司書さん
「あのー迷惑なんで止めて貰えますー?」
静かな声だがそこに含まれる怒気を隠す事は出来ない。シーフは後ろに居るであろう声の主の顔を見る事が出来なかった。
「あ、はい。すみません。今すぐ辞めます」
素直に謝って様子を見てみる。声の主は女性。見た目は図書館通いしてそうな眼鏡の人と言えば分かり易いだろうか。この図書館の管理人だろうか。温和な声だったが確かに恐怖を感じる物だった。
「分かれば良いんですよー。これ魔力使うんでそういう使い方されちゃうとー疲れちゃうんですよねー」
「なるほど……」
「それに魔力量が多いって事は盗まれてる最中なんて事もあるんでー疑っちゃいますよー」
「いやいや、とんでも無いです。この糸がどうなってるのかな。なんて思ってやっちゃっただけなんで」
「そうですかー。それとそこまでびくびくされちゃうとー私も女性なんで傷つきますよー」
温和な声だが容赦がない。優しい顔をしているが内心何を考えているのか分からない。シーフにとってこれ以上にやりづらい相手は居ない。
「あー分かったよ。びくびくしません。糸で遊びもしません。すみませんでした」
「よろしいー。王立図書館を楽しんで下さいねー」
そう告げて彼女を本棚の森へと消えて行った。
「ふぅ……怖ぇ」
口から本音が漏れてしまった。誰にも聞かれて無ければいいなと念じるが本棚の隙間から例の彼女が覗いていた。ホラーかと大声で突っ込みたくなる気持ちを抑えここに来た本来の目的を果たす為に王族関連の書物を漁る事にした。
小一時間色々な書物の表紙と内容を軽く見て来たが中々王族関連の物は見つからない。それもその筈、このアルザース王国は王族を中心とした中央集権国家だ。地方に領主はいれど自治権は王族に在り領主が勝手な政策を行う事を許してはいない。つまり王族とはこの国の柱であり要だ。そんな大事な存在の情報が書かれた書物が一般人でも入れる王立図書館に置かれている筈が無かったのだ。だが、これで諦めてしまったら示しが付かないと仕方なしにシーフは片っ端から書物を漁る事を決めた。
「はぁ……余計な知識が増えていく」
この国に伝わる童話。王国史。魔物図鑑。誰が書いたか分からない創作物。何文字で書かれたか分からない手紙。そんな物ばかり眺めていたシーフは気が滅入っていた。だが、分かった事もある。この王立図書館に蔵書されている書物で圧倒的に多いジャンルは英雄譚だという事だ。
特に歴史的にも浅い人魔西南戦争の数が異常な程存在した。内容としては人族が魔族を討ち滅ぼした。誰がどういう功績を残した。などと言ったものが多く。その戦争の事実を知るシーフには何とも言えない物だった。
その中でシーフの印象に強く残ったのは今の帝国の妃の話だった。──鮮血の様に艶やかな髪を靡かせ戦場を駆ける姿は正に炎姫。敵を極大魔法で打ち滅ぼし人族の勝利に多大なる貢献をした。
当時の姫様はここまで苛烈なものだったのかとグレイス王女を思い浮かべ比べてしまう。時代が時代なら身分など関係なく戦場に赴くものなのだと今の王様に是非とも見て欲しい英雄譚だった。どうやらこの人物は人気があるようで数多くある英雄譚の中でも登場数が比較的多かったのでシーフの記憶にも残る事となった。
「にしても王様関連はとことんねぇか」
やはりいくら探してみてもアルザース王国の王族に関する書物は見つからない。
「帝国の妃さんのは沢山あるんだけどな」
帝国は管轄外という事だろうか。これだけの書物の中ならひとつくらいはあっても良さそうなものだが中々検閲がしっかりとされているらしい。
「今日は辞めだなぁ」
「もう帰るのか?」
「うわっ。なんだよ」
後ろから急に声を掛けられ先の女を思い出し身震いが起こる。
「その反応は僕でも傷付くぞ。で、帰るのか?」
「あー今日は疲れたし成果も無いしな」
「ん、そうか。明日も来るのか?」
「どうだろうなぁ。なんか俺が求めてる物はここには無いって感じだからな。もう来なくてもいいかなってところか?」
「……そうか」
やけに歯切れが悪いセインの言葉にシーフは頭上にはてなを浮かべる。
「あーそういう事か。俺がいなきゃお前ここに入れないもんな。そっかそっか。それなら明日もきてやらなきゃなぁ」
ニヤつくシーフにセインは顔を真っ赤にして反論する。
「ぼ、僕はそんな事言ってないぞ。お前が来るならついでに来てやってもいいって話なだけだ。勘違いするな。これだから脳まで栄養が行ってない奴は困るんだ」
「止めてくれよ。男のツンデレなんて流行らないぜ?」
「つんでれ?が何かは分からないけどどうせくだらない事だろ。まぁ、いい。明日こそはしっかり開館時間から来るんだぞ」
そう言い残すと早足で王立図書館から消えて行った。残されたシーフは散らかした本の数々を片付けようと長時間の読書で重くなった腰を持ち上げる。するとシーフが経てない程の力で肩を抑え付けられている事に気付く。恐る恐る振り返ると相変わらず優しい顔で圧を掛けてくる女性がひとり静かに立って居た。




