延長戦
領主の死体に仲間が二人、敵が二人。犯人は既に逃亡しその情報を握って居そうな男にも逃げられた。凡そ最悪な結果となってしまったがここにいる仲間が無事なだけ良しとしよう。そうシーフは腹を括った。
「どうする?僕がここで二人を相手してシーフ君はあいつを追うかい?」
「いーや、もう追い付けないだろうな。運良きゃ団長さんに見つかって捕まえてくれるだろ」
「それならいくよ。相手はもう我慢できないみたいだ」
体躯が良く武器を持たない男二人はじりじりとこちらへ近づいて来ていた。見たところ素手で戦うつもりなのか軽鎧を着て武器の類を身に着けていない。
「それじゃあシーフ君は左のを頼むよ」
そう言ってヘルメスは右の男に刀を向けた。男も自分の相手が誰なのか理解しヘルメスへと歩みを進める。これであちらは大丈夫だろう。ヘルメスへの心配などはさっさと捨てシーフも自分の相手となる男を前に戦闘態勢を取った。恨みは無い。恐らく敵でも無いのだろう。だが、殺さなくてはならない。自分たちだけなら逃げる事も可能だろう。だが、それではこいつらが街の人を襲うかもしれない。
「悪いが死んでくれ」
シーフが男に掛けてやれる最後の言葉だった。
この世界に限らず素手と言うのは戦闘における最終手段だろう。よっぽどの事が無い限り武器を持った人間に素手勝てる者などいない。だからシーフは最大限に警戒していた。ここで出してきた駒が只者である筈が無いと確信していたからだ。
シーフは小手調べに男の懐へ潜り込み正確な剣筋で首を狙う。懐に潜り込む余裕がある相手。これは案外簡単に終わるかも知れない。そんな油断が脳裏に過ぎったのも一瞬、その考えの間違いに気付く。逆手で首を斬り裂いた筈の紅喰刀は男の太い首の皮を破る事さえ敵わずシーフの手首に反動による衝撃を与えた。
「──痛ってぇな……」
動きは相変わらず遅く危機を悟ったシーフは男の懐から逃げ出す。なんでこの世界の物は剣で斬れない物ばっかなんだと龍や黒蛇の事を思い出し溜息を吐く。
「人間くらい剣で斬れろ、よ!」
男の腱を狙った鋭い二度目の攻撃も難なく受け止められる。シーフは魔力を全て身体能力向上の為の魔力循環に回しておりこれ以上の強化は望めない。今の力で攻撃が入らないという事は勝ち目が無いという事だ。だが、シーフには選ばない手段でなら攻撃が入る可能性はあった。それはつまり目潰し。簡単な話、皮膚が固いのなら皮膚が無い場所を狙えばいい。例えが眼球、そして口腔だ。そこに剣を一突きすればいくら硬かろうと人間だ。生きている事は叶わない。
「お前が……悪人ならな……!」
均衡状態の戦闘に自然と独り言が増える。もうじきヘルメスは倒した頃だろうか。そんな焦りが着実に溜まり相手に決定的な隙を与えてしまう。斬る事が出来ないのならば突き技、つまり力を一点集中する事で攻撃が入るのでは無いかと考えた。幾度目かの懐に入る攻撃、通用しないのなら逃げればいいという油断。シーフの攻撃に対応してきた男がシーフを両腕でがっちり抱き絞めた。その力はシーフでは抜け出せない程強く徐々に締め上げられ意識を保つのが厳しくなってくる。
「……うっ……ぁ」
抵抗しようにも男の皮膚に剣は通らない。為す術無し、万事休すかと思われた時。
「ヘルメス!」
待機してろと言われていたエナベルがこれ以上は黙ってられないと声を上げた。シーフの意識が落ちる寸前、見えた景色はヘルメスの華麗なる一撃だった。
意識が覚醒するのはいつもエナベルの呼び掛け声だった。今回も意識の遠くから必死に呼ぶ声が聞こえてくる。いい加減気絶するのにも慣れ自分がどのくらい意識を失っていたかも分かる様になってきていた。
「シーフ、シーフ。起きるのじゃ……シーフ」
「わーってるよ。起きた起きた。いい加減俺は弱いんだから慣れろよな」
「そんな……」
「駄目だろシーフ君、エナベルちゃんは君を心配してこう言ってくれてるんだから」
心配性のエナベルに対しヘルメスは意外と塩対応だ。
「はいはい。俺が悪かったよ。ついでに借り物の力を使いこなせてない私をなじって下さいよ」
「どうしたんだい?そんな落ち込んじゃって。僕の幸運でもあげようか?」
ヘルメスはシーフが弱ってる事を待ってましたと言わんばかりに楽しそうに弄る。
「お前の幸運なんていくら積まれてもいらねぇよ。強奪は悪人だけに使うって決めたからな」
「まぁ、そういう線引きを否定する気は無いけどそんな都合よく居るとは思えないよね。帝国の将軍だって偶々敵だっただけだろ?」
「……」
結局これについて答えをシーフは持っていない。あの時強奪を使ったのが正しかったのか否か。無我夢中であらゆる手段を模索し導き出した答え。強奪を使いディリティリオから魔帝を奪った事は事実だ。王国の敵である帝国の将軍の首、フォータからはその手柄は表彰ものだと喜ばれた。だが、見方を変えればディリティリオは自分の国の為に働いただけの男なのだ。悪い事などどこにもない。
「正解だったのかね」
言葉を濁しヘルメスに問い掛ける。ヘルエスの言葉は簡単だ。
「国の為にはなってるよ」
正しいとも間違ってるとも言わない。シーフの濁した言葉の意味もヘルメスには伝わってるのだろう。
「それに勝負事なんだ。勝者がうじうじしてたら相手も浮かばれないさ。一度飲み込んだ物を吐いちゃいけないよ」
「まぁ、そうかもな」
シーフはこれから悪人以外から自分の天啓を回収する気は無い。これからもそこは変わらないだろう。ただ、自分の敵を悪人とするかどうかは分からない。今後は後悔する事の無い選択をしようと勝手に心に決めたのだった。




