解呪
「聞いてくれよ!シーフ君」
「分かったから大きな声出すな。俺はまだ眠いんだよ……」
シーフは朝から起こされ起こされ起こされて十分に睡眠がとれて居なかった。三回目に起こされたのは昼過ぎに起きて来たヘルメスにだ。「シーフ君でも寝坊する事があるんだね」とニヤつきながら言われた時はついつい尻を蹴り上げてしまった。そんなこんなで今日分の薬の投与を行い、大分調子の戻ったケイアと談笑したのち村の外の山で狩りをしに来ていた。
「で、なんだよ。ずっとそわそわして気持ち悪いぞ、顔が」
「それが聞いてよ。エナベルちゃんが昨日独り言でお母様の腹の中に二十年居たって言ってたんだ」
「んなの前にも言ってなかったか?最初会った時に」
「その後に魔人族は妊娠期間を自由に操れるとも言ってたかな?」
「そんな訳無いだろ?そんな話は置いといて狩りするぞ」
今日も今日とて村人全員を養う分の肉を狩り集める。野菜が収穫できるまでは肉で全食事を賄う必要がある為狩る量も中々多い。残りの村人を農業に回したせいでこっちの負担も爆上がりだ。
「ここら辺は魔物が少ないよね。動物が多くて助かるけど」
「黒蛇みてぇな奴も居るけどな」
「あれは特殊だよ。しかも巣穴を刺激しない限り出て来ないしね」
「確かに普通の魔物は居ねぇか」
目に付く適当な獲物を狩り、血抜きをしてからそりへと乗せる。そりで運べる限界まで積むとヘルメスに村まで持って行かせる。それを数回行い村へと帰還する。
「こんなに狩って生態系が崩れないかな」
「んな事言っても当分は仕方ねぇだろ。それにそんな簡単に崩れる様な数じゃ無いだろ」
「いやいや、こんな量を同じ場所で狩るのは初めてだよ」
「だったら王都とかの食料はどうしてるんだよ。こんな村より必要量は多いんだからその理論で行ったら人類総勢飢餓だぜ?」
シーフとヘルメスは村に着くと最後の血抜きされた肉を食料倉に運ぶ。ここで狩った肉は保存出来るように乾燥、又は冷暗庫に移され保存食化される。この調子で行けば一週間程度でかなりの量の保存食が出来る。そうなればシーフらが狩りの手伝いをしなくてもこの村の食料事情は回っていく事だろう。
そんなこんなで五、六日を狩りをして過ごす。その間にケイアを含め病気に罹った村人は完全回復し日常生活を送れるようになっていた。薬の効果は確かにあった様であれから新たな感染者は出ていない。シーフの病気に対する知識、坊の薬に関する知識は間違っていなかった。斯くして村での感染症に終止符が打たれたのだった。
村人が完治したと分かった日の夜、シーフとヘルメスが狩りから戻ってくるとタリート婆さんが仮屋に訪れていた。
「今回の事は感謝してもしきれないの。おぬしらのお蔭で村人が死なずに済んだ。心より感謝を。それでどちらから始めるのかの?」
「あ、あーそうだったな」
「忘れとったのか」
「いや、まぁそうだな。最近は狩りで忙しかったから」
「うむ、それも感謝しておる。これで暫く村も安泰じゃ」
野菜が収穫できるまで早い物で後一週間程度だろう。それまで食いはぐれる事が無い量をこれまでで集めてきた。もうシーフらの支援は必要ない。
「それじゃあこれでやっと解呪して貰えるって事か。どうするエナ。どっちからやる?」
「それなら儂からやるかの」
「って事だ。よろしく頼むぜ?」
シーフはタリートにそう告げ、解呪が始まる。
「解呪は一日に一回しか出来ぬ。おぬしは明日になるが良いのじゃな」
「ああ、急ぐもんじゃねぇしいいぜ。エナからやってくれ」
タリートはエナの頭に手を置き目を閉じ集中する。手から溢れ出した魔力の光はゆっくりとエナベルの身体を包み込み発光し始める。光に包まれたエナベルの身体は段々と透けて行く。薄くなって行く身体の中心にひとつ、暗く淀んだ塊が姿を現す。タリートはそこの塊に手を伸ばし掴み取る。手の中に収まったそれをエナベルの身体から引き抜き握り潰す。瞬間、エナベルは力無く床に倒れ込んだ。
「エナベルちゃん!」
「大丈夫じゃよ。その娘は体力切れで寝とるだけじゃ」
「良かった」
そう言ってヘルメスは床に突っ伏しているエナベルをベットの上へと寝かせる。
「それよりもじゃ。これで呪いを掛けた者は分かったぞ」
「ああ、誰なんだ。こんなガキに呪いを掛けたって奴は」
「ミーデンと言う男じゃ」
「……誰だ」
「儂には分からん。儂に見えたのは隻眼で大柄、そして長髪。後はミーデンと言う名前だけじゃ」
「俺には心当たりがねぇな」
「勿論私も知らないわ」
「エナベルちゃんなら名前を聞けば分かるかも知れないね」
「儂は明日も同じ時間にここに来るからの」
そう言ってタリートは仮屋を出た。エナベルが寝ている限りは事の真相は分からない。そう結論付けて一日を終えた。