不穏な街
日も陰り始めた頃、一行はカーンテの城壁に到達する。門を守護する衛兵はどこかやる気が無さそうな対応で近衛騎士団の精鋭がやって来たというのに気付かないものなのだなと疑問を抱いた。
「まぁ、内密にって事か」
「ん?今回の件かい?そうだね。王城から内密にって話だしね」
「あーいや、それでも──」
顔くらいは割れているものじゃないのか。そんな疑問がシーフの脳内を駆けた。どこか僻地の村ならまだしもここは王都からほど近い領地の街だ。そこの衛兵まで顔を知られてない事などあるのだろうか。
「そこんところどうなんだよ?団長さん」
「おや、気付いていたのかい。君たちを呼びに来たんだ。まぁ、カーンテと連絡が取れなかった事とも関係あるのだろうね。彼の目は虚ろなものだった。どこか魂が抜けたようなね」
「他の街でもこんな感じなのか?」
「連続殺害事件の街の事を言ってるのならそんな情報は入ってきてないよ。カーンテが初の事例になる。だが、どうやら街の中はそうではないらしい」
そう言うとフォータは街の中に顔を向ける。ワーゲンの客車から降りシーフも確認すると活気のある街の様子が目に移り込んできた。様子がおかしかったのは衛兵だけだったという事だ。これでは連続殺害事件と結び付けるのは少し厳しいのかも知れない。
「そういう訳だ。街の様子を確認する為にも我々は別れる。君たちは、そうだな。我々が泊まる予定の宿屋がある。そこで待機していてくれ。行動は明日からだから寝ていてくれても構わないよ。パーシヴァル家の紋章を見せれば分かってくれるはずだ。ヘルメス君が持ってるね?」
「あ、はい。分かりました。それでは」
日も完全に落ち街は魔道具の灯りだけとなる。それでも街の活気は衰えず屋台や飲食店が盛況している様だった。近衛騎士団らと別れた一行は宿に向かう前にどこかで夜ご飯を食べようという話になった。
「どこも目移りするの~」
「王都じゃあんま無かったよな。こういう感じ」
「王都は街の治安が第一だからね。露店とかは式典の時くらいしか見れないよ」
シーフも観民式の時は露店があった事を思い出す。あの時はあまり出店は無かったが。
「じゃあ店には入らないで食べ歩くかんじにするか」
「そうじゃの。儂はそれでいいぞ」
「僕も構わないよ」
そうして一行は広場にある露店で色々なものを食べ満足した。帰りは腹が膨れ眠くなったエナをシーフがおぶり宿を目指す。宿に着くが未だ近衛騎士団の面々はおらず働いている様だった。宿の女将にヘルメスがパーシヴァル家の紋章を見せると心得顔で客室へと通された。
「最近どうもキナ臭くてね。お兄ちゃんたちもその調査に来てくれたのよね?本当に助かるわ。近衛騎士団さんにはこの街に何かあるといつも来てくれるから」
そう言って女将は居なくなった。どうやらここは近衛騎士団御用達の宿屋らしい。何かと秘密主義な所がある近衛騎士団にとっての隠れ家なのだろう。
「各地にあるのかね。こんな宿屋が」
「近衛騎士団の息が掛かってるって事かい?僕が聞いた限りだと他にも沢山あるみたいだよ。フォータさんが各地を飛び回ってる時に話を付けたとか」
「あの人も大概謎だよな。腹ん中でなーに考えてるんだが。案外俺らが動く事も無く解決しちまってたりしてな」
「それはそれで助かるのかな?」
微妙な所だ。自分の身に危険が及ばないのは良い事だがそれでこちらに情報が流れて来ないのではここまで来た意味がない。カルミネ第二王子の策略なのか。将又誰も知らない第三者が起こしている事件なのか。どちらにせよ情報が無くては何も始まらない。
「明日からは積極的に団長さんに付いて行くか。何かあってもそばに居れば死にはしねぇだろ?」
「確かに宿で籠ってるよりは安全だろうね。なんてったってフォータさんは王国最強だから」
エナベルが既に寝ている事もありシーフとヘルメスもまた部屋の明かりを消し就寝する事にした。ベットはふたつ。仕方がないのでシーフはエナベルのベットに潜り込む。
「普通は僕と寝るべきなんじゃないのかい?」
なんて声が聞こえたような気がするが男と一緒に寝る趣味は無い。身体をヘルメスから背けて寝る体制を取った。シーフが眠りに落ちてから数時間、部屋の外の廊下を歩く音で目を覚ましてしまう。いい夢の途中だったのにと不満を覚えながらもまた夢の続きを見る為に目を閉じた。だが、ある事が気になり再び目を開ける。
「どうかしましたか?」
声を少し張り外まで聞こえるように呼び掛けた。返答は返って来ない。だが、そんな筈はないのだ。シーフは廊下を歩く足音で目を覚ましその足音が確かにこの部屋の前で止まった事に気付いている。シーフは呼び掛けの返答を待つが返って来ないと諦めを付け短刀二本を腰に装着し扉へと歩き出した。すると──
コンコン
扉を叩く音が聞こえてきた。勿論、シーフの部屋の扉だ。
「どうぞ」
近衛騎士団の人だろうか。始めは強盗か何かかと考えもしたが扉の外からは殺気を感じない。シーフに殺気を図る力などは無いが旅で散々寝込みを襲われる事もあった。そのような経験から扉の外にいる人が敵には感じられなかった。フォータの悪ふざけか、そんな気楽な気持ちで返答の無い扉を開ける。そこには今日共にこの街に来た近衛騎士団の精鋭の内のひとりが突っ立っていた。
「夜遅く何かありました?団長さんが呼んでるとか?」
シーフの言葉に返答はない。不思議に思ったシーフがその男の顔を見上げるとその男の目は虚ろなものだった。気付いた時にはもう遅く男がひと言──
「──ボルト」
そう呟いた瞬間、宿の一部が爆散した。




