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第33話 顕現せし魔王2


「……一緒に来て、良かった」

 誰にも聞こえない声で、カタリナが呟く。


 一方、弱点が露見したガルラ・ヴァーナは怒りに震えていた。

 十年か二十年程度しか生きていない人間どもが、数千年にも渡るエルフの血脈、その叡智の結晶たる自分に傷をつけたのだ。


 魔王として生きていた生前の記憶がよみがえる。

 あの時も自分を葬ったのは人間だ。自分たち魔物の苦悩も知らず、数で栄えるしか能のない種族。

 せめてその魂をむさぼって魔の頂点への足掛かりにしようと思っていたのに、小賢しい手で足元をすくわれた。


「貴様らに……貴様らなどに我が野望の邪魔をされて溜まるかぁっ!」


 両腕を交差し、勢いをつけてアイザックへと振り落とす。

 高出力のアンチヒールを以て一撃で生命を枯渇させるつもりだった。

 だが――


「ブレッシング!」


 ヘレナの唱えた魔法が、寸前でアイザックの全身を覆う。

 その魔法はアンチヒールの力で即座に剥がされるが、ガルラ・ヴァーナもまた相殺される形で攻撃を不発にされた。


「なっ……なんだと!?」

「やはり、防御に関しては回復魔法よりもこちらのほうが効率が良さそうですね」


 ヘレナは不適に笑いかける。

 アイザックは直撃を喰らったはずの自分の身体をさすり、彼女に問いかける。


「ヘレナ、その魔法は――」

「ええ。免罪珠にも利用されていた"死者をアンデッド化から守る魔法"です。これは純粋な守護の力。戦闘での転用は想定されていませんでしたが、一撃ぐらいならあの攻撃を無効化できます」


 話しながらも、目ざとくブレッシングを全員にかけなおした。

 必殺の一撃を制され、流石のガルラ・ヴァーナにも焦りの色が浮かぶ。


「きっ貴様……小賢しい手を使いおって」

「小賢しい? 貴方は自分の技を防いだこの魔法を、その程度にしか認識できないのですね」

「何っ……!」


「貴方がここに縛られていた数年間、私たち人間が何をしていたか考えたことがありますか? 精々自分の呼び出したアンデッドに翻弄されているだろうとしか思っていなかったでしょう。ですが人間とはそのような矮小な存在ではありません。敵の脅威に怯えながらも戦いを止めず、多くの悲しみを背負いながらも栄光へと手を伸ばす。そのような不屈の意思が術の研鑽を進め、アンデッドを凌いできた」


「……っ!」

「――そうだ。その結果として、俺たちがここにいる」


 アイザックが前に出て、ヘレナの言葉を引き継ぐ。


「魔王ガルラ・ヴァーナ、お前の目の前にいるのはただの弱小種族の小勢じゃない。お前を滅ぼす者だ。かつて自分が、その侮りのせいで殺されたことを忘れたか? ……この戦いで人類はアンデッドから安息の日々を取り戻す。お前は再びあの世へと戻るんだ」


 アイザックは強い意思を込めて相手を睨みつける。

 ガルラ・ヴァーナはその瞳を見て、にわかにはっとした表情になる。

 あるいはいつかの面影を見つけたのかもしれない。自らを死に追いやった、勇者と呼ばれる者の目を。


「……なるほど。弱者と言えど、牙と爪さえあれば狩りはできるか。確かにこの感情は、貴様らとの戦いには足枷となるようだな」


 そう言うと、ガルラ・ヴァーナの姿に異変が起こる。

 無数の顔の幾つかが、突如として爛れて形を失っていく。一瞬苦悶の表情を浮かべていたようにも見えたが、すぐ蒸発するように消えて後には何も残らない。

 失われた顔の部分を周囲の顔瘤が埋めるように肥大して、すぐに元の姿と変わらない状態になった。


 だが、明らかな違和感だけは残る。

 ガルラ・ヴァーナを構成する顔たちから、一斉に表情が失われたのだ。

 先ほどまでは戦いの最中ということもあり、もっと気迫のようなものが感じられた。しかし変化を終えた際にはその威圧感は失われ、ただ仮面のような無機質さが感じられる。


「――これで良かろう」

「一体何をしたっていうの?」


 カタリナが怪訝そうに言う。

 アイザックだけはその変化の意味が分かった。

 ガルラ・ヴァーナはそもそも個にして群。無数のエルフが魂を融合させた精神複合体である。


 ゆえに構成要素である精神の幾つかを切り捨てれば、人格そのものを変質させることも可能なのではないか。

 短気な者、差別主義な者、戦いに狂う者、元はそうだった魂たちを分離させ、より冷静で合理的な人格へと自らを再構成したのだ。


「さて――確かに人間も群れるだけが能ではないようだ。術の研鑽、不屈の意思、実に結構なことだ」

「……何が言いたいのですか?」

「簡単なことだ。こちらもまた、ただ座して時を過ごしたわけではない」


 そう言って、両腕を頭上にもたげる。そのまま腕同士を交差させ、ねじるようにして一本の太い触腕を形作る。

 一体何をする気なのか。二人がそう眉をひそめる中、アイザックだけが地面に淡く魔法陣が浮かび上がっていることに気付いた。


「――全員下がれっ!」


 叫びと同時に、魔法陣へと触腕が突き刺さる。

 その時感じたのは、おびただしいほどの魔力の波動。アンチヒールの黒い光が、魔法陣を介して周囲に拡散していた。


「この感じ、最初の転送された時の……!」


 カタリナが魔力の波に揉まれながらそう呟く。

 そうだ。もっと注意していおくべきだった。

 この場所はいわばガルラ・ヴァーナにとっての城塞。おそらく今のように自分の魔法を拡張するための術が、四方八方に仕込まれているのだ。


 この魔力の中でブレッシングが保ったのは数秒。しかし魔法陣で強化された黒光は怒涛のように広がり続け、三人の生命力をみるみる削り取っていく。

 このままではまずい。

 アイザックは辛うじて意識を保っている間に、ガルラ・ヴァーナに向けて魔法を放つ。


「『リジェネートジェイル・トリプルロック』!」


 回復魔法を組み込んだ、三重の封印魔法。いつかトロールゾンビに使った魔法の強化版だ。

 アンチヒールと相反する魔力が、一時的にガルラ・ヴァーナと魔法陣を切り離す。


「小癪な……」

「おい二人とも! 起き上がれるか!」


 アイザックが呼びかけに応じ、ヘレナとカタリナは立ち上がろうとする。

 しかしまだ魔法の影響が抜けていないのか、足に力が入っていない。

 リジェネートジェイルも、長くは魔王を留めておけないだろう。アイザックは体勢を立て直すことを諦め、二人を両脇に抱えた。

 ガルラ・ヴァーナが封印魔法を破っても、ルカの身体に縛られている以上こちらへ追いかけてくることはできない。


 一番最初にヘレナにかけてもらった身体強化魔法を頼りに、アイザックは全力疾走で戦線を離脱した。

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