良い顔
使える部分の心臓だけを抜き取って他の大部分は土の中へと埋葬する。これは決して信心深い訳では無く黒蛇の肉体を残して置くと魔物が集まって来てしまう為だ。シーフらはこの後も本命の食料狩りの仕事が残っている。出来れば魔物に会う事は避けたかった。
日が暮れる頃には一日分を賄うには十分すぎる量の食肉が集まり細木を束ねて作ったそりに乗せ村へと運ぶ。村に着くと未だ元気な男衆が解体を始めその傍らで病人用の食事も作られていた。動ける村人総出で忙しく働く中、一日の仕事を終えたシーフとヘルメスは黒蛇の心臓を持って仮住まいの家屋へと向かった。
「遅かったの~」
「聞いて驚け。黒蛇の心臓が三つだ」
「だからこんなに時間が掛かったのじゃな。それにしても運がいいの。この前は一匹だけじゃったのに」
「運がいいのかな……?」
ヘルメスはあの戦闘を思い返し素直に頷けず苦笑いを浮かべていた。
「だけどお前ら、よくやったな。これだけあれば次に同じようなことがあっても足りる量だ」
「もうひとつの草は足りるのか?」
「ああ、こっちはこっちで採取に出てたからな」
「じゃから儂はもう疲れたのじゃー」
エナベルはそう言い残すとベットへと潜り込んでしまった。
「それで薬は今日中に出来上がりそうなのか?」
「この分なら今日は無理だな。僕だってそこまで有能じゃない。それに薬を投与してからの時間が短すぎる。明日朝で丁度いいだろう。それまでには作っておくよ」
そう言うと坊は材料を手に持ち家屋から出て行った。日が落ちかけているとは言え寝るにはまだ早い時間。シーフは夕食を作り始めた。
「俺らも肉貰っとけば良かったな」
「でも、あれは一応村の人の為に狩ってきたものだろ?」
「俺らの持って来た食料もそろそろ底見えて来たぜ?」
「それならいよいよ足りなくなった時は貰おうか」
シーフは夕食のスープを煮込みながらふとこの村について思った事を口にした。
「そう言えばさ。燃やした中に野菜とかあったよな」
「食料倉の事かい?確かにあったね」
「あれってここで作ってるやつだよな?」
「村の人は外に出る事はほぼ無いって言ってたからね」
「じゃあ、暫くは野菜は無くて肉だけの生活になるって事だよな」
「人手が足りないしそうなるんじゃないかな」
「ヘルメス、明日から狩りは俺らだけでやるぞ」
「えぇ……今日の分だって僕たちが半分狩って来たけど。それを僕たちだけでやるのはきつくないかい?」
この世界では穀物が主食となる事は少ない。海辺の街であれば魚や水竜などが主食となり自然豊かな村となれば大型獣の肉を主食とする。都会であれば何を主食とするか個人によって分かれ伝統的な食文化などは無い。ただこの世界でも唯一共通の食文化がある。それはスープだ。具材は地域によって違えどスープが食卓に並ぶ事は多い。これは一度に必要な栄養が取れる事、水が魔法で簡単に生み出される事、野戦で身体を温めるのに最適な事なら来ている。そんな背景もありシーフの旅でも定番のメニューとなっていた。
「この世界の人ってさ、スープで一気に食事を取る事が多いだろ?」
「楽だもんね」
「だからそのどの具材が自分の身体を作ってるか分かって無いんだよな。まぁ、俺が言いたいのは野菜が無くなるとまた村人全員病気に罹るぜ?って話だ」
そんな事態になれば、シーフたちが居なくなってからの話だろうが少しは寝覚めが悪くなる。そう思い、狩猟はシーフとヘルメスが行い残った村人には畑を広げて貰う事にした。これで少し時間は掛かれど早い内に食料問題は解決するだろう。柄にも無く真剣に村の事を考えていた事に気付いたシーフはらしくないなと自嘲気に笑みを浮かべた。
「薬の件で気分良くなってんのかね、俺は」
前世の知識を持てど、それを使って成り上がる事を面倒だと考えから消し普通の生活をしていたシーフだったが、ヘルメスに前世の事と天啓の事を打ち明け心が軽くなった所に自分の知識で病気が治るかも知れないこの状況。シーフは気付かぬ内に気分が昂っていたのだ。
「僕には前世の事とかは良く分からないけどシーフ君は今回大活躍だったと思うよ」
どうやら顔に出ていたらしくヘルメスにまで気を使われてしまった。いつもは鈍感な癖に妙に勘のいい所にムカつく。そして顔を上げると良い面がこちらを心配そうに覗いていた。
「──痛っいなぁ」
「わり、無意識に足が出てた」
「……たちが悪いなぁ。せめて意識を持ってやってくれよ」
「意識があったらやって良いのか?」
「そんな訳無いだろ⁉」
「なーんか顔見てるとムカつくんだよんなぁ……」
「もうどれだけ見てると思ってるんだい。そろそろ慣れてくれよ……」
「善処するわ」
シーフは器の中のスープを飲み干し紅喰刀と冥喰刀の手入れを始める。ヘルメスもそれを見て人切の手入れを始め、次第に夜は更ける。村は暗闇の静けさに包まれた。




