なさねばならぬ事
「あーセインね。覚えた覚えた。よろしくセイン」
「ああ、忘れてくれるなよ」
「それでなんだって?」
少し前の記憶を遡れば何やら重要な事を言っていた気がするが。
「僕がお前の天啓保持者だって話だ。僕はそこの女と違って天啓を返しても構わないけど、どうする?」
そうだ、天啓を持っていると言っていた。確かにシーフは探知の天啓を使いこの村の存在を探し出した。それは解呪師が天啓保持者だと思っていたからだったが実際はこのセインが天啓保持者だったという事だ。当然、ケイアに対しての天啓についての説明をセインも聞いていた為、女神との約束を違える事無くセインは自分が天啓保持者だと告白する事が出来た。女神の約束とはヘルメスがしたものと同じでシーフから天啓の話を切り出されるまではこちらからは干渉できないというものだ。つまり善人で借り物の天啓を返したくてもシーフから話を切り出されないと返す事は出来無いという事だ。そんな中、シーフがケイアに対して説明したのを聞いたセインは条件を満たしたと考えこれに便乗した。
「あー、そっか。そうだったな。セインは天啓保持者だったもんな。いや、返さなくていいぜ?俺は敵からしか回収しない事にしてんだ。だからヘルメスからもケイアからもセインからも回収はしない」
「まぁ、僕はどっちでもいいんだ。これは僕の補助の様なものだからね」
「補助かい?」
「ああ、僕の天啓は叡智。物事の理解力が上がると言えば簡単だろう。だけど僕は元からそこら辺は人より秀でたものでね。そのせいで今はこんな事になってるけど。まぁ、そんなところだ」
ここに来て中々、優秀な天啓保持者と巡り合ったものだ。敵であれば確実に回収したであろう天啓。ともかくこの村に来た目的は達成した。村の食料問題もここまでお膳立てすればすぐに回復するだろう。病気の薬も余分に作った分でもう一度流行ったとしても問題は無い。二人の呪いの解呪も終わりほんの少しの謎も残るが気にする程のものでは無いだろう。
「それでこれからどうする予定だい?」
「取り合えずケイアをリンガラに送ってワーゲンの回収からだろ」
「その後は?」
シーフの旅の本来の目的は天啓を回収する事。だが、これまでの旅でそれは少し変わっていた。シーフの敵からしか天啓を回収しない。その制約を定めた限り、旅をしていてもそう回収する事は出来無いだろう。つまりシーフには行動指針が無くなっていた。
「……その後は一応やりたい事はある、けど旅は終わりかな。最初の旅の目的は天啓を集める事だったけどそれも変わったし、お前は?」
「僕はフォータさんからの仕事も無いし暇人だよ。普段だったら王都でゆっくり過ごしてるかな」
「あーケイアは帰って診療所だろ?」
「ええ、暫く開けちゃってたから街の人に顔も見せたいわ」
「んで、エナは?確か俺らに付いて来たのは解呪の為だろ?」
「儂はシーフに付いて行くかの。暇じゃし」
「……それなら王都までは同じ道か?多分。エナは、まぁいっか。そこまではまだよろしく頼むぜ」
行動指針が決まったシーフ一行はさっそく村を出る準備を済ませた。準備と言っても持ち物は大半が食料だった為、帰りは荷物も減り楽なものだった。村の人やタリート、セインと別れを済ませ村を出る。後ろを振り返るともう村の入口は見えなくなっていた。
村を出て山を少し歩けば王都が見える。王都に着くとヘルメスの伝手を頼りワーゲンを借りた。王都からリンガラまで四人で進みリンガラから王都までは三人で帰って来るのだった。王都に着くとヘルメスはリンガラで回収したワーゲンを行商人が集まるテント街の自分が借りている場所に置きに行く。シーフとエナベルはその帰りを宿屋で待つのだった。
「なぁ、エナは俺に付いて来てどうしたいんだ?」
「別になんとなくじゃよ」
シーフはそう言えるのは素直に羨ましいと思った。これまで友達を作ってこれなかった様にシーフには理由が無いと他人と時を共にする事が出来なかった。それがエナベルは理由が無くても一緒に居てくれる。ヘルメスもきっとそうだろう。普通の人からしたらそんなものは普通なのかも知れない。ただ、その普通がシーフにとってはとても嬉しかった。
「だけど──」
シーフにはなさねばならぬ事があった。それは他人を巻き込む事は出来ない危険な事。これからもヘルメスの仕事にくっついて各地を回り三人で楽しくやる事も出来るだろう。それはとても魅力的な提案だ。シーフはまだ第二成人を迎えておらず定職にも付いていない。異世界では冒険者などといった稼ぎがあるのが普通だが、その仕事は衛兵によって奪われておりこの世界に冒険者なる職種は無い。どこかで安定した職業を見つけなければならない。そうなるとヘルメスの元で働く事が今、一番確実なものだろう。パーシヴァル家の援助もある為、食うに困る事は無いはずだ。だが、その前にシーフにはなさねばならぬ事があった。




