1.お菓子に釣られてお茶会へ
冬の寒い早朝、大きな声が2回上がった。
声が上がる度、大きな御屋敷でバタバタと走り回る音も高くなる。誰もが赤い顔をして、この家の慶事を言祝いだ。
珠のように美しい女の赤子がーー二人。
「こんな可愛い赤ちゃんが二人も。お得な気分ね」と双子の母が喜ぶ。「そうだね、私たちはなんて幸せ者だろう」と涙ぐむ双子の父。「……そっくり」とキョロキョロ目を動かす双子の兄。
こうして、侯爵家の家族は二人増えた。
双子は家族に愛されてスクスク育ち、見目は愛らしく、鏡のように瓜二つであった。
だから時々、入れ替わって周囲を驚かせた。ーーと言っても、騙されるのは家族以外の一部の家人だけであるが。
さて、そんな双子も8歳になり、王宮のお茶会に招待された。双子はあまり乗り気ではなかったが、父親に強制的に参加させられる。馬車に揺られ、王宮にたどり着き、双子は大きな息をはいた。
ーー運命の歯車が回り始めた瞬間であった。
◇◇◇◇◇
お茶会には、大勢人がいた。可愛い女の子だけじゃなくて、男の子もいっぱいいる。ーー今日って、いったい何の集まりなんだろう?
「いっぱいいるね、ルシィ」
「私たちは来なくても、大丈夫だったんじゃない?マリィ」
私はマリィにそう話しかけた。マリィは首を振って、「お父様の頼みだもの」と言った。お父様からの頼み?マリィは、ここに頼まれて来たの?ーー私とは、全然違うなぁ。
「それじゃ、お菓子をいっぱい食べて帰ろっと」
「ルシィったら。今日は何しにここに来たか、知らないの?」
「え?お菓子を食べに来たんじゃないの?」
私はお父様に、「美味しいお菓子がいっぱいあるよ、たくさん食べられるから、行ってごらん?」って言われたから、ここに来ただけなのに。マリィはお父様になにを頼まれて、ここに来たのかな?
「王子様が、来るんですって」
「王子様?」
「そう。この国の第2王子様。私たちと同じ年なのよ」
「へえ。物知りだね、マリィは」
「ルシィったら…」
マリィは呆れたように…いや、これは実際呆れたんだろうな。すっごく大きなため息をついた。そっか。マリィは本が好きだから。よく王子様が出てくるような本を読んで、憧れているんだろうな。
「…私は王子様と、お話ししてみたいな…」
「マリィは可愛いから、きっとお話し出来るよ」
「ふふ、ルシィったら。私たち、そっくりじゃない」
「でも、私はマリィみたいに本とかよく分からないから、お話ししたくないなぁ」
「このお茶会で、そんなこと言ってるのって、きっとルシィだけだと思うわ」
確かに、周りの女の子たちは、みんなすっごく可愛い。王子様って良いな。可愛い子ばっかりお友達になれるんだもの。私だって、お友達が欲しいな。
綺麗に座って、王子様の到着を待つマリィ。誰か一緒に遊ばないかなぁ?と見渡しても、みんなマリィみたいにピッとして座ってる。
食べることにも飽きた私は、こそっとお茶会の場所から離れた。
お茶会が開かれている庭を離れると、薔薇が咲き誇る別庭にたどり着く。
「ふわあ!すっごくきれい」
人の手はさほど入らず、自然の美しさを保つ薔薇園だった。王宮にも、こんな野生的な場所があるんだ~と私は嬉しくなった。
薔薇も素敵だけれど、葉っぱの色もきれい。でも何より良いのは、この土!
「ふかふかの土だぁ…。すごぉい…!」
私は、家の中で本を読むより、外で走り回る方が好きだ。こういう、自然の中にいることが好きなのだ。マリィは逆。本を読むのが何より好きだ。双子なのに、どうしてこんなに違うんだろう?
「あっ」
薔薇園をゆっくり歩いていると、男の子がいた。手には、きれいな白い蛇を持っている。
「うわあ!すごくきれいな蛇さんだね!」
「………え?」
私は思わず男の子に近寄った。男の子の肩がピクッと上がる。私はお構いなしに、男の子の手の中の蛇を目をこらして見つめた。ううん、間近で見ると、うろこがピカピカしていて、なんて美しいのだろう!
「ふふ、今日は暖かいから、冬眠から覚めたのかな?」
「………怖く、ないの?」
「え?何で?ぜんぜん怖くないよ。しかも、この蛇さん、とっても美人さんだし」
「ははっ、美人さんだなんて」
すごく楽しそうに、男の子が笑った。何だかとっても嬉しそうだな。
「君も、蛇さんが好きなの?」
「うん。ご令嬢も?」
「もちろん!みんな、キラキラ生きていて、可愛いよね」
「だよね」
私たちは顔を見合わせて笑った。生き物好きの子に会えるなんて、嬉しい!ーーお友達になれるかな…?
「さあ、人のいないところにお逃げ」と男の子は蛇を放した。ちょっと残念。白蛇さん、本当にきれいだった…。
残念そうに蛇を見ていると、男の子から声をかけられた。
「君は、不思議な人だね。普通、ご令嬢は蛇を嫌うよ」
「ええ?そうなの?あー、でも私の姉は、確かに好きじゃないかも…」
「蛇に限らず、蛙やミミズや虫なんて、みんな嫌いだよ」
「そっかあ。ミミズはいい土を作ってくれるのになぁ…」
「あははっ!」
男の子は、急に大きな声で笑った。あれ、私、変なこと言ったのかな。またお父様に怒られちゃう。
「ごめんね、私、変なこと言っちゃったのかな」
「ううん。嬉しくて笑ったんだ。ごめんよ」
男の子は、私の手をキュッと握ってあやまる。ほっ、良かった。またお父様に怒られるところだった。ーーって、お茶会を抜け出たことがバレたら、やっぱり怒られちゃうか。
「ご令嬢のお名前を、教えてくれる?」
「私は、ルシィだよ」
「とても可愛い名前だね、ルシィ」
「君は?」
「僕は…マリユスだよ」
「マリユスも、お茶会に来たの?」
「……うん、そんなところ」
今日のお茶会には、可愛い女の子だけじゃなく、男の子もいた。きっと招待された子なんだろう。私と一緒だ。
「そろそろ戻らないと、怒られちゃうね」
「そうだね。一緒に戻っても?」
「良いよ。こっそり戻ろうね」
私がそう言うと、男の子はニッコリと、それはそれは華麗にほほえんだ。あれ?よく見ると、この男の子も、すごくきれいだな。今日のお茶会は、とにかく美形ばっかりだ。
いつの間にか、男の子は私の手を引いて、ズンズン歩いていく。気が付くと、お茶会の庭はすぐ目の前だ。私はあわてて男の子の手を引く。
「マリユス、こっそりだよ」
「ふふ、可愛いルシィ。僕に任せて」
「ええ……?」
そんなやりとりしてる間に、会場に到着してしまった。あ、お父様がこちらをみて震えている。これは、帰ったら説教コースだ。ーーしかも、長時間の。
マリユス、悪いけど手を離して、と小声で言うと、かき消されるような大きな声が上がった。
「殿下!」
「心配しました。どちらにいらしたのです?」
「すまない。このご令嬢と話し込んでいたんだ」
大人たちが、マリユスに駆け寄る。ーーん?いまなんて言った?ーー『殿下』ですと!?
「え?マリユスって、王子様なの?」
「うん。よろしくね、ルシィ」
またしても華麗にほほえんで、私の手をキュッと握り直す。ーーいやあの、その手を離してください、王子様…。
その王子様に、お父様が駆け寄った。違うよ?私から手を握ったんじゃないよ?王子様が離してくれないだけだよ?
ーーという私の切実な訴えは、きれいに無視された。
「殿下、私の娘が失礼を…」
「いえ、アルトワ侯。とても素敵なご令嬢ですよ」
「殿下、私にはもう一人娘がおりまして。その、山猿を解放してもらえますかな?」
「もう一人?」
「は、初めまして、殿下」
マリィが姿勢正しいお辞儀をする。ううん、いつ見ても上手だなぁ。家庭教師に絶賛されるだけあるわ。
ーーところで、お父様。いま、私のこと、山猿とか言ってませんでした?
「すごい。見た目はそっくりだね、ルシィ」
「うん、双子だもの…っていたあっ!」
お父様に殴られた。なぜに。
「殿下にそんな口をきくんじゃない!早くこちらへ来ないか!」
「良いんだ、侯。ルシィは、自然なままで魅力的だから」
「え?殿下、マリィの方が可愛いよ…っていたたた!」
今度は耳を引っ張られ、無理やりお父様に離された。代わりに、王子様の隣にはマリィが収まる。
「ルシィや。あれが正しい位置だ」
「確かに。マリィは王子様に憧れていたしね」
「……うん、ルシィはこれで良いな、確かに」
「?」
何だか、ものすごくバカにされた気がする。
結局、私はそのままお父様に連れられて、お茶会から退出することになった。
その夜、マリィは寝る前に、今日のお茶会の感想を話していた。
「王子様、すごく素敵だったね、ルシィ」
「うん?」
「ルシィったら、ズルイわ。王子様と一緒にいただなんて」
「だって、王子様だなんて、知らなかったんだもの」
「ええ?!王子様の顔を知らなかったの?」
ルシィ、それでも貴族なの?王族を知るのは、私たち貴族の義務よ?!と怒られた。そういえば、家庭教師がそんなこと言っていたかも。興味なくて、すぐ忘れちゃったけど。
「ルシィがお父様に連れて行かれたあと、私も王子様とお話ししたのよ。王子様は、読書が好きで、すごく話が合ったのよ…!」
興奮気味に話すマリィが可愛い。よほど嬉しかったんだろうな。
「そっか、良かったね、マリィ」
「また会いたいなぁ」
「私はもういいや。次のお茶会は、欠席で」
もう、ルシィったら!とたしなめられた。私の目的は、美味しいお菓子と、友達作りだったのにな。
ーーせっかくお友達になったと思った男の子は、なんと王子様だった。残念。
でも、まあいいや。王子様に会うことはもうないのだから、一目見たことを、今日のお土産にしようっと。
ーーという私の考えが甘かったことを、後日知ることになる。