動き出す運命
五年前ーー致命傷を追った黒川奈津子を救うため、そして、自分が仕えていた主人を探すためーー
『智の天使ミスラフィーネ』は彼女と契約を交わし、地球へとやってきた。
全ては百年前ーーミスラフィーネが仕えていた女神が突如行方をくらましたことから始まった。
女神の行方を追うための長い調査で、封印されていたはずの『審判の門』が「奴ら」に奪われ、地球から人間を連れてきては洗脳したり、傀儡|と入れ替えたり、魔物をけしかけたりと、なにか良からぬことを企んでいることが判明した。
その調査の過程で女神も地球へと渡ったことが判ったのだがーー。
明桜学園は、いわゆる『魔法使い』を育成、研究するために建てられたという奈津子の言葉にミスラフィーネは眉を潜めた。
この学園の創立には間違いなく『奴ら』の息がかかっている。
最初は「我々」と、戦うために「奴ら」が育てた戦闘集団なのでは?と思ったが、それにしては程度が低い。
『一族』のなかでも一番戦力の低いミスラフィーネがそう思うほどだ。
はっきり言って、「向こう側の世界」で魔物とまともにやりあえるのは数人ぐらいだろう。
かといって、なんの意味もなく異世界でこのような大それたことをするわけがない。
奴らの目的は一体ーー
気になることはもう一つ、この学園には魔力に目覚めたものでも見えない不可視の『黒糸』が張り巡らされている。
奈津子に尋ねたら見えている生徒はいないようだった。
隠された魔法を見破る術のようなーー巧妙な術も教えられていない、かと言って攻撃力が特に高い魔法を教えているわけでもない。
ミスラフィーネが知っている、人間の魔法使いよりも優れていると感じる部分は、強いて言えば魔力の純度が高い生徒が多いということぐらいだ。
訓練方法を見ていても純度をあげることに重点を置いているように見える。
奈津子の話では魔力の純度に関することは教わっていないらしい。
奴らをいくら調査してもその真意は分からず、最優先事項である女神の捜索も暗礁に打ち上がった。
奈津子が明桜学園を卒業し、外に自由にでられるようになってから、彼女と共に東西南北と、遠いところから近場まで足を伸ばして探し続けたのだが、手がかりは掴めなかった。
落胆し、女神様は「奴ら」に捕らえられているのかもしれないと、焦燥感に苛まれた日々を過ごす中、一人だけ気になる少年が現れた。
微かに女神の匂いがする少年は、一見、普通の人間の子供に見えたのだがーー人の子にしては気配が妙だった。
はっきりと言葉にできないのだが、人間にしては纏っているオーラが心地よいというか懐かしいというか……
心身が一体となっている奈津子もそれは感じたようだった。
だからこそ少年が隠れるようにして移動しているのをみて追いかけたのだーー。
視界がぼやける。
そうだ、男の子を庇ってはに飲み込まれたんだーー。
奈津子の意識が急浮上し、慌てて周囲を、状況を把握する。
「これはーーー!!」
奈津子の視界に映ったのは、優しい輝きを放つ無数の光の粒が空中を漂い、少年や奈津子を守るように広がっている光景だった。
それは少年を中心にキラキラと繊細な輝きを帯び、総司や他の生徒たちが放つ禍々しい魔力を浄化し、光へと昇華しているようだった。
そして、少年の右目は黄金の、神秘的な輝きを放つ色に変化していた。
『この気配はーー』
頭の中でミスラフィーネが鋭く息を呑み驚愕している声が響く。
「まさかーーアスナルディア本人か!!?」
愕然としているのは総司たちも同様だった。
むしろミスラフィーネや奈津子よりも同動揺しているかもしれない。
総司が冷笑を消し去って、眼光を鋭くする。
今度は他の生徒たちも魔力を放出し、総司の魔力と融合ーー強大な魔力を練り曲げていく。
『融合魔法ーー爆炎の渦!!』
総司が日本語ではない言葉ーー魔法を発動させるための呪文ーー『契約の祝詞』を叫ぶ。
「まずいわ!よけなきゃ!」
奈津子が慌てて必死に少年の腕を掴む。
少年は何故か悠然と佇み、避ける気配がない。
奈津子は迫りくる爆炎が放つ熱量に耐え切れず、腕を盾にしながら少年を見つめる。
パン!
風船が破裂したときのような、空気が弾ける音がしたと思えば先ほどまで空一面を覆っていた炎が影も形もなく消えていた。
変化があったとすれば少年が纏う光のヴェールが輝きを増しているところだろうかーー。
『弾けよ』
少年が命令する。
バンッッ!!!
衝撃波が総司達を呑み込み、瞬く間に一同は建物の屋上から吹き飛ばされた。
一瞬で敵を掃討した少年に、奈津子が唖然としていると、頭の中でミスラフィーネが叫んだ。
『油断してはなりません!彼らより禍々しい何かがこちらへときています!!』
その言葉に奈津子は少年の足元を一瞥すると、気合を入れるように呼吸を整え、拳に魔力を集めると下へと勢いよく突き出した。
「はっ!!」
足元のコンクリートを拳で打ち砕き、穿った穴に少年の身体を無理やり押しこみ、雪崩れ込むように建物内へと侵入した。
ぴくっ
急に動きを止めた東総一郎を不審に思った森崎新は疑問を投げかける。
「どうかしたのかい?」
怜悧な美貌を持つ黒髪の友人は元々鋭い眼光を更に鋭くさせて、手に持っていたコーヒーカップを置いた。
総一郎は研究棟と呼ばれる、黒白の門が囲われている建物内にある森崎の研究室を訪れていた。
日曜日と言うだけあって他の研究員は休みでいないが、研究熱心というか、仕事中毒な森崎は研究棟で普通に寝泊まりしている。
ちなみに総一郎が携帯で森崎に頼まれ、朝食ーーにしては遅いブランチを届けに来た時ら正面の入り口は南京錠で閉じられていた。
しょうがないから裏側の非常階段を登ったところにある非常ドアから建物内に侵入したのだが……。
「森崎ーー魔法の気配だ」
総一郎の言葉に森崎も魔力を感知するため『感覚』を強化する。
「!本当だーーしかも攻撃系統の魔法を放ったのか訓練棟以外での魔法の発現は謹慎ものだよ?」
総一郎は無言で立ち上がると森崎の研究室から飛び出す。
「総一郎!?」
森崎も慌てて後を追い、飛び出した。
そこで待ち受ける大きな運命の波に巻き込まれることも知らずーー。