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第17話 坑道の戦い2


「――どうやら俺より早く、カタリナが察知していたようだったからな。折角だしあいつも自分の力を試したいだろうと思ったのさ」


「……? 一体何を言っているんですか」


 ヘレナは訳も分からずカタリナを見る。彼女は狭い通路にいるというのに、何かを探るようにくるくると顔を動かしていた。冗談のような仕草だったが、表情は真剣そのものだ。


「流石は水の魔法使い、といったところだな。こういう状況での危機感知能力は大したものだ」

「……アイザック、そろそろ仕掛けてくるわよ」


 アイザックは頷いて、カタリナにも魔法をかける。『フォーカス』という魔力強化の魔法だ。

 それが発動し終えるかどうかというタイミングで、激しい水音が響いた。地下水で出来た水面から、何かが飛び上がってくる


「あれは……サハギン!?」


 水中で生活するという半人半魚の魔物だ。腐敗が進んで骨格がむき出しになっているが、その俊敏な動きに変化はない。

 アイザックとカタリナは奴らの接近に気付き、さきほどから警戒を続けていたのだ。


 カタリナが腰のホルスターから何かを取り出した。いつもの革袋ではない。中身は同じだが、より小さく分けられた小瓶のようだ。

 カタリナが魔力を通すことで内部の水が膨張し、太い水流となってサハギンゾンビの身体に巻き付く。以前アイザックにも見せたウォーター・ベルトの魔法だった。


「正確で速い……! でもアンデッドには――」


 本来なら、アンデッドをこの魔法で倒すことはできない。しかしヘレナのその考えはすぐに覆されることになる。


 中空で拘束されていたサハギンゾンビから、ぼとりと足が落ちてきた。ぎょっとしてそれを見ると、断面や表皮が灰に変わってボロボロになっていた。

 ヘレナは絶句する。これはまさしく回復魔法による崩壊現象だ。


 サハギンゾンビ自身も身をよじって足掻くが、己に巻き付く水の帯が容赦なく全身を覆っていく。やがて完全な水の塊に包まれ、一気に灰へと分解された。ありえないことだが、アンデッドとして完全に死んだのだ。


「気を抜くな。次が来るぞ」


 アイザックの言葉通り、水の中から矢継ぎ早に六体のサハギンゾンビが飛び出してくる。

 隠れていたにしては多すぎる数だ。だが一見狭い水場でも、深いところでは別の地底湖と繋がっていることもある。おそらく彼らもそこに待機していたのだろう。


 カタリナは更に二つの小瓶を取り出し、魔力を流し込む。ヘレナはその瞬間に淡く白い光が発せられるのを見て、ようやくカラクリが理解できた。


「……聖水!? まさか、あれ全てが聖水なのですか!?」


 聖水とは水を触媒に用いて回復魔法を閉じ込める、魔道具に近いアイテム。かつては冒険者というより市民にとっての脅威だったアンデッドに、ある種の忌避剤として用いられていたものだ。


 回復魔法が水と相性の良いことは知られていた。その仕組み自体は今も免罪珠の中身に使われている。しかしアンデッドへの対抗手段として使うならばよっぽどの術者が丹精にエンチャントを行わなければならない。


「勿論、あれを作ったのは俺だ。込めた魔法も自己流の対アンデッド特化回復魔法だ」


 ヘレナの心を読んだようにアイザックが答える。トロールゾンビの群れとの戦いで無力さを感じていたカタリナに、アイザックが示した戦うための術がこれだ。


「だが、流石に一度で作れる量は限られていた。エンチャントした魔法の性質まで正確に模倣して、水量を増やせるのはカタリナ自身の才能だ。今のあいつは、ストックがある限り俺と同じパフォーマンスを発揮できる」


 カタリナが水魔法を発動した瞬間だけ水が光るのは、言うまでもなくその時に回復魔法を使うのと同じことが起こっているからだ。いわば彼女のやっていることは、水魔法と回復魔法を同時に行使しているのに近い。

 彼女はその稀有な才能を、初めて自分なりに戦いの術へと発展させたのだ。


「『ホーリー・(ウォーター)・ベルト』!」


 聖水の奔流がサハギンゾンビに向かって放たれる。変幻自在にしなり、一度に三体がその流れの中に絡めとられた。

 しかしゾンビたちはまだ残っている。逆サイドから襲い掛かってきた彼らに向かって、カタリナは振り返るのとほぼ同時に魔法を放つ。


「『ホーリー・(ウォーター)・バレット』!」


 聖水の散弾が、その腐敗した肉体を容赦なく穿つ。心なしか、魔法の威力も以前より高くなっているようだった。聖水に組み込まれたアイザックの魔力が、カタリナの水魔法そのものも強化しているかのように。


 だが流石に、一度で倒すには数が多すぎたらしい。命中精度より発動のサイクルを速めたせいで、聖水の弾丸はサハギンゾンビを一体だけ捉えそこなった。足と腹に数発撃ち込んだが、強襲の勢いを殺し切れていない。


「……うっ!」


 サハギンゾンビはそのまま、カタリナにぶつかってくる。彼女には咄嗟のことで逃げることもできず、反射的に目をつむってしまった。

 その彼女の前に、アイザックが立ちふさがる。


「ま、及第点ってところだな」


 立ちふさがると言っても、アイザックは何の構えもせず無防備そのものだ。

 あわや食いつかれるか、というところで辺りを照らしていた光源の一つが、ふよふよと彼らの側まで近づいてくる。

 そして次の瞬間、その光が著しく輝いて坑道全体を照らす。


「『ライトピリング・コンカッション』」


 その光源は、アイザックがこっそり紛れ込ませた自分の魔法だった。そこに圧縮されていた魔法の光が、一気に爆発したのだ。

 ただ光るだけとはいえもとは回復魔法。目も眩む輝きがおさまった後には、サハギンゾンビはただの灰の山と化していた。


「ありがと、アイザック。助かったわ」

「ああ。お前も無事でよかった」

「……心配してくれるの?」

「そりゃそうさ。折角教えた聖水魔法が無駄になるからな」


 アイザックが皮肉っぽくそう言うと、カタリナはむくれてしまう。

 一方でプロテクションが解除され、ヘレナたちも外に出た。彼女らは彼らの睦まじいからかい合いを見て、顔をほころばす余裕はない。


「……これは、想像以上ね」


 そのつぶやきが、率直な感想だった。自分たちのような訓練されたクレリックより数段上の戦いぶりだ。

 トロールゾンビの群れを倒したのは恐らく事実なのだろう。事実ならきっと強いのだろう。その程度の認識が、瞬く間に覆される。


 アイザックとカタリナ。教会の者であるヘレナから見ても、その実力は認めざるを得ないものだった。


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