの親に古語を知っているか聞きに行かなくて済んだ。そんな事をしていれば次の犠牲者が出るかも知れないしシーフはこれで王立図書館から古語で書かれた書物を探す簡単な作業をすれば後はセインが解決してくれる。シーフはそんな楽々設計図を脳内で考えた。
「じゃあ、頼むぜ。そこにどんどん置いてくから」
「ま、待てって。僕だってそんな見た事も無い文字が直ぐに分かる訳ないだろ?」
「ちぇ、使えねーな」
「なっ、これだから馬鹿とは相容れないんだ。取り敢えず文字以外に絵が付いてる本から並べてくれ」
「あーいよ。これと……これもか、」
「もう、いい。お、おい。いいって。そこまで一気に読める訳が無いだろ。もういいからお前はそこら辺で古語の本探してきてくれ」
シーフはセインの言葉に素直に従いこれまで捜索した事が無い範囲まで足を運ぶ。本棚の立ち並ぶエリアを抜けると広い空間出た。中心には司書が駐在する場所がありそこで彼女は本を開いて寛いでいた。その後ろには一段、また一段と総数四段の本棚が置いてあり圧巻の光景だった。段の間には通路もあるようで四段目にある本もそこから取るのだろう。
「あー今日はあなたから来てくれたんですねー」
「いや、別に会いに来た訳じゃ無いんだけど」
「そうなんですかー。それにしてもここに来たって事はー手紙でも見に来たんですかー?」
「手紙?」
「あれー違うんですかーそこ見て下さいよ」
司書は右側にある展示台を指差しそこを見るように促す。そこにはガラスで囲われ振れる事が出来ない様にされた手紙が展示されていた。
「これは古語か?」
「そうですねー。だからそれ目的だと思ったんですよー」
「なるほどな。でも、今は手紙じゃ無くて絵が付いてる古語の本を探してる途中だ。わがままな坊ちゃんが探して来いって言うんでな」
「それならこっちには無いと思いますよー。ここら辺は活字のみの本が集められてるのでー」
司書は豪華な机の奥で椅子でくるくる回りながらシーフと会話する。
「それじゃーそのお連れ様が古語を読める方だったんですかー?暫くは来ないと思ってましたよー」
確かに昨日の時点では古語を解読する目途は経ってなかったしシーフ自身で解読できるとも思っていなかった。
「まぁ、だよな。俺もあんまり古語の件については期待してなかったんだけど、運よく出来る奴がいてな」
「おーそれは運がいいですね。中々古語が読める方なんて居ませんよー」
「いや、別に古語が読める訳じゃない」
「えー?」
司書は不思議そうに首を傾げる。だが、これは紛れもない事実なので訂正のしようがない。
「そいつにはこれから古語を覚えて貰うんだよ」
「えーー」




