真夜中の作戦
「エナベルちゃんが自分で歩いてるの暫く見て無い気がするんだけど……」
そんなセリフをシーフの背中を眺めてぼやく。だが、この方が効率が良いのだ。戦闘力で測れば当にシーフを抜いてしまったエナベルだが身体能力の話をすればそれは年相応の物しか無い。こうして
シーフが背負い疲れるとしても屋敷に着くのは早くなるだろう。エナベルも機嫌も良くなり一石二鳥だ。
「楽じゃのー」
「そうだろうよ。俺はきついけどな」
あえて細い路地を選び最高速で駆けて行く。どこに伏兵が隠れているか分からない状況で大通りを往くのは危険すぎると判断したからだ。だが出会ってしまった時には腹を括るしか無いだろう。
「頼むから現れんなよー」
「そんな事言ってたら本当に出会うかもしれないだろ……」
「フラグにならない事を祈るぜ」
少しばかり屋敷に近づいたところで大広場に出た。ここがおおよそカーンテの街の中心地だ。ここから放射状に大きな道が派生しその道に建物が建つ形になる。ここまで来ると否が応でも大きい道を経由しなくては屋敷に近づく事は出来ない。となると残る選択肢はひとつで──
「──それっ。上からだよな」
「大丈夫かい?シーフ君背名に背負ったままで」
「まぁ、何とかなるだろ?エナもちゃんと捕まっとけよ」
「任せとくのじゃ」
「そうかい?なら僕が先頭を切って屋根伝いに屋敷まで向かうから僕が通った所を付いて来てくれ」
「あいよ」
そう言うとヘルメスは高所なのを気にせずすいすい屋根を渡って行く。シーフが感心していると早く来いとヘルメスに手招きされ自分も進みだした。エナベルを背負った状態でも身体は良く動きまるで忍者かのような気持ちにさせられる。月夜に照らされ空中散歩、涼しげな夜風を切るシーフの気持ちは高揚した。
「止まって」
小さな声をこちらに向けた掌と合わしてシーフを制止する。建物から地上に降りると目の前には柵で囲われた大きな屋敷が不気味な雰囲気と共に佇んでいた。屋敷の前には広い庭がありここをバレずに通る事は至難の業に思えた。
「光は点いて無いね」
「この時間に起きてるとも思えないしな。それは普通だろ」
「どうする?正面から入ってくかい?」
「それ以外方法は無さそうなんだよなぁ。庭を全力で走って一分で屋敷までは行けるか」
「ここから儂が大魔法を使って吹っ飛ばすのはどうじゃ?」
「はぁ?……いや、ありか」
「何言ってるんだよシーフ君。まだ領主様が生きてるかも知れないだろ?」
正直シーフはもうカーンテ領主セン=トシーエ大公爵が生きてるとは思えなかった。数日前から途絶えた連絡。傀儡とされた衛兵や近衛騎士。既に事は決着し時間稼ぎをされている様に感じていた。それならば犯人も既にここに居ないと考えるのが妥当であり作戦はもう破綻している事になるが。
「案外、正面突破で良い気がしてくるな」
「それならもし敵襲があった時は僕が殿になろう。シーフ君とエナベルちゃんは手分けして屋敷を捜索してくれ。これでどうだい?」
「その任、私たちが請け負いましょう」
シーフらの背後から聞き覚えのある声が掛かる。それは遅れながら到着したリッター副団長の部隊だった。ひとりも欠けず三人でいる事を確認し安堵する。
「リッターさん。道中は無事に?」
「ええ、敵襲に会う事はありませんでした。恐らく我々の仲間は屋敷内に居る可能性が」
シーフらと同じく屋根伝いでここまで来たリッターの部隊は各通りを確認しながらここまで来たらしい。屋敷に着く事優先で来たシーフらとは年季が違った。その情報によると通りに人は人っ子一人居なかったそうで──
「我々が来る事を想定して屋敷内に全勢力を集めている可能性があります」
「確かにそうだな。じゃあリッターさんは庭に潜伏してる敵が居た時は」
「私の部隊で対処しましょう。貴方たちは屋敷内でセン大公爵の身柄の確保を優先にお願いします」
作戦が整った所で屋敷の柵を乗り越える。庭はよく手入れされている様で生け垣や噴水などが飾られていた。遮蔽物は無く潜伏出来る様な場所は無い。一行は慎重に歩みを進めた。屋敷の入口がはっきりと目視出来るくらいまで近づいた時、月光に影が差した。
「下がって下さい!」
リッターの叫び声に一同は立ち止まり辺りを警戒する。敵は庭のどこからでも無く屋敷の屋根から飛び降り空から降って来た。数は行方不明となった近衛騎士と同じ数で揃いも揃って死んだ様な顔をしている。
「作戦通りお願いします」
声を合図にシーフらは走り出した。リッターを残し敵に脇目も振らず全速力で敵の間を駆け抜ける。作戦通り屋敷を捜索する為に。




