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嘘と真の恋のゆくえ  作者: 海老茶
8/10

8.小姑さん

最近、ルシィが頻繁に王宮へ行ってしまっているので、私はたいてい一人だった。とってもつまらない。


でも、ルシィがヘトヘトになって帰ってきては、「代わって、マリィ」とよく言っていたのに。悲壮感が漂っていたのは、始めの1ヶ月くらいで、今はすっかり元気に王宮へ通っている。

ーー代わって、とも言われなくなった。


代わってあげたい!という気持ちと、私では王子様にも王妃様にも好かれないだろう、と意気消沈する気持ちと、半々だった。

いつも、周りに褒められていたのは、私だったのにな。ルシィよりうんと頑張っても、結局好かれるのはルシィなんて、頑張ることが無駄に思えてしまう。


ーーいけない、いけない。


私ったら、またルシィを貶めてしまった。皆に褒められて育ったツケが、いま回ってきたのだわ。ーーそう戒める。



「こんにちは、マリィ」

「いらっしゃい、ナトン」


最近では、ナトンがよく遊びに来てくれるようになった。私もナトンと過ごす時間は好きだから、訪問はとても嬉しい。


でも、つい探してしまう。

先月までは、ナトンと一緒に王子様も我が家に遊びに来てくれていた。いまは……いない。


ーー当たり前よね…。


だって、王子様の訪問の目的は、ルシィだもの。ーールシィが居なかったら、我が家に来る理由が、ないもの…。


「ね、マリィ。たまには気分を変えて、うちに遊びに来ない?」

「……ナトンのお家?」

「そう。昔は行ったり来たりだったのにね。いつの間にか、アルトワ侯爵家に入り浸るようになっちゃった」


ごめんね、とナトンはおどけて言う。つられて私も笑ってしまう。


「ふふ、そう言えば、そうね。では、お言葉に甘えて、今日は公爵家にお邪魔しようかしら」

「どうぞ、お姫様」


ナトンは完璧なエスコートで、私を馬車まで誘導する。もともと騎士を目指しているから、背筋は伸びて、恐ろしく姿勢がいい。柔らかい笑顔は、整った顔立ちを更に好意的にするものだった。


「…ナトン、背が伸びた…?」

「そう言えば、そうかも。昨日ベッドがキシキシしてた」

「まあ、ふふっ」


こうしていつも、私を笑わせてくれる、優しいナトン。いつの間にか大きく成長しているのね。

ーー意識すると、なんだかドキドキしてしまうわ。


「最近、妹が反抗的でね」

「まあ、アナイスが?」

「そう。なんだかピリピリしててさ。どうしてだろう?」

「私も、最近会っていなかったから…。でも今日会えるなら、嬉しいわ!」

「うん、ありがとう、マリィ」


キュッと手を握られた。まあ、ナトンたら。背だけではなく、手までずいぶん大きくなったのね。


「そう言えば、母上がマリィと刺繍をしたいって」

「えっ!夫人が?!」

「うん。いやかな?」

「とんでもないことよ、ナトン!エヴルー公爵夫人の刺繍は、お金を出してでも習いたい!って言う人が大勢いるのよ?!感激だわ…!」

「良かった。マリィは読書の次に、刺繍が好きだもんね」

「ええ!」


さすがはナトンですわ!私のツボを分かってくれている!現金な私は、もう嬉しくなって、公爵家到着が待ち遠しくなった。




公爵邸は、さすがに見事な佇まいだった。王都の家(タウンハウス)なのに、これほどの規模を誇るなんて。地位と経済力の高さを物語っていた。


ーーお父様が、縁を結びたがるはずよね。


幸いなことに、公爵も公爵夫人も、とても優しい人たちだった。ーーやっぱり、これ以上の良縁はないわよね。私は自分自身にそう言い聞かせる。


「ただいま戻りました。婚約者を連れてきましたよ」

「お、お邪魔します…」


久しぶりすぎて、緊張してしまう。昔はこの広い家で、かくれんぼとかしていたのに。


「お兄様、お帰りなさい…あっ!」

「ただいま、アナ。マリィを連れてきたよ」

「お久しぶりです、マリィお姉様」


ペコリと綺麗なお辞儀(カーテシー)をするアナイス。まあ!なんて可愛くなったのでしょう!


「お久しぶりです、アナイス。とても綺麗なお辞儀だわ」

「ふふ、ルシィお姉様より上手かしら?」

「ええ、ルシィよりも上手よ」


ううん、アナイスは相変わらず可愛くて、なにも問題がないように思えるけれど。ナトンとなにかあったのかしら?


「我が家にお姉様が来て下さった、と言うことは、私とご一緒して下さる、ということですよね?お兄様」

「え、いや、もちろん僕と…」

「お姉様を借りますわね、お兄様」


言うなりアナイスは、私の手を引っ張って2階に連れて行く。振り向くと、ナトンが呆然としていたが、苦笑いしながら、「アナ、失礼のないようにね」と兄らしい言葉をかけた。


部屋に入ると、アナイスはメイドにお茶の用意を命じて、人払いをする。ーーあら、真面目な話なのかしら…?


「マリィお姉様。この度はご婚約おめでとうございます」

「…ありがとう、アナイス。これからよろしくね」

「お礼に間がありましたね。お兄様との婚約は、不満ですか…?」

「まあ!不満なんてないわ!」


不満なんて、あるわけない。ナトンは身分も高く、見目も麗しい。万人に羨まれる婚約だわ。

ーーそれにしても、アナイスったら、ずいぶん大人びているのね。確かに、年齢はひとつしか変わらないけれど。ルシィよりも、はるかに大人だわ…。


「でも、お兄様のこと、好きではないのでしょう?」

「そんな、好きよ、もちろん」

「幼なじみとして、でしょ?」

「………」

「はあ。やっぱり。この婚約って、お兄様が強引に決めたのね。もう!」

「アナイス…」


そっか。アナイスがナトンにピリピリしていたのは、ーー私のことを思いやってのことだったのね。嬉しいわ…。


「マリィお姉様。お兄様は、ずっと昔から、マリィお姉様が好きなのです。それで、今回の暴挙に」

「ぼ、暴挙だなんて!」

「私としては、マリィお姉様が私のお姉様になってくれるのは、本当に嬉しいのです。お兄様のやったことは、女の敵ですけれど…」

「そ、そこまでは…」

「これを機に、お兄様のことを、少しずつ好きになって欲しいのです。もちろん、マリィお姉様に別の好きな方がいらっしゃれば、私はお姉様を応援しますけれど」

「アナイス…」


『別の好きな方』

ーーそう言われて、ふっと王子様がよぎってしまった。脈など、全然ないのに。たった一度お話しただけなのに。


そんな私を見て、何かを悟ったのか、アナイスは大きなため息をつく。


「…ルシィが、ナトンのことを好きなの」

「ルシィお姉様は、お兄様というより、騎士が好きなのよ。だから、今回の婚約については残念だな、と思っているくらいよ」

「……あ、アナイスってスゴいのね……」

「マリィお姉様」


ずい、と顔を近づけるアナイス。う、迫力負けする…。


「お兄様はね、ひいき目なしに、すっごくモテるんです。だから、マリィお姉様が婚約破棄しても、お兄様にはすぐに婚約者が出来ますわ」

「………え…?」

「なので、マリィお姉様には好きにしていただいて、大丈夫ですよ!お好きな方がいれば、お姉様はその方と縁を結べば良いのです」

「そんなこと…」

「出来ますわ。なので、ご遠慮なく」


キッパリハッキリ言うアナイスに、私は絶句した。

ーーナトンが、別の女性と…婚約?

そんな。そんなこと。


ーー嫌だわ……。


「……いえ、好きな方は居ませんわ。私、ナトンと婚約破棄しないわ、アナイス」

「本当?」

「ええ。もちろん」

「良かったぁ!」


駆け寄って、私に抱きつくアナイス。ふふ、可愛い。私もきゅっと抱きしめ返す。


「嬉しいわ、お姉様!どうぞよろしくね!」

「ええ。アナイス。私も可愛い妹が出来て、とっても嬉しいわ!」


私たちは顔を見合わせて笑い合う。ーー婚約って、家族が増えることなのね。なんだか嬉しくなってきたわ。


私は、私のズルさを断ち切れるかしら。なんだかアナイスにしてやられた気がしなくもないけれど。


ーー未練、というほどの想いではないわ。

きっと、そう。だって、ナトンが私以外の女性と婚約する、と言われた時の方が、胸が凍りつくようだったもの。


ルシィ…。いま、どうしているかしら…。



◇◇◇◇◇



マリィを見送って、応接室でアナイスはナトンと話し合う。


「どうだった?」

「まあ、脈がない、というわけではなかったわ」

「と、言うと?」

「お兄様には別の婚約者をあてがう、と言ったら、それは嫌だって」

「本当?やった!」

「お兄様……」


妹をだしに使わないでよね。情けない。


ーーそれにしても……。


マリィお姉様、意外にフラフラしてるのね。王子様の、どこが良いのだか。一度しか話したことないのに。まして、王子様はルシィお姉様にゾッコンだって。

マリィお姉様、多分第2王子があまりにも『王子様』らしいから、憧れたのでしょうね。そんな素敵な王子様が、ルシィお姉様を好きになったものだから、ショックで打ちのめされたのでしょうね。


ーーバカバカしい。


王子様への憧れはやめられない。でもお兄様も取られたくない、なんて、ずるいと思うわ。


悪いけど、お兄様。協力するのは、ここまでだからね。マリィお姉様は好きだけど、フラフラした気持ちなら、お兄様の婚約者にはなってほしくないな。


ーーお兄様には、世界で一番幸せになってもらいたいもの。

小姑(アナイス)はそう思った。



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