道中
春ーー
薄紅色の桜が舞う中、斗真と母親に見送られて、春陽は大きなスーツケースと旅行カバンを持って新しい学び舎へと旅立っていった。
その一月後ーー
「……こんな山奥に学校をーー」
なんでつくったんだーーー!!!
という叫びは、これまでのアップダウンの激しい山道ーーといっても一応コンクリートで舗装されている、片側一車線の道路だーーを歩いてきた疲れでかき消えた。
「なんで近くまでバスがないんだよーー……」
弱々しくつぶやく。インドア少年にとってバス停から歩いて30分の山道はしんどいの一言だった。
「ありえない、ありえなさすぎる」
5月の頭、ゴールデンウィーク最後の日曜日、斗真は春陽が通う国立ーー明桜学園へと向かっている途中だった。面会日は毎月第一日曜日と定められていると、春陽が入寮する前に言っていた。
ちなみに4月は入学してすぐのためか、一学年だけ面会日は設けられていなかった。
唐突だが、春陽は母子家庭で斗真は父子家庭。
母親は斗真の妹を産んだ時に産後の予後が悪く、妹を産んで半年後に亡くなったらしい。
母のことはあまり覚えてないが、穏やかで暖かい雰囲気を纏っていた記憶がある。
ゴールデンウィークも仕事だという父親と、友達と買い物に行くと言った妹に黙って隣の県の山奥にまで来ても誰もからかう人間はいない。
この年頃の男の子は、女の子に会いにはるばる山奥まで来たとかバレたらとてつもなく恥ずかしいのだ。
「にしても、なんでこんな山奥に学校なんてつくったんだろ??」
斗真は純粋な疑問を呟いた。
いくら国が研究対象にしている学校っいってもこんな山奥に作る理由なんかないはずだ。
そもそも、夏休みも冬休みもないなんておかしい。
自由がなさすぎる。
斗真は一旦立ち止まって汗を拭き、ペットボトルの水を飲むと、ショルダーバックに無造作につっこんだ。
バスに乗る前にコンビニで買ったものだが、すでに半分をきり、帰りの分の水をどうしようか考えていた。
ーーー春陽に頼んで水道水でもなんでもいいからいれてもらおうーー
一息ついて再び足を進めようとしたその時だった。
がさっ!!
左側に広がる山林から物音が聞こえた。
小動物とかの気配ではない。
もっと大きなものだ。
猪ーー??まさか!熊!!!
内心恐怖でおののきながらも、音のした方へと目を凝らす。
ばっ!
突然影が斗真の少し先の道に飛び出してきた。
それは猪でも熊でもなくーー
ひとりの女の子だった。
薄黄色のトップスに黒のスキニージーンズ、足元は運動靴で、大き目のリュックを背負っていた。
茶色の長い髪を1つにまとめ、大きな瞳をした色白の女の子だ。
斗真の存在に気づいた少女は一瞬警戒心をあらわにするが、どこからどう見ても普通の少年、緊張を解いた。
「君、なにできたの!?ーーひとり?お父さんとかお母さんいる!?」
息を切らしながら少女は斗真に駆け寄ってくると、挨拶も何も挟まず、いきなり尋ねてきた。常に周囲を気にして、落ち着かない様子だ。
まるで誰かに追われているみたいだ。
「なにって、バスとーー徒歩、一人で」
戸惑いを隠しながら応える。初対面でそんなこと尋ねられたの初めてだしなかなか経験しないだろう。
少女は周辺に車の気配も、斗真以外の人の気配もないことを察すると、もう用はないとばかりに斗真が歩いてきた道を戻る形で去っていった。
「何だったんだろう……」
唖然としながら呟く。そういえばと少女が出てきた山林の方を見やる。薄暗い急な斜面に木々や山草がびっしり生え、手入れされているどころか道すら作られてない。
それをみて、斗真は一体どうやってこんな道を降りてきたのかと不思議になる。
斗真が少女の去って行った方角をもう一度みると、すでに少女の姿はなく、あたりは静まり返っていた。
がさっ!
山林の方からまた音がして、斗真が音のした方に視線をやると2メートルはあるんじゃないかというくらい背の高い、大柄の男が悠然と出てきた。
春先だというのに黒のジャケットを羽織り、下に白いワイシャツをきている。足元は黒いズボンに黒い運動靴。有名なメーカーのものだ。
服の上からでもわかる鍛え抜かれたボディに精悍な顔。
短い黒髪はオールバックに整えられている。
正直、同性の自分から見てもかっこいい。
さぞモテるんだろうなーー
自分の腹あたりまでしか身長のない、羨望にも似た眼差しを向けている斗真など眼中に入ってなさそうだった。
黒髪の男は、辺りを見回した。
誰かを探しているようだ。
男を見上げながら斗真は悟った。
先ほどの少女はこの男ーー変質者からにげてきたのだと!
先程の憧れにも似た気持ちは何処へやら斗真は一瞬で男に対する感情を真逆のものにした。
「おい、そこの少年」
一応目に入ってなくても存在は認識していたらしい。
斗真に向かって声をかけてきた。
「髪を一つにむすんだ女の子をみなかったか?」
やっぱり!!
斗真は心の中で叫んだ。