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嘘と真の恋のゆくえ  作者: 海老茶
5/10

5.婚約の裏側

僕はこの国の第2王子として誕生した。


すでに5歳年上の兄が王太子として冊立されていたから、比較的のんびりした立場のはずだった。


だが、この兄が割と好き勝手に行動するものだから、自然、周囲は僕に期待するようになった。


小さな頃から、出来ないことはない。家庭教師に教えられたことは、一度で理解した。さらに一度記憶したことは、忘れることがなかった。


だから僕は、周りに『神童』とか『完璧王子』とか呼ばれるようになった。


『兄上を補佐するために、優秀な王子になってね』


…それが、母の口癖だった。僕は毎日、それを呪詛のように聞いていた。


僕を慰めてくれたのは、外にいる生き物たちだった。犬でも馬でも、こちらが可愛がるほど懐いてくれた。決して僕に求めない。裏切らない。ーーすごく、安心できる存在だった。


でも、貴族は生き物なんか好きじゃなかった。どこかの公爵令嬢とか令息とかが、僕のそばにやって来ても、生き物にはまるで関心をもってくれなかった。むしろ『気持ち悪い』とか『怖くていやだ』とか嫌厭していた。


誰もが、僕にーーいや、『王子』にすりよる。僕の立場や見た目や能力にしか、関心がないんだ。

それはとても退屈なことだったし、ーーとても息が詰まることだった。


そして僕は、誰かに期待することをやめた。





僕が8歳の時、父上が大規模なお茶会を開いた。「王太子(カール)が婚約したのも、8歳だから」という理由である。

ーー婚約者を決める。……もう、寒気しかしなかった。


僕はもうウンザリして逃げ出した。



逃げ出した別庭で散策していると、美しい白蛇を見つけた。


「……人に見つかったら、殺されてしまうよ……」


ひとりぼっちの、哀れな白蛇。まるで僕のようだ。思わず白蛇を抱きあげる。そのまま僕は立ち尽くしてしまった。


「うわあ!すごくきれいな蛇さんだね!」

「……え?」


どうやら相当呆然としていたようだ。突如現れた女の子に、僕はビックリして肩を上げてしまう。女の子は、僕を全く見ずに、蛇を愛おしそうに見つめて言った。


「ふふ、今日は暖かいから、冬眠から覚めたのかな?」


え?この子、蛇を見て笑ってる!


「………怖く、ないの?」

「え?何で?ぜんぜん怖くないよ。しかも、この蛇さん、とっても美人さんだし」

「ははっ、美人さんだなんて」


言い方が、すっごく可愛い!ーー僕の胸がすごい勢いでドキドキし始める。

君もとっても美人さんだよ。なのに、蛇が好きなの?


君も(・・)、蛇さんが好きなの?」

「うん。ご令嬢も?」

「もちろん!みんな、キラキラ生きていて、可愛いよね」

「だよね」


私たちは顔を見合わせて笑った。嬉しい、嬉しい!同じ気持ちの子と話すのって、こんなにも楽しいんだ!


「君は、不思議な人だね。普通、ご令嬢は蛇を嫌うよ」

「ええ?そうなの?あー、でも私の姉は、確かに好きじゃないかも…」

「蛇に限らず、蛙やミミズや虫なんて、みんな嫌いだよ」

「そっかあ。ミミズはいい土を作ってくれるのになぁ…」

「あははっ!」


なにこの子もう最高!顔も言い方も表現も、どれをとっても最高に可愛い!


ーー絶対に、逃がさない……!


「ご令嬢のお名前を、教えてくれる?」

「私は、ルシィだよ」

「とても可愛い名前だね、ルシィ」

「君は?」

「僕は…マリユスだよ」

「マリユスも、お茶会に来たの?」

「……うん、そんなところ」


嘘は言ってない。本当のことを言ってないだけだ。ーー詭弁だと分かっていても、もう少しこの子と素のままで、居たい。


「そろそろ戻らないと、怒られちゃうね」

「そうだね。一緒に戻っても?」

「良いよ。こっそり戻ろうね」


『こっそり戻ろうね』だって!可愛くて悶え死ぬ!ああ、この子、持ち帰れないかなぁ…。毎日愛でたい。愛らしい声を聞きたい。ずっと一緒に居たい!

ーー愛しい、ルシィ……


お茶会の会場に戻ると、バタバタと大人たちが近づいてくる。僕は、ルシィの手を握りしめて離さない。周囲に彼女が僕の(・・・・・)お相手だ(・・・・)ということを、見せつけるために。

マリユス、悪いけど手を離して、と小声でルシィが言っている。ゴメンね、それは駄目だよ。だって、ルシィの手はこんなにも気持ち良いんだ。


「殿下!」

「心配しました。どちらにいらしたのです?」

「すまない。このご令嬢と話し込んでいたんだ」


ーー僕がお話ししたのは、彼女だけだよ。皆、彼女は僕の相手だ。絶対に手を出さないでね。


「え?マリユスって、王子様なの?」

「うん。よろしくね、ルシィ」


皆がうっとりするような華麗な笑顔で、僕はルシィに答える。ーーでも、このご令嬢には、効かなかったみたい。そういうところも、すごく良い!


「殿下、私の娘が失礼を…」


おや、アルトワ侯爵のご令嬢だったか。ますます好都合。ルシィを婚約者にすることに、障害は全くない。天は僕に味方している。


「いえ、アルトワ侯。とても素敵なご令嬢ですよ」

「殿下、私にはもう一人娘がおりまして。その、山猿(ルシィ)を解放してもらえますかな?」

「もう一人?」

「は、初めまして、殿下」


わお。ルシィにそっくりだ。ーーでも、彼女は普通の侯爵令嬢だね。まとも過ぎる(・・・・・・)


「すごい。見た目はそっくりだね、ルシィ」

「うん、双子だもの…っていたあっ!」


……ちょっと、侯爵。僕のルシィを殴らないでもらえるかな?


「殿下にそんな口をきくんじゃない!早くこちらへ来ないか!」

「良いんだ、侯。ルシィは、自然なままで魅力的だから」

「え?殿下、マリィの方が可愛いよ…っていたたた!」 


あ、とうとう連れて行かれてしまった…。ルシィ、僕の右手が寒いよ。……寂しいよ…。


ルシィの双子の姉が、僕の隣に来る。うん、お淑やかでお利口さんだね。ーー周りのご令嬢と、判で押したように同じだ。


ルシィ、君だけが僕の感情を揺さぶる。ルシィ、君だけが素のままの僕で居られる場所なんだ。


「絶対に手に入れる…」


そのために、僕はまず父上の元へ向かった。




◇◇◇◇◇



コンコン、と控えめなノックが聞こえた。


「どうぞ」

「失礼します…」


遠慮がちに入ってきたのは、ナトンだ。エヴルー公とは、親戚筋である。だから、このナトンとも、幼少の頃から知っていた。


「お呼びと聞きました」

「うん。相談があってね」


ニッコリ笑って、ナトンをソファに座らせた。ナトンは緊張しているみたいだ。


「私は、アルトワ侯爵家(・・・・・・・)に婚約を申し入れしようと思う」

「……何ですって…!?」


ナトンは立ち上がって動揺する。ーーやはり、彼は双子の姉が、好きなのだ。


「殿下、どちらですか…?」

「どちら、とは?」

「もちろん、あの双子です。ご返答によっては、決闘も辞さない覚悟です」

「落ち着きたまえよ、ナトン」


決闘、か。ナトンはそれほどあのご令嬢が好きなのだね。ーー良かった。ルシィではなくて、本当に良かった…。


「欲しい人は、早めに申し入れた方が良いよ、ナトン。横から攫われる前に、ね」

「………!」


失礼する!とナトンは慌てて部屋を出ていった。ーーよろしい。双子の姉は、君に任せるよ。


アルトワ侯爵は、僕に双子の姉をあてがいたいようだった。ーー僕が欲しいのは、ルシィただ一人なのに。

ルシィ。君を想うだけで、僕はこんなにも君が恋しくなる。君に会いたくなる。


君は、まだ僕を好きになっていなくても。必ず、僕を好きにさせてみせる。


愛も恋も、僕には全てルシィだけだ。



◇◇◇◇◇



その日は、雲一つない快晴だった。うん、幸先が良いな。

ルシィを婚約者にすること。それは、父上にすぐに了承してもらった。併せて婚約の申し入れもお願いする。

そして、ようやくルシィに直接申し入れする日がやってきた。

ーーやっと、会える!

僕はルシィに会える喜びから、上機嫌だった。



アルトワ侯爵は、屋敷の外で僕を待っていた。


「こんにちは、侯爵。本日はよろしくお願いします」

「ようこそ、殿下。お招きできて、これほど嬉しいことはございません。さあ、どうぞ中へ」

「ありがとうございます」


さすがに侯爵邸は広く、美しい屋敷であった。並んだ家人たちが、一斉にこちらに礼をとる。侯爵は、家人を良く統率しているようだ。

案内された部屋で、ルシィを待つ。ああ、一秒が千日のように感じる。僕の胸が張り裂けそうだ!


「失礼します」


あっ、ルシィ!ああ、会いたかったよ!今日もなんて可愛いんだ!……ん?なんで姉も居るんだい?

隣でアルトワ侯がウダウダ言っているから、さっさと今日の目的を告げる。


「私の婚約者になって欲しいんだ、ルシィ」

「良かったわね、ルシィ(・・・)


……ルシィはマリィ(・・・)の肩を叩いて、そう言った。くすっ。小賢しい真似を。


「何の冗談かな?ルシィ。私が婚約したいのは、君だよ」


うわ、速攻バレた!って顔してるね。ふふ、僕が君を間違うわけがないじゃない。僕の愛は、そんな軽いものじゃないよ?


「まあ、殿下。私はマリィでございますわ」

「ルシィ。君たちは、よく身替わりごっこをしているんだってね。……君を好きになった私が、間違えると思う?」

「げげ!」

「ああ、ルシィ。会いたかった…!」


僕は思わずルシィの手にキスをする。白い、陶器のように美しい手だ。ああ!たまらないっ!


「……何で分かったの?私たちに身体的な違いなんて、無いのに」

「ふふ、そう思っているのは、きっとルシィだけだよ。何より、この瞳の輝き方が違う」


可愛い僕のルシィ。良いよ、教えてあげる。


「夜空の星のように輝いて、紺碧の海のように美しい瞳だ」

「誉めすぎだよ、マリユスーーじゃなくて殿下」


誉めすぎ?ううん、ルシィは自分の魅力を分かっていないね。僕は君の頰に触れるだけで、こんなにも悶えてしまうのに!


ーー僕の愛するルシィ…


「ルシィ・ド・アルトワ嬢に、私、マリユス・アルノー・デュ・ヴァロワが、婚約を申し込みます。ーー受けてくれるね」

「うっっ」


ーー僕は卑怯だ。君が断れないと知っていて、婚約を申し込んでいる。でも、僕はもうルシィじゃなきゃ駄目なんだ。僕の琴線に触れるのは、ルシィだけ…。


「お受けします、殿下」

「っ!ありがとう、ルシィ!大切にするよ!」


嬉しさのあまり、ルシィを抱きしめた。

ーーナニコレ!この柔らかい生物は一体なに?!

ねぇ、侯爵。もうルシィを持ち帰っても良いかな?婚約したし、結婚するし。もう離れがたいよ…!


え?駄目?……残念……。



そのあと、二人で庭を散策する。もう婚約者だもんね。手をつないでも良いよね?

ルシィは素直に手を引かれながら、一緒に歩く。可愛いなぁ、もう!


おまけに、マリィの方が可愛いとか、マリィの方がお妃様に相応しいとか、僕をどうしたいの?こんな…純粋培養で、天衣無縫な可愛い子、油断したらすぐ別の男に取られてしまう!


あと10年、待つよ。それまでに、僕を好きにさせてみせるから。だから…


「卒業したら、結婚しようね。ああ、もう待ち遠しいな!」


本当は、今すぐ結婚したいけど、それはまだ法的に無理だから。いまは約束だけで我慢するよ。

愛しい人、ぜーったいに、離さないからね…!



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