9.お披露目L
月日は流れ、双子は順調に?婚約稼業を営んでいた。
ルシィは王宮に、マリィは公爵家に行くことも多く、腹黒王子に言わせると『徐々に足場を固められて』いた。
さて、今日は第2王子の10歳の誕生日。ここで盛大に婚約のお披露目をしたい、と第2王子たっての希望により、ルシィは朝から王宮に缶詰状態であった。
ルシィは着飾ることにとんと無頓着であったから、支度を整える陣頭指揮は、王妃自ら執っていた。
「お披露目の衣装は白だから、貴金属は青を主体にしましょう」
「マリユス様の瞳のお色でございますね!」
「ええ、あの子の浅瀬の海のような青にしましょう」
「ひええ…」
すっかり着せ替え人形と化したルシィ。少しでも動こうものなら、「ルシィ様!じっとしていて下さいませ!」との声が飛ぶ。
高そうな衣装に、高そうな宝石。王宮とは、私にとって猫に小判、豚に真珠である。
それでも、ルシィが大人しくこの立場に立っているの理由は、まず双子の姉のマリィが、ナトンと良い関係を築き始め、あまり王子を気にしなくなったから。そして王妃様が真剣に、一生懸命ルシィのために教育をしてくれるから。
何より、マリユスがルシィのために自分を磨き、寸暇を惜しんで努力しているからだった。
髪をハーフアップに結い、これまた高そうな髪飾りをつけられる。
「……いいえ、ルシィには髪飾りより、生花の方が似合いますね。ルシィの自然な美しさが映えるでしょう」
「さすがですわ、王妃様!」
いそいそメイドたちが生花で髪を飾っていく。
……王妃様の気合が半端ない!これ、お披露目に失敗したら、首と胴が離れる案件じゃない?!
しゅーんと青くなっていると、王妃様が優しく声をかけてくれた。
「大丈夫ですよ、ルシィ。貴女はこれまでよく頑張りました。ギリギリですが、及第点です」
あ、ギリギリなんだ…。
「ですから、自信を持ちなさい。たとえ失敗しても、マリユスがフォローしますから」
あ、やっぱり失敗前提なんだ…。
「さあ!もうひと頑張りですよ!ルシィに化粧を施しなさい!」
「はい!王妃様!」
もはや誰のための婚約披露なのか。されるがままのルシィであった。
夕刻を過ぎ、主だった貴族が続々と王宮に集まってきた。色々思惑はあれど、王家からの招待となれば、断れるべくもない。
それに、第2王子のお相手にも興味津々だった。大人しいが、恐ろしいほど優秀であり、誰にも心を許さないところがあった王子だ。どんなご令嬢を選んだのだろう。
ーーと、ルシィの予想以上に強い関心を集めた婚約披露である。この事実を知っていたら、ルシィは会場から裸足で逃げ出しただろう。
だが幸いにも、ルシィは朝から支度を整えられることで、いっぱいいっぱいだった。王妃の愛と努力の結晶が、ようやく完成した。
「……完璧だわ」
「なんてお美しいのでしょう…」
完成したお人形の出来映えに、大満足の王妃とメイド。ルシィは鏡を見るが、もはや自分とは違う生物にしか見えない。こ、ここまでする必要があるのかなぁ。私、まだ10歳だよ?!
「さて、外で待つマリユスを呼んであげましょうか」
「畏まりました」
ずいぶん前から、マリユスが扉の向こうでソワソワしている。この姿を見られるのは、大変に恥ずかしい。ああ、逃げ出したいよう…!
ってわけにもいかず、無情にも扉は開かれ、マリユスが息を飲んで私を見つめる。ーーど、どこか変かなぁ?ーーいや、全部変だ。
「ルシィ……!なんて綺麗なんだ……!」
ギュッと抱きしめられた。なぜに。そして王妃様に怒鳴られている。
「マリユス!朝からの努力を無駄にする気ですか?!ルシィに触らない!」
「さすがは母上!完璧な仕上がりです!」
いつもの自然な、愛らしいルシィは、私だけが知っていればいいからね。今日は余所行きのルシィを皆に見せればいいからね、とご機嫌のマリユス。余所行きね。ただの着せ替え人形ですよ。
「さあ、行こうか、ルシィ」
「うん。ーーあ、マリユス」
「ん?」
「お誕生日、おめでとう」
今日は、マリユスの10歳のお誕生日だもんね。お披露目の大変さで忘れないうちに、伝えないとね。おめでとう、マリユス!
ーーとニコニコ笑っていたら、エスコートするマリユスが固まった。
「ナニコレ胃がギュンギュンするほど可愛いいや可愛い過ぎるまず僕を祝ってくれるなんて両想いでいいのかないいよね結婚するんだしああ早く一緒に暮らせないかなもう抱きしめて離したくないのに」
……呪詛?
「……ありがとう、ルシィ」
感極まったようなお礼に、こちらが照れてしまう。うわー、美形のはにかみ笑いって、破壊力半端ないわー!
大広間には、たくさんの人達が集まっている。うう、足が震えてきたよぅ…。
「あのね、マリユス。し、失敗しちゃったら、ごめんね…」
「ふふ、ルシィってば。これは、僕は君と婚約出来て嬉しいよーって言うだけの儀式だよ。良いんだ、いつも通りのルシィで」
ニッコリ笑って、手をキュッと握りしめてくれた。マリユスは優しいな。いつも通りで良いよ、なんて、中々言えるセリフじゃない。
ーーよし!
気合入ったぞ!見ててね、マリユス、王妃様!
「ーーでは、マリユス殿下とご婚約令嬢のご登場です!」
私はマリユスの隣を優雅に歩き、お妃教育の成果を見せつける。
わあ、いっぱいいるな。でも怖くない。だって、マリユスはいつも通りで良いって。王妃様は大丈夫だって、言ったもの!
大勢の人達に、ニッコリと笑ってマリユスに並び立つ。
そして二人で丁寧にお辞儀をした。
「皆の者。我が子・マリユスの婚約が決まった。ルシィ・ド・アルトワ侯爵令嬢である」
「どうぞよろしくお願い申し上げます」
さあ!特訓の成果を見るが良いわ!ーー私は100点(を目指した)お辞儀を披露した。
顔を上げると、お父様が泣いている。なぜに。
「私は愛するルシィ嬢を得て、ますます公務に励むことを誓います。どうか皆様、まだまだ未熟な私たちを見守りください」
ワッ!と歓声が上がり、大きな拍手がこだまする。……これって、成功なの?駄目だったの?ドキドキ。
「ルシィ…」
名を呼ばれて振り返る。王妃様が涙目になっていた。
「よく頑張りましたね。100点でしたよ…」
「王妃様!」
思わず私は王妃様に抱きついた。ふわぁ、良い匂いがするぅ…!
「王妃様のおかげです!ありがとうございました!」
「私の可愛いルシィ!素敵な淑女でしたよ!」
王妃様は私をキュウウッと抱きしめて、「可愛い可愛い」と頬ずりしてくれた。わあい!ご褒美ですね!
その様子を見ていた人々が、呆然と立ち尽くす。ーーあの、厳格なる王妃様が、笑っている!なるほど、ご婚約者殿は王妃様のお気に入りか。
「ーー母上、ルシィは私のです。お離しください」
「まあ、嫉妬深い男は嫌われますよ」
マリユスは私を王妃様から引き剥がし、ギュッと抱きしめる。王妃様はツンと横を向いて、マリユスをあしらった。うーん、仲良くね。
さて、そんな私たちをよそに、会場はダンスホールに代わる。ひらひらと美しく男女か踊っていた。
私たちはまだ子どもだから、ダンスは参加しなくていいと言われていたので、王家の席で飲み物を飲んでいた。
「今日はよく頑張りましたね。さぞや疲れたことでしょう。ルシィはもう戻ってよろしいですよ」
「王妃様…!」
あー王妃様が優しくて感激…!私を呼ぶ声も見つめる目も、とっても柔らかい。
「ありがとうございます。では、私たちは失礼します」
「あら、マリユスはまだいけませんよ。ルシィはそろそろ帰宅する時間ですから、声をかけたのです」
「えー…」
不満そうにマリユスが言う。そして私の手を離してくれない。いやもう帰してよー。
「仕方ないか。ではルシィ、送っていくよ」
「ありがとう、マリユス」
「それでは失礼いたします」と王様と王妃様と第1王子にお辞儀をする。王妃様は嬉しそうに微笑んで、100点と言った。
エントランスに向かいながら、ふと私は思い出した。
「そうだ!私、マリユスにプレゼントがあるんだった!」
「え?」
驚いて綺麗な瞳を見開くマリユス。そういえば、今日の装飾品は、マリユスの瞳の色だったな。ううん、綺麗な海の青色だね。
こっち!と私はマリユスの手を引いて、私物を預けてあるクロークに向かう。そしたら、また呪詛が聞こえてきた。
「プレゼントなんて嬉しすぎる幸せで今日僕は死んじゃうのかないやルシィと結ばれるまで絶対死ねないそういえばルシィから手を握ってくれたのって初めてかも温かくて柔らかいこのまま王宮で暮らせばいいのに」
……?早口過ぎて、分からない……。
「はい、マリユス」
「ありがとう…ルシィ。開けても?」
「どうぞ」
マリユスはそうっと、大事そうに蓋をあける。
「これは…スカーフリング?」
「うん。これから公式の場が増えると、王妃様から聞いたの。それで、使えるものを探したんだ」
あのね、真ん中の宝石がマリユスの瞳の色なんだ。だから気に入ったの!……と説明している途中で抱きしめられた。なぜに。
「僕は、国中で一番幸せな男だよ。……こんな嬉しい誕生日は初めてだ。大切にするよ…!」
「うん。10歳おめでとう、マリユス」
私もそっと抱き返した。私を大切にしてくれるマリユスを、私も大切にしたいな。