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嘘と真の恋のゆくえ  作者: 海老茶
3/10

3.王子様の婚約者

その日は朝から大騒ぎだった。お父様はもとより、お母様も珍しくあわてていた。家人は右へ左へひんぱんに移動するし、厨房ではしかつめらしい顔をした料理人がうなり声を上げている。


「どうしたのかしら…?」

「何があったか、知ってる?マリィ」


マリィは静かに首を振った。マリィに分からないなら、私にはさっぱりだ。もう考えるのをやめた。きっとマリィかお兄様のことだ。


「マリィ、ルシィ、おはよう」

「おはよう、お兄様」


気だるそうにお兄様が部屋から出て来た。あわただしく走り回っている皆の姿を見て、お兄様が目を見張って驚く。


「いったい何の騒ぎ?ルシィ」

「知らないわ」

「いやいや、お前が何かやらかしたんだろう?」

「ええ!ひどい、お兄様!」


と私も怒ってみたが、もしかしたら私がやらかしたのかも…。心あたりがなくもない。先日は、お母様のお気に入りだった花瓶を、割ってしまったし、この前はお父様のよく使う羽ペンの先を、折ってしまったし…。


「…ちょっと、私、体調が悪いので、部屋に…」

「マリィ、ルシィ!」

「ひええ」

「はい、お父様」

「二人とも、応接室に来なさい」

「………?」


私とマリィは、顔を見合わせた。え、二人?とりあえず、お説教ではないの?ーー私はいくぶん胸をなで下ろした。


階段を降り、応接室に入る。すると、お父様もお母様も、神妙な面持ちでソファに座っていた。私たちの後ろから、ついでと言わんばかりに、お兄様も入ってくる。


「実は、だな。先日、王家から我が家に訪問したい、と申し入れがあってな…」

「はい」

「これから、第2王子が来るから、二人とも支度をしなさい」

「えっ!」

「えー…」


驚いたのはマリィで、気のない返事をしたのは、私だ。第2王子が来るからって、着飾る必要ってあるの?

それに、王家がらみなら、きっと私には関わりがないだろう。


「お父様、私には関係ありませんよね?部屋に戻ってもいいですか?」

「駄目だ、ルシィ。いやもう、本っ当に胃が痛いことなのだが…いや、早合点は良くない。とにかく、二人とも支度をするのだ!」

「はい…」


私たちは急いで部屋に戻る。すると、メイドがすでに待ち構えていて、強制的に着替えさせらせた。なぜに?


「ねえ、マリィ。第2王子様が何の用だろうね?」

「……そうね…」

「お、怒られたり、しないよね」

「……そうね…」


ダメだ。マリィ、上の空だ。私たち二人に用事があるのかな?うーん、全然分からない!


着替え終わっても、マリィは鏡の前でチェックをしている。私は退屈なので、入れてもらった紅茶をのんびりと飲んでいた。

すると、階下がざわめく。どうやら第2王子様が到着したみたい。

お父様が、大きな声で私たちを呼ぶ。


「失礼いたします」


一礼して、私たちは応接室に入る。そこには、私たちを見て嬉しそうな笑顔をする、第2王子様(マリユス)がいた。


「二人とも、座りなさい」

「はい」

「うむ、なんだな。その…マリユス殿下が本日いらっしゃったのはだな…」

「私の婚約者になって欲しいんだ」


ニッコリと、それは良い笑顔で王子様は言った。婚約者?ナニソレオイシイノ?

ーーあっ!そっか、マリィを婚約者に、ってことか!良かったな~マリィ。


「ルシィ」


げ!?いま、この人、ルシィって言った!?

あー、だからお父様は、青い顔してるんだ。なるほど…。

あ、ひらめいた!


「良かったわね、ルシィ(・・・)


私はマリィ(・・・)の肩を叩いて、そう言った。うん、王子様のことは、マリィに任せちゃおう。


「あ、あの、私…」

「何の冗談かな?ルシィ。私が婚約したいのは、君だよ」


と言って、王子様は私の手を握りしめて言う。うわ、速攻バレた!


「まあ、殿下。私はマリィでございますわ」

「ルシィ。君たちは、よく取り替えごっこをしているんだってね。……君を好きになった私が、間違えると思う?」

「げげ!」

「ああ、ルシィ。会いたかった…!」


そう言って、王子様は私の右手にキスをする。キャー!やめてー!マリィが悲しそうに見つめてるよぅ…。


「……何で分かったの?私たちに身体的な違いなんて、無いのに」

「ふふ、そう思っているのは、きっとルシィだけだよ。何より、この瞳の輝き方が違う」


王子様の手が、するりと私の頰に伸びる。


「夜空の星のように輝いて、紺碧の海のように美しい瞳だ」

「誉めすぎだよ、マリユスーーじゃなくて殿下」


敬語も敬称も使わない私に、お父様がスゴい目でにらむ。ーー怖いよう!


「良いんだ、ルシィ。君には名前で呼ばれたい」

「すみません。お父様が怖いので呼べません」

「侯にはよく言っておくから。ーー私に距離を置かないで、ルシィ」


スッと王子様はソファから離れ、私の前で膝立ちする。ーーあ、これ、マズいヤツだ。


「ルシィ・ド・アルトワ嬢に、私、マリユス・アルノー・デュ・ヴァロワが、婚約を申し込みます。ーー受けてくれるね」

「うっっ」


げげげ、どうすれば良いのかな。本音を言えば、婚約したくない。王子様を好きなのはマリィの方だし。私が…ほんのちょっと想っている人は…別にいるし。


でも、お父様が鬼の形相でにらんでる。『お受けします』と言え!と音声なく叫んでる。


仕方ない。きっと私のことなんてすぐに飽きるだろう。そうよ、これは一時的なものだわ!


「お受けします、殿下」

「っ!ありがとう、ルシィ!大切にするよ!」


王子様はとても喜んで、私をギュッと抱きしめる。いかん、良い匂いがするな、この王子様。


「ーーっ!…失礼しますっ…」


あ、泣きそうな顔で、マリィが出て行った。あれはきっと泣いてる。そんなに王子様が好きだったんだ…。ゴメンね、マリィ。これは、一過性のものだから。王子様は、私みたいな女の子が珍しくて、言い寄ってるだけだから。すぐに飽きるだろうから!


「いや、マリユス殿下。至らない、至らない、本当に至らない娘ですが、どうぞよろしくお願い致します」


……父よ、なぜ三回も『至らない』と言った…?


「こちらこそ、アルトワ侯爵。どうぞよろしくお願い致します」


頭を下げ合う二人。もう、私は売りに出された子牛なのだ…。


「少しルシィと話がしたい。庭に出ても?」

「もちろんです、殿下。どうぞどうぞ!」

「ありがとうございます。では、行こうか、ルシィ」

「……はい……」


売りに出された子牛は、手を握られて仲良く散歩に行くのだった。





季節はまだ春先。我が家の庭が、花でいっぱいになるのは、もう少し先のこと。

それでも、寒椿がまだきれいに咲いている。葉っぱも美しい緑だし、土もキチンと手入れされている。


「良い庭だね」

「ありがとうございます…」

「土も、とても良く手入れされているね」

「うん!庭師が、腐葉土を作るのが、とても上手なんだ」

「蛇は出る?」

「今年は、まだ見てないよ。この前の白蛇さんは、本当に美人さんだったね~」

「はは、確かに」


私とマリユスは、庭を散策しながら話す。マリユスは、とても会話が上手い。つい乗せられてしまった。


「…ごめんなさい。私、また敬語を忘れてしまいました…」

「え?ルシィ、()と二人の時は、敬語なんて使わないで。呼び名も、名前で呼んで」

「いえ、そういうわけには…」

「……僕のこと、誰も名前で呼ぶ友達なんて、いないんだ。ルシィ、お願いだから、名前で呼んで?」


あ、そっか。身分の高い人だから、皆から敬語を使われるのか。お父様だって、すっごく丁寧にお話ししているものね。ーーそれって、きっと寂しいよね…。


「…良いの?」

「もちろん!僕が僕でいられる場所になってよ、ルシィ」

「うん。じゃあ、遠慮なく」

「ふふ、それでこそ、僕のルシィだね」


え?『貴方の』ルシィではありませんが?ーーでも、成り行きとは言え婚約を受けちゃったから、『王子様の』ルシィになるのかな…?


「マリユスは、なんで婚約を申し込んだの?私は、すっごく雑だし、ガサツだし、およそ女の子らしくないよ?」

「そんなことないよ。ルシィはとってもとっても素敵なレディだよ。少なくても、僕にとっては、最高に可愛い女の子だよ」

「……マリユスは、変わっているね。普通、男の子はマリィみたいに、お淑やかな女の子が好きだよ」

「はは。何だか初めて会ったときの会話みたいだね」


初めて会ったときの会話?ああ…。マリユスが蛇に興奮する私を見て、「君は不思議な人だね」って言ったことか。


「変わっている者同士なら、お似合いだよ、僕たち」

「そうかなぁ。だって、マリユスは王子様だよ?もっとお妃様っぽい人を選んだ方がいいよ」

「ぷっ。ねぇルシィ。『お妃様っぽい人』って、どんな人?」

「うーん、頭が良くて、優しくて、お淑やかな人。マリィみたいな」

「…君は、何でもマリィを誉めるんだね…。僕がルシィを好きなことが、信じられない…?」


マリユスの声のトーンが低くなる。怒らせちゃったの?でも、私、なんかヘンなこと言ったかな?全部、本当のことなんだけど。


「うん、信じられないよ」

「正直だね、本当。そんなところも魅力的だけど。それなら、ゆっくり、じーっくり僕の気持ちを信じさせようかな」

「ええ…?」

「結婚するには、まだ長い月日があるしね。そうだな、婚約期間は10年にしようか。丁度僕たちが、王立学校(がくえん)を卒業するから」

「王立学校…」

「うん。卒業したら、結婚しようね。ああ、もう待ち遠しいな!」


頰を染めて、本当に嬉しそうにマリユスは将来を語る。この縁談、元々断れないけれど、10年もあれば、きっと私よりいい人が見つかるよね!

そして、願わくばそれがマリィならいいな、と私は本気で思っている。



ーーという私の考えがやはり甘かったことを、将来知ることになる。


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