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親愛なるこの世界で  作者: 桜夏光
15/21

異世界


斗真と春陽が一昨年の夏、山に泊まりがけで遊びに行ったある夕暮れどきのことだ。


オレンジ色の夕陽が沈み、濃紺の夜空が反対側から押し寄せている空の下、二人は鬱蒼と生茂る草むらをかき分けながら森の中ーー手を繋いで歩いていた。


春陽は斗真より一つ年上で、いつも面倒を見ている。

だから怖がっていたら隣にいる斗真も怖くて泣いてしまうかもしれないーーー。


そう、春陽は考えて恐怖を隠し、精一杯強がって笑顔を作った。


「大丈夫ーーきっとこの道をまっすぐいけば、お母さん達のいるところまで戻れるから!」


春陽の母親、祖父母と斗真の妹、父親と祖父母、渚で山に遊びに来ていたのだがーー



(はじめに渚と春陽の母親、春湖が計画し、あちこち誘った結果大所帯となった)


初めての友人家族との旅行で興奮し、野山を夢中になって遊びすぎて気がつけば暗くなり、おまけに街灯もない山道を懐中電灯もなく歩かなければならない羽目になった。


最悪の状況だ。


虫の声が静まり返った辺りよく響き、何かが草むらの茂みから飛び出してくるのではないかと怯えながら歩く。


おまけに今日は新月で、月明かりすらないため足元が良く見えない。


どんなに目をこらしてもなんとなく人が通れそうな道があるようなーーうっすらとみえるのと、記憶を頼りに歩いて行く。


必死になって闇の中目をこらして歩く春陽の耳に斗真の声は大きすぎるくらいよくきこえた。


「はるひーー!みてみてーー!」


緊張を漲らせて歩いている春陽とは真逆に、斗真は楽しそうに声を弾ませた。


「星が沢山みえるよーー!」


キラキラと瞳を輝かせて空を見上げる斗真に、春陽は釣られて夜空を見上げる。


先程まで残っていた夕陽の残り火はあっという間に姿を消し、満天の夜空がただただ広がっていた。


その圧倒的な美しさに春陽は思わず息を飲む。


「お月様がないからよく見えるんだね!


いつも月の明かりで姿が霞んでいる星も今日ははっきりと見える。


「星を眺めてお話ししながら帰ろうよ!きっとたのしいよ!」


斗真は春陽の胸中を知っていたのか、そういうと手を引いて、今度は斗真が先頭を歩く。


少し歩くと、道が二つに分かれているところに出た。

どっちだろうと春陽が悩んでいると、斗真がおもむろに口を開いた。


「ねえ知ってる?あそこ、大きな星が見えるでしょ?北極星っていって、常に同じところあるんだって!」


春陽は一個下の斗真が知ってることに感心したが、常に天体望遠鏡をのぞいて瞳を輝かせている少年にとっては常識なのだろう。


「動かないってことは、方角がそこからわかるんだよ!昔の人はあの星を頼りに航海とかしてたんだって」


そこまで言われて春陽はやっと気がついた。

斗真は無邪気に笑顔を浮かべて話を続けた。


「常に北にあるってことは、私たちが泊まってるホテルは山の南側にあったからーー」


「つまりーー道は「こっち」」


二人して同じ方角を指差す。

声が揃って、二人はおもわず、顔を見合わせて声を上げて笑った。


「いこう!」


今度は斗真が、春陽の手を握って走り出す。

その暖かさに春陽は思わずほっと安堵の息をついた。

そして、今度は偽りの笑顔ではなく、自然に笑みが溢れた。


「うん!」


それからすぐにホテルについたのだが、二人はこっぴどく家族に叱られ、涙ながらにもう二人だけで知らない土地をうろうろしないことを固く誓ったのだ。





春陽はそこで目が覚めた。


懐かしくてーー暖かい気持ちになった。


あの頃にーー過去に戻りたいーーそんなありえないことまで願ってしまうほど、春陽は憔悴していた。


そんな幸せな余韻に浸るのも束の間、朝の目覚めのアラームが鳴り響く。


異世界に来てから一週間経ったある日の朝だった。

二段ベットが部屋の両脇に二つずつ、縦に陳列され、カーテンでプライベート空間を作れるようになっているが、小さな空間にストレスの限界を感じている新入生は多いはず。


一つの部屋に八人も押し込められており、ホールを境に女子と男子で居室が分かれている。


朝食はそれぞれ支給された携帯食ですませ、身支度を整えるとホールに集合する決まりだ。


目が覚めてから集合までは三十分。


まるで軍隊のように殺伐としている上、疲れが溜まってきているのが拍車をかけているのか、皆ほとんど口を開かない。


時間を意識しながら顔を洗い、タオルを取ろうとすると、目の前にタオルがさしだされる。


「春陽ちゃん、これーー」

「ありがとう、真冬ちゃん」


同じ班ということもあり、泡沫真冬とはすぐ仲良くなった。

おっとりとして優しげな彼女の笑顔に自然と春陽は笑顔が溢れる。


「もう、一週間なんだね」


毎日外の森の散策や川辺の調査などで移動が多く、疲れが抜けきらないうちに次の朝が来てしまうため、だんだんと疲れが蓄積されていく。

会話しながら朝食をたべ、ホールへと移動する。


一週間、同じことをしていると慣れるもので、少しの余裕も生まれるほどだ。


「今度は私たちの班が食糧調達して、作るんだよね」


真冬が不安そうにつぶやく。


基本的に基地を中心として、北側周辺の調査が、春陽が仮所属している班の主な任務で、食糧調達から調理まで行う給食担係は日替わりで回ってくる。


ちなみに全体の人数が多いため一日二回の給食係は三班合同だ。

食糧の調達も大変だが、食事を作るのも大変なためである。


広い調理室に大きな冷蔵庫や冷凍庫があり(どうやってこちらの世界に持ち込んできたかは謎)、定期的に食糧を補給しているのだが、それだけではこの人数を賄いきれないため一日一食は外から調達したものを食べることになっている。


ちなみに食当たりを考慮して二つに区切りされた調理室で全く別々のメニューを作り、半々に分かれて別々のものを食べる決まりだ。


あっちの方がおいしそう、こっちのメニューが良かった、なんて我儘は通じない。


もう一食は温めるだけ、開けるだけ、盛り付けるだけの簡単な作業だ。


「食べられるものがのってる資料をカラーの冊子でもらったけど、毒キノコとかあるのかな?」


ホールに到着し、先輩たちがくるのを待っている間、少しでもスムーズに食糧を調達できるように冊子をめくって復習する。ちなみに胸ポケットに収まりのいい縦に細長い冊子タイプだ。


外にいる時間は出来るだけ短い方がいい。


直に見たことはないが、先輩たちが魔物と呼んでいる怪物と対戦している気配なら遠くから感じたことはある。


春陽たち新入生は先輩達に守られてすごしているが、いざ対峙しなければならない側になったときのことを想像すると、悪寒が走る。


実際、化物を目の前にした新入生は怖がって外に出るのに泣き叫んで拒否していたほどだ。


その時藍堂先輩がきて何処かへとつれていっていたが……その半日後には冷静な様子で外に出ていたことを思い出した。


一体何をいわれたのだろうか?

余程心強いことを言われたに違いない。


春陽の思考が食糧のことからずれてきたところで先輩たちが悠然と現れる。


いつもの朝の朝礼ーーそこから本日の班ごとの日程が全体で発表される。


藍堂先輩は総指揮官で、欠員が出た班への補充人員で院生がどこに入るかを決めたり、任務の細かいところを調整する。


それらは昨日の成果や進捗状況に応じて変更されたりそのまま進行されたりして、藍堂先輩や院生、班長だけが毎日、解散した後も話し合っている。


大変だなと思う反面。

責任重大だなと、思う。


大人たちがいない中で、犠牲者を出さないように、揉め事が起きないように、全体に、目を配って、気を張り巡らせてーー藍堂先輩含め、班長達には尊敬の念が溢れてくる。


自分も数年経てばああなるのだろうか?


そんなこと想像できない。


「本日の食糧を調達する飯島班、姫宮、五反田班だががーー最近の()()の行動範囲や、食材の分布を考えて今日は南東辺りがベストだという意見にまとまった」


ちなみに寝る前にも全体の会合があり、そこでは任務の進捗状況や魔物に遭遇したか否からそのときの戦況や負傷者の報告などが上がってくる。


藍堂先輩たちの話によると、基地を中心とした東側はずっと真っ直ぐいくと海にたどり着くのだそうだ、

そして西側や北側に進めば進むほど魔物は体が大きく力も強くなっていくらしい。


ちなみに南側は小さい動物をはじめ、食べられる果物や植物が多くしげり、魔物が出ても一人で対処できるほど弱いらしい。(弱いといっても高等部一年の話だが)地球にいる動物とは姿形が多少異なるが、猪に似たものは猪肉の味、鹿に似たものは鹿肉の味と、大差はないらしい。


もっとも春陽はボタン鍋を食べたことはあるが鹿肉はないので味を聞かれてもよくわからないだろう。


動物達は人間を初めて見るため好奇心が強くて寄ってくるか、警戒心が強く物音がしただけで去っていくかのどちらかだが、罠を仕掛ければ高い確率で引っかかる。

事実、この一週間肉にありつけられなかった日はなかった。


朝礼が終わり、三班合同で先輩たちとともに南東に向かう。


果物が美味しげり、鳥の鳴き声が聞こえ春陽は安全そうだと胸を撫で下ろす。


毎回基地の外にでるのは緊張する。

隣の真冬や坂本蓮も同じ様子で、ほっと安堵の息をついているのが気配でわかった。


しばらく歩くと草原に辿り着いた。

見晴らしはいいが、その分向こうからもこちらが見えやすい。

先輩達が木陰に隠れるように新入生達に指示をだす。


そして先輩の一人がさっと木の上に登ると草原をぐるりと見回した。


下にいた班長達に合図を送る。


「ここら一帯は安全だそうだ。俺たち上級生は近くに獲物や魔物達がいないか見回ってくるからお前達は近くの食材を採取しといてくれ、五分ほどで戻る」


新入生達に淡々と告げると先輩たちは全員違う方向に一瞬で散って行った。


少しして誰かが口を開く。


「こいつら基地でるだけですっげー緊張してるぜーーばっかみたいだなーー」


にわかに湧いて出た嘲笑に春陽たちはぎょっとした。


たしか五反田班に入っている新入生だ。


彼はニヤニヤ冷笑を浮かべ、隣にいる男子に同意を求める。


「ほんとだなーーろくに魔法も使えないんじゃ仕方ないんじゃないかーー?俺たちとちがって、ただの数合わせの素人だもんな」


嗜めるどころか一緒になってけなしだした少年に春陽と蓮は眉を潜める。


「どういう意味だよー!第一お前たちだって素人だろうが」


蓮が言い返すと、二人は耐えきれないとばかりに吹き出した。これには春陽もむっとして口を開く。


「まるで自分たちは一人前のようないいかたね!」


春陽の言葉に二人は冷笑を浮かべながら返す。


「当たり前だろーー俺たちは親父の代から明桜学園に関わり、子どもの時から魔法を教わってんだよ」


「つまりエリートってわけだが」


二人ーー丹羽桃李と佐川康介は胸を張って告げる。


子供のころから魔法を教わっていたときき、春陽たちは驚きに目を見開く。

血縁者が春陽が思っているよりも多いということは聞いていたが、子供の頃から魔法の教育を受けていたとすれば不公平では?という怒りにも似た不満が春陽の中で沸き起こる。


そんな春陽たちの心情を察したのか、二人は憐みを込めた眼差しで口を開いた。


「血縁者以外でどうやって入学者を決めているか知ってるか??」


魔力を持っているということ、血縁者が選ばれているという以外にまだ何があるのだろうか?


「お前らどうせ孤児とかだろ?死んでも困らない奴らが選ばれるんだ」


彼らの声は、春陽の耳にやけにこびりつくように感じた。


ぎこちない動作で真冬と蓮をちらりと見ると、彼らは顔を青くして驚愕に目を見開いていた。


春陽は孤児ではないのだが母子家庭ではある。


本当にそんな理由で選ばれたのだろうか?


「嘘よ!私にはお母さんがいるしーー祖父母も近所に住んでいるもの!でたらめばかり言ってんじゃないわよ!!」


動揺を隠しながら春陽は二人を鋭く睨みつける。


「あーーでもどうせ母子家庭だろー?金さえ積めばなんとかなるってことだろ?」


その侮蔑を込めた一言に春陽はかっとなる。


「薄っぺらな人間ね」


「はあ?」


こみ上げてくる怒りを堪えながら、吐き出すように春陽は呟いた。

二人を睨みながら固く握った拳を振りかぶることはない。


それが春陽だった。


頭に来ても、暴力はふるわない。そう母親に教えられたから。


手を出してしまったら負けだ、と。


「一面でしか人を見られない人間は、薄っぺらな愚かな人間だっていったのよ!!」


「なんだと!?」


春陽の言葉に挑発された桃李は一瞬でかっと頭に血が昇ったようだった。

なんて沸点の低いやつだ。


「家族が学園の関係者だからって何!?魔法が使えることがそんなに偉いわけ?!確かにまだ初歩的な魔法しか使えないけどねーーそんなこと全然問題じゃないわ!大事なのはーー


今できることを最大限に活かすことでしょう!?」

   

春陽のあまりの剣幕に二人は気圧され、後ずさる。


「そんなに人を見下すほど自惚れてるとーー足元救われるわよー!!」


「女のくせにーー生意気な!」


桃李はそう吐き捨てると、迷わず拳を振り上げた。


が、それが彼女に届くことは叶わない。



ぼたぼたぼたっっ!



刹那、大量の何かが上から落ちてきた。

よく見ると胴回りはサッカーボールぐらいあるんじゃないかという巨大な蛇が数匹落ちてきたのだ。


それも桃李と、康介どんぴしゃで。


二人は、さーーと顔を青くさせると大絶叫を上げた。

蛇のうねる体が桃李と康介の肩やら首やら巻きついて舌をチラチラさせている。


阿鼻叫喚という二人の様子に春陽をはじめ他の新入生たちは呆然と、静かにたたずんでいた。


春陽が二人から蛇が落ちてきた方向ーー木の上に視線を移すと、そこには口元に笑顔を浮かべた東総司がいた。

春陽と目があうと、総司は口元に人差し指を立ててにっこりと笑った。


可愛らしい顔立ちをしてやることはえげつないなと、春陽は総司へのイメージを書き換えた。




それからすぐ、二人の絶叫を聞きつけた班長はじめ先輩達が何事かと戻ってきて、状況を見てため息をついた。


丹羽桃李と佐川康介は所属する班長に、魔物が来たらどうするんだと強く釘をさされ、この場は危険だから帰ったら説教だと、どすの聞いた声で言われていて、少し可哀とも思いながらも自業自得だと蓮が呟いていた。


班長の顔に怯えている二人を見て春陽は胸の内がすっきりとした。


総司先輩に感謝しないとーーー。


念のためさらに南東に移動するというので、春陽もその指示に従って足に魔力をこめ、「脚力強化」を行う。


その時、真冬がそっと春陽に耳打ちした。


「春陽ちゃん、さっきはありがとう」


隣では蓮も笑顔を浮かべてすっきりしたと呟いた。


姫島班の新入生達も口々に春陽に「ありがとう」、「もう少しで自分が手を出す所だった」と、口々に礼を言う。


蛇を落としたのは総司先輩なのになと、思いながら春陽はくすぐったくて、思わずはにかんだ。


恐怖や不安に押しつぶされそうでも、自分を見失わずーー真っ直ぐに生きていこう……


それがきっと自分の誇りになるーー





そんな春陽をみながら、ほくそ笑む悪意に気がつかずーー

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