春陽の姿をしたなにか
秋ーー
春陽に会いに学園へと足を伸ばしたのは十月の第一日曜日のことだ。
毎回拒否されるため、あえて八月と九月は学園に行かなかった。
そう、油断して警備員に止められるのを伝え忘れるように!
押してダメなら引いてみろ作戦を決行した斗真は今度こそと、意気込んで守衛室に顔を出す。
「星野くんきたのかーー」
なんと、守衛さんに顔を覚えられていた。
それも当然だ。
守衛さんたちに、家族でもないのに毎月会いにきては拒否されている可哀想な少年としてはっきりと記憶されていたのだから。
「佐倉さんからは、今回はなんも言われてないから大丈夫じゃないかな」
笑いながら守衛さんは斗真に記帳するように促す。
「今回どころか、八月も九月も特に言われてなかったけどね」
え?、それって押してダメなら引いてみろ作戦しなくてもよかったってこと?
守衛さんの言葉に斗真が愕然としていると、守衛さんは胸中を察したのかこほん、と誤魔化すように咳をして斗真に門を潜るように促す。
そういえば初めて入った時の、肌がざわつくような感じはまたするのだろうか?
初めて
五月に会いにきてからなんだかんだ学園に入れず、今回でやっと二回目だ。
――そういえばあの時の感覚って、夢の中で出てくる魔物を目にした時の感覚に似ているな
斗真は恐る恐る足を踏み入れるが、今回は特に変化はなく、何も感じなかった。
そのことにほっと安堵の息をつくと、意気揚々と歩き出す。
やっと!やっと春陽にあえる!!
斗真は気づかぬうちに早足になっていた。高鳴る胸を押さえながら、落ち着くように何度も呼吸を整えるが、嬉しすぎて顔がにやける。
ふと、なんとなしに上を見上げると黒い糸がうっすらとみえて斗真は足を止めた。
まるで蜘蛛の糸のように、細いそれは目を凝らさないとよく見えない上になんだか黒い影を纏っているように見えた。
どこかでみたことあるけどーーどこだっけ?
浮ついていた感情が一転して、不安がこみ上げてくる。
斗真は逡巡して、はっとした。
夢の中でみた、魔物と同じだ!
彼らは皆黒い影ーーオーラを纏って闊歩していたのだ。
斗真は背筋が凍り、顔を青くさせる。
黒い糸は学園のあちこちに張り巡らされているのだ。
まるで蜘蛛の巣に入り込んだ小虫のような気分だった。
不思議なことにすれ違う人々は見えてないのか談笑しながら斗真と、すれ違っていく。
見えてないの??それともーー自分だけが幻をみてるの??
ざわつく胸を押さえながら、不安に叫びたくなる気持ちを堪えて、斗真は走り出す。
春陽ーー!!
何故だか嫌な予感がする。
この言いようのない不安と、嫌悪にも似た恐怖はなんだろう??
女子寮に辿り着き、前回と同じように手続きをすませ、面会場所である食堂へと足を運ぶ。
乱れた呼吸を整えながら、春陽が来るのを待つ。
杞憂だったと、笑えるように祈りながら。
「トウマ」
しばらくして斗真を背後から呼ぶ声が聞こえた。
それはいつも聞いていた春陽の声だった。
斗真はほっとしながら春陽へと振り返る。
「はるひーーー」
斗真は瞠目して思考を停止した。
そこにいたのは確かに、斗真の知ってる春陽だったーー
だが、彼女は全身真っ黒なオーラに包まれてそこにたっていた。
いつものように斗真の名を呼びーー
いつものように斗真の目の前に立ってーー
いつものように斗真に笑いかけるーー
どうしようもない嫌悪感が込み上げてきて、斗真は思わず口にだしてしまう。
「きみはーーだれ?」
斗真は夢の中にまだいるのではないかとさえ思った。
不気味な感覚に全身が警鐘を鳴らして、この場から早くたちされ!と訴えているのを感じる。
斗真の言葉に目の前の春陽の姿をした何かは目の奥を一瞬光らせるが、すぐに元の笑顔を浮かべる。
「変なトウマ!一体ドウシタノ?」
そう言って触れようとそれは斗真に手を伸ばした。
バチン!!
刹那、電気が走り手が弾かれる。
それを合図に斗真は逃げるように食堂の出入り口に向かって走り出した。
取り残されたそれは弾かれた手を淡々と見つめる。
「この気配ーーマサカ……」
一変、それは表情を険しくさせる。
早急ニ排除セねバ……!!
あれハ我ラノ天敵ダーー!
春陽の姿をしたそれは強く念じて仲間へと命令をだす。
女神と同ジ力をモツ少年ヲ捕ラエヨーーー!!!