明桜学園
「やっとついた!!」
晴れ晴れしい気持ちで斗真はつぶやいた。
長かったーー暑かったーー死ぬかと思った!
斗真は心の中で叫んで、改めて眼前の明桜学園へと目を向ける。
片側一車線の、道路を遮断する形でそびえ立つ、茶色の煉瓦でできた巨大な門ーー。
その脇に大きく「国立明桜学園」の文字が書かれてある。
門の奥はさらに道が続き、これまたそびえたっているのは西洋風の巨大な校舎。
春陽が入居している女子寮はこの校舎の裏側にある中庭を通っていくと、入学前に言っていたのを覚えている。
斗真は門の脇にある守衛室を覗き込んだ。
そこには大柄の二十代ぐらいの若い男と、その先輩らしい三十代ぐらいの、これまた大柄な男がいた。
この二人をみて斗真はこの学園の警備は頑丈そうだと思った。
「すいません。面会を希望したいのですが…」
守衛室の窓の縁に手をかけながらいう。
少し背伸びしているのがなんだか屈辱的だ。
「どなたにですか?親御さんは?」
「ぼく一人です。中等部一年の佐倉春陽です」
事務的に聞く若い男はじろりと斗真をみつめる。
子ども一人で会いにくるのは余程珍しいのだろう、後ろの男もじろじろみてくる。
「ここに名前を書いてください」
若い男は淡々と事務的に出入表?を差し出した。
斗真はそこに名前と年齢、住所に電話番号まで記入して男に返す。
「どうぞ、面会室は各寮の一階にある食堂です」
「ありがとうございます」
確認した男は斗真に入校の許可と、校内の案内図を差し出した。軽く礼をしてから門をくぐる。
「―――――!!」
「?どうかしました?」
急に立ち止まった斗真を不審に思い、守衛の若い男が声をかける。
「いいえ、なにもーー」
斗真は作り笑いをしてから足を進める。
春陽のいる女子寮までは校舎の右脇道を通ってぐるりと遠回りしてから行くらしい。
「……」
気のせいだと思っていたけど―――
この学園に入った瞬間、全身に電流にも似た衝撃が走った。
最初は目的地に着いた安堵で張っていた気が、緩んで疲れが一気に来たのかと思った。
しかし――
この倦怠感はなんだろう?ピリピリして肌が痛い上に一歩一歩が重く感じる。
斗真は引き返したい気持ちを抑えながら女子寮へと歩く。
地図の縮尺が正しいなら後数分で着くはずだ。
斗真は汗をタオルで拭ってふと視線を上にした。
コンクリートで舗装された車道の脇にある煉瓦の歩道ばかり見ていたから気がつかなかったが、女子寮だと言う建物も立派な建物だった。
「すっごいなーー何階建てなんだろう?」
縦の窓の数を数えてみる。
12階もあった。
一度中を探検してみたいという好奇心が湧き上がるが、あそこは女子寮。
しかも部外者の斗真は、面会室を兼ねている食堂以外一生見る機会はないだろう。
「君大丈夫??」
突然声が聞こえて斗真は視線を下に下ろす。
白いブラウスに紺のタイトスカート、ベージュのカーディガンという、地味な服装の女性がこちらをみていた。
後ろで一つにまとめられている髪は一度も染めたことないんじゃないかというくらい黒かった。
「すごい汗よ?それに顔色も悪いわ」
彼女は斗真に駆け寄り、よく顔や身体を観察し始めた。
「すごい山道だったので…もう落ち着いてきたし、大丈夫です」
色白の美人に顔を近づけられて斗真は緊張した。
「……あら?君……」
女性はそこで言葉を止めた。何故だかひどく驚いた様子だった。
「?あの―」
斗真が声をかけると女性ははっとして、微笑みを浮かべた。
「ごめんなさい、知り合いに似ていたから驚いちゃって」
「はあ…」
「気にしないで、わたし、ここの養護教諭の、
黒川奈津子よ。具合が悪くなったら遠慮なくいってね」
そういうと、女性は踵を返して去っていった。
「なんだったんだろ?」
斗真は再び歩き出した。
黒川奈津子は動揺していた。
なにあの子…今まで見たことないくらいのーー
考え事をしていると、知らないうちに足取りが重くなっていく。
「奈津子」
名を呼ばれ奈津子ははっとして足を止めた。
この学園内で自分のことを下の名前で呼ぶのは一人しかいないーーー
「東先生!学内では黒川と呼んでください!……どうしたんですか?」
目の前に立っている男の肩には茶色の髪を一つに結った少女がかつがれていた。
「有働さん?気を失っているじゃないですか」
「今年1番の脱走者だ。結構な距離を逃げた。歴代3位くらいじゃないか?」
「毎年毎年、よく見つけますね」
「鼻がきくからな。学外で魔法を使うとすぐわかる。」
おれじゃなくてもーーー
不敵に笑う東に、奈津子はためいきをついた。
まるで狩を楽しんでいるようだーーー
「と、今日は学園の面会日でご家族の方が多く来てるんですよ、魔法は禁句です」
「そうだったな」
まあ、この男のことだからわざとだろうがーー
「やる」
短かくいってほいと渡されたのは肩に担がれていた一人の少女。
奈津子はとっさに、有働朱音の小柄な体に腕を回して支えようとするがあまり体格差もないため、彼女の下半身は廊下に座る形となってしまった。自然と奈津子も座り込む。
「ちょ!無理ですよ!気絶させたのあなたでしょう!?先生が運んでください!!」
「保健室は目の前だろう?お前なら楽々運べるじゃないか」
「そういうところがだめなんですよ!女性はもう少し丁重に扱いなさい!!この年頃の子はただでさえ多感な時期でーーって、どこいくんですか!?」
そそくさと去ろうとする東に奈津子は訴える。
「そんなんだか24にもなって彼女がいないんですよ!!」
「彼女がいないのは関係ないだろ」
冷静に返してきた東にたたみかけるようにして奈津子はまくし立てた。
「大ありです!無駄に顔は良くて昔からモテてたのに一人も彼女ができなかったのはそのデリカシーのなさですよ!!」
「そういうお前も彼氏いないだろう」
「いないんじゃなくてーー」
「はい、ストップ」
作らないんですよ!いう奈津子の叫びは不発に終わった。二人の間にずいっと入ってきたのは金髪に色白の痩身の男だった。
水色のワイシャツに紺のズボン、長い白衣を羽織った男は温和そうな雰囲気をまとってはいる。
「総一郎も黒川ちゃんも、声が遠くまで聞こえてるよ今日は面会日でしょ?面会室に設定されてる寮から離れているとはいえ、壁に耳あり障子に目ありーーだよー明桜の先生やばいって思われちゃう」
「森崎ーーお前がなぜここにいる」
東は受けた注意を聞き流す。
この男に反省という文字はないのかーーー
奈津子が軽く唖然としているが、森崎は慣れているので普通に会話する。
「研究室に、こもってばっかが僕の仕事じゃないよ」
「ちがうお前が日中に起きていることに驚いている」
そこーーー!?
奈津子の心の叫びは二人には届かない。
「ま、いーじゃん。たまには散歩したくなったんだよーーん」
「茶化すな」
二人のやりとりについていけず、奈津子はただ脇で沈黙する。
森崎はやれやれという感じで一息つくと、神妙な面持ちで話し始めた。
「実は『黒白の門』の開門方法がもう一つあることがわかったんだ」
森崎の言葉に奈津子は言葉を失った。
顔を青くした奈津子とは対照的に東は笑った。