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親愛なるこの世界で  作者: 桜夏光
13/21

夜闇の中へ


夏期新一年生特別課外合宿というなんとも長い名目の合宿は7月の半ばに実施された。

春陽が初めて『門』を見たのはその日だった。



山合いに作られた明桜学園、その敷地の1番奥の建物内に漆黒の門は存在していた。


世間から守られるように頑丈な警備を有しており、その建物内に生徒が入られるのは満月の日ーー異世界へと旅立つ時のみ


天井はガラス張りで、美しく輝く満月の位置がよく見えた。

門の真上に来るまでまだ時間がある。


集合時刻よりだいぶ前に、春陽は漆黒の門の前に広がる空間に来ていた。


緊張と、不安で早めに来ているのは大体が初めて「向こう側」へいく新入生のようで、皆一様にそわそわして陰鬱な表情を浮かべている。


「向こう側」へ行く時は全員、同じユニフォームを着用する。


動きやすく、丈夫な繊維で作られた、黒い長袖長ズボンで胴体部分は特に頑丈に守られるように分厚くできている。

ハイネックの首元には青いラインが一線入っており、学年が上がると、ラインが増えていく仕組みだ。因みに高等部になると赤いラインに変わる。


シンプルで、動きやすさのためか体のラインがよくわかる服装が春陽は苦手だったのだが、皆同じ服装でいると羞恥心は自然と薄れていった。


「お前が佐倉春陽だな?」


美しくも壮大な漆黒の門に感嘆していると、急に背後から名を呼ばれ、春陽は振り返った。

視線の先にいたのは、短い黒髪の背の高い少女だった。


「君が所属することになったチームリーダーの飯島菜緒だーーー」


男勝りの口調に真っ直ぐな眼差しーー春陽の中で、女性がリーダー!?という驚きの声が上がるが、表に出さず差し出された手をしっかりと握り返した。


「女がリーダー!?とはいわないのか?」


心を見透かされたようで春陽はどきりとするが、菜緒は小さく笑って言葉を続けた。


「魔法はすごいぞ、男女の力量の差などないに等しくできる。ようは魔法をどう使いこなすだ」


菜緒の言葉には重みがあった。

きっとこの学園で長いこと鍛錬を積み、努力と経験がうんだ自信があるのだろうーー。

春陽はその瞬間に菜緒に憧れにも似た気持ちを抱いた。


「うちに入るメンバーはあとーー」


「あ、私たちです」


菜緒が辺りを見回していると、背後から声が上がる。


泡沫真冬(うたかたまふゆ)です!」

「坂本(れん)です!」


挨拶しながら自己紹介すること2人をみて、春陽ははっとして、慌てて頭を下げ、二人に続く。


「遅くなってすいません!佐倉春陽です!」


三人で頭を下げて挨拶すると、新入生三人の緊張感が伝わったのか、菜緒は苦笑した。


「なんかこっちまで緊張してくるな」


「そのくらいがちょうどいいのではなくて?」


菜緒の背後からにわかに声がして現れたのはモデルのように背が高く、手足の長い美少女だった。

激しい運動や戦闘のために髪を短くしている菜緒とは違い、髪は背中の半ば程長く、毛先を巻いている。


「菜緒はすぐ頭に血が登りますからーー少し緊張しているくらいが冷静に判断できてよいのでは?」


「私はいつだって冷静だっての!」


菜緒が苦笑混じりに突っ込む。


まだ入学して三ヶ月程だが、はっきり言って、この学園でここまで小綺麗に身なりを整えている人間を春陽が見るのは初めてだった、


色素の薄い手入れされた髪の毛をハーフアップにした少女は春陽たちを一瞥してにっこりと笑った。


「はじめまして、わたくしは菜緒さんの、大親友の本郷美智佳(ほんごうみちか)といいますわ」


にっこりと微笑む姿はまるで大輪の花のようで、春陽たちは圧倒される。


「チームメイトあたりでいいだろ」

「あら、そんなの味気ないですわーーそれにーー」


美智佳はちらりと、いつのまにか菜緒を挟んで美智佳とは反対側に立っていた少年三人に視線を向ける。


「彼らのような野蛮人と一緒にされるのは抵抗がありますわ」


「ああん!?どういう意味だよ」

「あら、ごめんなさい、総司くんは別ですわよ」

「俺らに謝れや!」


眼光の鋭い少年が不機嫌そうにつぶやき、美智佳はクスリと笑う。


「このくそ巻き毛が」

「まぁ!ききました!?かよわい女性に向かってなんていうお言葉を!」

「大体てめーは人を囮にして逃げるのが得意なサイテー女じゃないか」

「あら!適材適所ですわ!逃げることのどこがわるいんですの!?引き際を見極めているわたくしの判断力を少しは見習いなさい!!」

「囮ってとこはみとめるんだね……」


昴と美智佳が互いに罵り合う中、総司がポツリと突っ込む。

なにやら険悪な雰囲気に春陽たち新入生が目を点にしていると、菜緒が盛大にため息をついた。






「遅くなったがうちのメンバーを紹介しよう」


いつものことなのか手慣れた様子で仲裁した彼女は場の空気を入れ替えようと咳払いをして話題を切り替えた。

菜緒の表情には少し疲労が見えた。


「向かって左側から名を言ってくれ」


菜緒がいうと美智佳と喧嘩腰で話していた眼光の鋭い少年から口を開いた。


「影山昴ーー高等部三年だ」

「小島勇大でーす!高等部二年でーす!分からないことがあったらなんでもきいてねー」


影山昴が不機嫌そうに呟くのと対照的に小島勇大は人懐っこい明るい笑顔で言った。


「東総司です。高等部三年です。よろしくお願いします。」


あづま??


そう言って礼儀正しくお辞儀をした総司の苗字に、春陽が反応していると、ほかの中等部一年生も同じか顔をして総司の顔を見上げていた。


さらさらの黒髪に端正な顔立ち。優しそうな微笑みに春陽と真冬が見惚れているとーー


「総司せんぱーい!また!無意識に女の子を魅了して!羨ましいっす!!」


嫉妬じみた言葉を紡いだのは小島勇大だった。

短髪の影山昴と東総司に比べたら少し髪が長い上に、茶髪で一見軽そうな性格に見える。


「ち、ちがいます!東先生によく似てるなーと思っていただけで……!!」


春陽が慌てて誤解を解こうとすると、勇大は「ああ!」と納得した声を上げた。


「兄弟だからな!」


「東先生の!?」


春陽たちが驚いていると、美智佳が口を開く。


「珍しいことではありませんわーー魔力は遺伝しますものーー事実、わたくしのお父様もお母様もこの学校の出身ですし、兄弟もかよってますわ」


「坂本蓮も妹いるだろ?資料でみたぞ」


「そうなの?」


「あ、うん……双子の」


そう言われて春陽は浮かんできた疑念を口にする。


「で、でも……無作為で選んでるんじゃ……」


「世間一般にはねーー全寮制の国公立中高一貫校なんて、自由に応募できるようにしていたら殺到しそうだしーー」


「魔力を持っていることが入学の条件だと公開するわけにいかないからな」


勇大の言葉に続けて菜緒が捕捉を付け足す。


「そろそろ時間だ」


総司が短く呟くと、春陽が所属したいるチームだけでなく辺りが水を打ったように静まり返る。

緊張が伝わってきて、春陽も手に汗を握り、固唾を飲みながら漆黒の扉を見つめた。



『皆さんーー準備は整いましたか??後五分ほどで扉が開きます』


女性の声でアナウンスが流れる。

辺りに緊張が漲り、春陽は固唾をのんで先輩達の様子を観察する。


慣れた様子で、各々平然として扉を見つめていまた。


今回、新入生は手慣れていないものを装備するのは逆に危険ということで、護身用の発光弾や煙幕ぐらいしか携帯を許可されていない。


それ以外で背中に背負っているリュックには着替えや衛生用品、携帯食などが入っているが、移動の邪魔にならないように各自リュックに入る分だけ持ち込めるようになっている。


ちなみに基本食事はその日の当番が現地で食材を調達して、調理から配膳までするようになっている。


菜緒達をよく見ると、各々武器を腰に携帯しており、いつでも武装できるように準備は整っている様子だった。


その凛とした勇ましい姿に春陽は心強いな、と安堵感を覚えた。


『まもなく月が扉の真上にきます。中等部一年生の皆さん、初めての異世界は先輩や院生の指示によく従いーー必ず無事で戻ってきてください。』


短いアナウンスが流れ、扉が音をたてて開き始める。


春陽は覚悟を決めて、体を硬らせる恐怖を振り切るように顔を上げた。



その刹那ーー春陽の視界は眩しい光で埋め尽くされ、一瞬の浮遊感が襲った後、生温い風が頬を優しく撫でた。


気がつけば扉は眼前ではなく背後にーーそれも純白の門へと変わっている。


「これがーー異世界……」



春陽は古代の森を連想させる巨木が密集する森を見つめながら呟いた。

月のない夜は星の瞬きが夜空を彩り、みたことのないほど星々が密集し、輝き、美しかった。


斗真にみせたいなーー


そんな感嘆の息をつく春陽含め、新入生たちの傍で先輩達は緊張を漲らせ、鋭い眼光で夜闇を睨みつけていた。


そこで春陽ははっとして、注意を満天の夜空から周囲へと変える。


そうだーー油断してはならない。


どんなに美しい景色でも、ここは春陽が知っている世界ではないーー


気を抜けば一瞬で命を落とすーー異世界なのだから





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