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回想

 中学生のいじめなんて少年に対して効き目がある様なものでは無かった。言葉で仕掛けてくればそれを倍にして言葉でやり返す。暴力は受けるだけ受けてやり返さずに無視する。そんな態度を取っていれば次第に報復を恐れたクラスメイトは少年に関わる事を辞めて行った。

 恐らく教職員らもこの状態には気付いていただろう。だが、こちらに対しては無関心だった。それは助かるし問題は無かったがより一層、大人という物を信用しなくなった。

 中学では小学校には無かった部活があった。勿論、参加する事は無かったし傍から見ていて全く意味の無いものだと感じていた。そうして徐々に普通から外れて行った。

 恐らく中学は学年一の成績で終わり高校にもなんの問題なく進む事が出来た。高校は家から近く、自分の成績だと学費が全て免除される学校にした。高校生になるとバイトが出来るようになりこれまで通い続けていた図書館で雇って貰った。暇な時間はいつも通り勉強をしていいという破格の対応に三年間この図書館で働く事になる。

 高校は流石に中学まで同じだった人達も減り少年を知る者も少なくなっていた。だが、完全に居なくなる訳では無い。斯くしてまたいじめが始まる。高校生ともなると陰湿ないじめが増える。ハブりや聞こえる様な影口、ある事無い事噂を流されたり物が無くなったり。だが、そんなのは昔から在った様なものだ。無くなれば働いた金で買えばいい。一人で過ごすのは小さな時から変わらない。噂でさえ自分と関わる者が居なければ何も機能しなかった。そんな空虚な高校生活も勉強をしている時だけは楽しくさえ思えた。

 高校でも最高の成績を収め、大学へと進学した。大学に入ると実家を離れ、これまで稼いだ金で家を借り、学費は免除されていた為、不自由なく暮らす事を許された。大学に入るとその解放感に驚かされ感動した。クラスという単位から解き放たれた青年は自由に大学生活を謳歌する。ここでは人との関わりなんて物は必要ない。自分の好きな事を学び生活する事が出来る。だが、ここで青年は自分の視野の狭さに気付かされた。青年が今まで自分の軸としてきた誰にも負ける事は無いと思っていた勉学という分野で上には上がいる事を痛感する。しかしそれも些細な問題だと感じていた。自分が思うより溜め込んでいたストレスが浄化されていくようだった。不必要に人と関わる事が無くなった青年の四年間はあっという間に過ぎて行く。


「また来週飲もうや。今度は研究室のみんなでな」 

「はい、それでは」


 四年生の春ともなると青年にも僅かだが友と呼べる人が出来始めていた。相手は一個上で大学院に通い同じ研究室の先輩。この人とは三年の時からの顔馴染みで研究を共にする事もあり次第に仲を深めていった。青年はこれから就職活動を控え大学院に進む事は無いがそれでも仲良くさせて貰っていた。唯一尊敬できる自分よりも頭のいい先輩、彼はそんな立ち位置だった。


「飲み過ぎたかな……」


 ふらつく足元に歪む視界。人と食事を共にする機会がほぼ無かった青年は自分の適量を知らなかった。


「だけど来月からはもう就活だからな。その前に少しくらいならいいか」


 大学から徒歩圏内の自宅を目指しゆっくりと歩道を歩く。少し休憩をしようと電柱に手を付いた時、正面から目も眩む様な光を浴びせられる。その光は勢いよくこちらへと進んできてけたたましいクラクションの音と共に青年を吹き飛ばした。

 症状は重体。幸いトラック自体は電柱に当たる事で直撃は避けられた。しかし、トラックの勢いがそんな物で止まる筈も無く青年は吹き飛ばされたという事だ。複数箇所の骨折に加え脳挫傷、就活は絶望的であった。意識を取り戻したのは一週間後、容態は安定すれど動く事は出来ず要入院となってしまう。だが、青年は一年の遅れ程度自分の才があれば問題ない、むしろ一年間猶予が出来たとまで考えていた。入院中は誰にも邪魔されず一人の時間を楽しんだ。

 そして無事退院した。自宅に帰ると学費免除が外される事を知る。この一年は棒に振ると決めた青年は大学側に何の連絡も入れていなかった。事情を説明すると留年は可能となったが学費免除は取り消されてしまう。それでも青年は愚直に溜め続けたバイト代で一年の学費程度なら払えるくらいの貯蓄があった。だが、留年が確定してしまった後では残ってる研究を続ける気も起きず来年まで大学に通う事は無かった。

 腐っても優秀な青年は何の遅れも取らず春に四年生を再び迎える。今回は入院などはしないよう、外への外出も控え万全の体制で就活に臨んだ。勿論、青年は才能がある。就活は何の滞りも無く終わる、筈が無かった。どこへ行けど聞かれる事と言えば──


「どうして留年を?」


 正直に答える。


「入院してました」


 となると大抵、どうして休学はしなかったのかとなる。勿論、知っていた。知っていたが行動には移さなかった。どうせどうにかなるとそれが足枷となりどこへ行けど就活は失敗に終わった。成績は確実に自分の方が上なのに自分の進路は決まらない。見下していた周りの人が次々と就職先を決めて行く中、自分だけが取り残されていく感覚。どこからか心は折れていた。それでも後が無い青年はひたすら面接に向かい散っていった。

 完全に機を逃してしまった青年は卒業研究も手に付かなかった。二度目の落第。だが、青年にはこれ以上学費を払い続ける余裕は無かった。生活費に入院費、そして留年分の学費。手元に残った金は僅かなものとなっていた。

 家賃を払えなくなり自宅を引き払い途方に暮れた青年は自然と実家に足を運んでいた。

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