いつか連れ去ってくれるまで
目を覚ますと知らない場所だったなんてよく聞く話だが俺は今そんな状況に置かれていた。
「いや、どこだよ」
渾身のツッコミもここでは空虚に響き物悲しさを感じてしまう。一体ここはどこなのだろうか。辺りを見渡すが皆目見当もつかない。神殿の様な高貴さを感じるのは白一色で揃えられてるからなのだろうか。疑問は尽きない。
「うわ、高い場所だったのかよ」
下を覗き込むとこの場所が摩天楼の最上階に位置すると分かる。そして周辺には何一つ建造物は無くここが雲よりはるか上空に存在する天界なのでは無いかと錯覚する。
「ごきげんよう。こんにちは。意識ははっきりしていますか?」
「……どうも」
眼前にさっきまで居なかった人が姿を現す。その声は優しく俺を包み込むかのようにこの世界に相応しく綺麗で心を落ち着かせる。
「意外と冷静なのですね」
「理解が追い付いてないだけさ。出来れば一から十まで教えて欲しいぜ」
ふふっと微かな笑みを浮かべてその女性は俺に話し掛ける。状況が読めないこんな中でも不思議と安心してしまう。
「安心してください。私は女神ですからね。何でも教えてあげましょう」
気さくな女神が居たもんだと感心しながらも女神の説明に耳を傾ける。
内容は結構簡単なもので俺は死んでしまったという事らしい。実感は無い。感覚はある。感覚とは今、生きているという感覚だ。だから死んだと言われても実感が湧かないのだ。
「何で死んだんだ?」
「教えられないんですよ。規定でして」
どうやらこの場所に来る俺のような奴は記憶が抹消されるらしい。理由は若くして死んだ事実に耐えきれない者が居るから。その為、最低限の人格を保つ記憶だけは残しそれ以外は抹消するという。それで合点がいった。この場所で目が覚めた時の衝撃で気付かなかったが自分が誰なのかを思い出す事が出来ていない。どこの誰で何をしていたか。分からない事だらけだ。
「最低限の人格に名前はいらないのかよ……」
「そういう場合も有りますよ」
「あるのかよ」
「まぁそれは良いでしょう。取り合えず貴方は転生して貰う事が決定しています」
転生と言われても現代人の性なのかそこまで驚きはしない。こんな超常的な展開を目の当たりにして今更何を驚くのかと言ったところだ。
「最近の子はこう何と言いますか熟れていて嫌ですね……」
「そう言われてもな。現代っ子にそんなの求めないでくれよ」
「そうですね。それで貴方の転生なのですが前世の不遇さから考えたところ高待遇転生に決まりました。貴方が転生する先の世界は次元の違う地球です。その為、貴方の住んでいた地球の科学発展は無いものの魔法があります。やっぱり男の子はここで目を光らせるんですよね。あ、はい。続きですね。そこで天啓という所謂能力ですね。それを貴方に沢山渡しますのでこれで楽しんでください」
どう考えても怪しいと何かの勧誘レベルに怪しいと疑いたくなるがここは女神様が居る場所、そんな人間じみた事は無いだろう。
「それは有り難いけど大丈夫なのか?個人に肩入れしすぎて他の神に殺されるとかさ」
「考え過ぎですよ。第二の人生楽しんで下さい」
そう言って女神は指をパチンと鳴らし二人の間に球体状の物体を出現させる。
「これが貴方が今から転生する世界の地図です。差し詰め地球儀といったところでしょうか。これを見て時間を潰しておいて下さい。その間に天啓を用意します」
女神はそう言うと人差し指をくるくると上に向けて回し始める。人差し指の周囲がブレたように見えた瞬間そこには数十もの光の玉が出現していた。色はそれぞれで大きさはビー玉程度。あれが天啓というものなのだろうか。
「これが天啓ですよ。今からあなたに取り込んで貰います。そちらに向かい──」
そこまで言いかけて女神はその場で転倒した。そんな服を着ているからだろと口に出そうとした時、事の重大さに気が付く。女神の指先に浮遊していた数十もの光の玉が地球儀に吸い込まれてしまったのだ。どう考えても非常事態だろう。
「……大丈夫なのかこれ?」
「天災が起こるかどうかの確認なら大丈夫ですね」
「……それ以外なら?」
「貴方の天啓が世界に散らばってしまいました」
そう気まずそうな声で状況を説明する。
「もう一回創る事は出来ないのか?」
「これ以上創ってしまうと世界のバランスが崩れてしまいます。それとこれは世界とリンクしている地球儀と言ったら分かり易いでしょうか。その為現実世界に天啓が散ってしまいました」
地球儀を指しこれまた気まずそうに俯いて説明をする。俺ではどうする事も出来無い為女神の言葉を待つが俯いたまま悩み少し時間が経った所で漸く声を上げた。
「実は天啓ってそのままで存在する事は出来ないのです。つまりどういう事かと言いますと誰かの天啓として世界に存在するという事です」
「じゃあ俺はただ自分の天啓を人にあげちゃったって事か?」
「そういう事ですね。それでは申し訳ないので探知と強奪を与えます。これで散らばってしまった天啓を集めて貰えれば」
「尻拭いは俺がやれとね。まぁ良いけどな。どういう能力なんだこれは」
「探知はこの世界で貴方の天啓を持つ者がどこにいるか把握出来るものです。強奪は半径5m以内の天啓保持者から貴方の天啓を強制的に奪う事が出来ます」
随分と限定された天啓しか貰えないなと苦笑いを浮かべながらも女神の話を聞き続ける。
「私のミスで申し訳ないですが新しい世界楽しんで下さい。他に聞いておきたい事はありますか?」
少し考えた所で何も思いつかない辺り先が思いやられるが折角の異世界楽しもうと心に決め首を振る。
「では良い人生を」
おぼろげになる意識の中で微笑を浮かべる女神の顔がやけにはっきりと脳裏に残りこの世界で初めての記憶となった。
探知:指定した範囲の天啓保持者の認識
強奪:半径5m以内の指定した天啓を取得