黒白の門と黒の書
異界へと通じる門が発見されたのはおよそ百年以上前のことだ。
はるか昔から辺り一帯の地主である月見里家は、その門は神の祟りやら、呪いやらと恐れて、存在を認知しつつも公にはしなかった。
このような山奥に入る者もおらず、近づく者は誰もいなかったのだ。
しかしある晩月見里家の次男が行方不明になる。
満月の輝く夜のことだった。
村の者総出で探したが見つからず、二週間が過ぎた。
その少年の生存は絶望的だろうと誰もが思った。
しかし、少年は突如生きて帰ってきたのである。
皆歓喜と安堵の言葉を口にする中、少年の兄が違和感に気づく。
そして今までどこにいたのか尋ねると、少年は黒い本を兄へと差し出した。
謎の文字で書かれた分厚い書物ーー「黒の書」である。
彼の話によるとーー少年は門の真上に満月がかかる頃、漆黒の門の前に一人で佇んでいた。
ただの肝試し気分だったのだが、急に門が開き、吸い込まれたという。
そして気がついたら辺りは不思議な世界が広がっていた。
淡く光るクリスタルーー
見たこともない大樹が生い茂る森ーー
そして空にあるはずの満月が見当たらなかった。
まるで新月のように満点の星空が広がるだけだったーー
ふと、少年は目の前にあったはずの門が背後にあることに気がつく。
振り向いて門をよく見てみるとーーその門は真っ白な門にかわっていたのだ。
驚く少年の周囲からは不気味な獣の鳴き声が木霊する。
突如、漆黒の毛並みに不気味な眼光をギラつかせながら、数匹の狼が現れた。
恐怖のあまり少年がうずくまっているとふと、目の前に黒い本が落ちているのに気がついた。
本を手に取ると、頭の中に不思議な言葉が浮かんだという。
「ルカ・テデル・マディーシア」
閃光が迸り、光の渦が少年を中心に沸き起こる。
あまりの眩しさに目を閉じたーー。
その刹那、少年は本に何が書かれてるかわかったという。
その本には魔法の使い方、魔法とはなにか、が記されており、少年はそれを駆使して漆黒の狼たちをなぎ倒した。
魔法を使えるようになった興奮と、まだまだ不気味な気配が蠢く森への恐怖ーー少年はとりあえず門の近くに洞窟をみつけ、そこを拠点にひたすら純白の門が開くのをーー元の世界に帰れることを祈ったという。
そしてーー三つの満月が門の上に揃った時ーー再び門が開き、吸い込まれるようにして元の世界に戻ってきたという。
少年の話を皆は笑ったーー母親は気が触れたと泣き崩れたという。
そう、誰も信じないーーそしてまた、証明もできなかった。
毎夜門の前に佇んでも扉は開かなかったのだ。
そうーー門が開くには条件がいるのだーー
ひとつ、魔力を持つ者であることーー
ひとつ、満月の輝く夜であることーー
ひとつ、二十歳以下であることーー
最後の条件は門をくぐるのに年齢制限があり、平均が二十歳ということだ。
実際は、十八歳を過ぎた頃から門を通ることのできないものが現れ始め、二十歳の頃には半数を超え、二十五歳にもなれば門をくぐれるものはゼロになる。
これだけの条件を割り出すのに時間はそうかからなかった。
好奇心の強い少年が、村人に後ろ指をさされながらも根気強く足繁く通って解明したのだ。
少年の名は月見里誉最初に門をくぐり、学園を築く足がかりを作った人物ーー。
そして学園を作ったのは、後に陸軍に志願し、魔法の力を政府へと紹介した少年の兄ーー月見里 御影
彼らがこの学園の創設者であり、代々月見里一族が学園を経営することとなった。
このような話に耳を傾けながら、春陽は一年生全員が一堂に会する講堂で静かに着席していた。
「七月の半ばから実施される特別課外合宿では、新入生全員に一度あちらの世界を体験してもらうこととなったわけだがーー人数を考慮し、三回に分けて行う」
目の前の教師ーー木下とかいったかーーが、順序よく語り続ける。
「一回につき三十人余り、先輩達のチームに三人ずつ仮配属され、基本的にそのチームで終始行動を共にしてもらう。他にも、優勝な院生も多くつき、君たちをフォローしてくれる」
明桜学園では、十八歳の高校三年生で卒業となっており、そこで門をくぐれ、意思のあるものは院生として学園に残り教師や生徒のフォローをする仕組みになっている。
「はじめての取り組みではあるが、キャンプ場があり、水や電気も使えある程度の生活水準は確保できているーー」
手元の冊子によると、その宿泊する場所は門の近くの洞窟の奥に設置されているキャンプ場。
門をくぐる時放たれる強力な電磁波の影響で向こうの世界には精密機械が持ち込めない。
そのため、電磁波の影響が最小の状態の部品から持ち込み、向こうで組み立てた無線と太陽光パネル、発電機、蓄電器などがとりあえずあるらしい。
「衛生面ですが、シャワーは地下水からポンプで汲み上げ、地熱で温めるシステムをとりいれ。更にトイレはバイオトイレが設置されておりーー出来るだけ快適に過ごせるように工夫を凝らしている」
これだけの設備を整えるのに十年以上かかったと木下は熱く語る。
どうやら彼が学生の時代にはなかった設備らしい。
「シャワーも、トイレもあるなんて意外よね」
隣で女の子たちが話しているのが聞こえた。
「たしかにそれも大事だけど、気になるのはーー」
魔物や魔獣といった、未知なる脅威ーー
魔法でしか倒すことのできないーー化け物……
生徒たちはそれぞれ自分が選んだ武器を装備して異界へと挑む。
その武器はただの武器じゃないーー自らの魔力を送り込んで強化した武器だ。
銃や弓矢も同様ーー魔力を込めないと傷一つつけられないのだ。
魔法ーーもしくは魔力の通った武器でないと奴らを殺すことは叶わない。
一年生の大半はキャンプ場の過ごし方よりもそっちの方が気になるだろう。
春陽がそう考えていると、生徒たちの関心を読み取ったのか木下は設備の説明を一旦中断した。
「多くの者達が気になるのは休憩中や就寝中の身の安全のことだろう?」
木下は手を掲げると光の礫が輝きだした。
それはゆっくり円を描きながら木下の掌に集まっていく。
そして、野球ボール大の大きさになった氷の球を勢いよく窓ガラスへと発射した。
猛スピードで突進した球はガラスに当たる直前で何かに当たり、派手な音を立てて砕け散った。
誰もが窓ガラスの方が砕けると思っていた生徒たちは唖然として言葉を失っていた。
「角度によって見えた者もいるかもしれないが、学園の窓ガラスには全て、光の壁といわれる一種の結界が張られている。私が作り出した氷の球は窓ガラスに施してあるバリアー機能が働き、防御されたのだーー」
これが、君たちの根城となるキャンプ場の入り口ーー洞窟の入り口に張り巡らされており、また、洞窟の入り口は木々で覆われて敵から見つかりにくいようにしてあるーー。
木下の説明に生徒達は魔法の凄さと、身の安全を確保されている事への安堵で緊張を解いた。
一年生である春陽達は、まだ身体を強化する基本的な魔法しか教わっていないため、魔力の性質変化や形状変化といった高度な魔法を自然とこなせる木下に感嘆の声があがる。
「すごいね」
隣の席にいた朱音がポツリと呟いた。
「先輩達ってみんなあんな風に魔法が使えるんだよね、だったらーー生きて帰れるよね……?」
朱音の言葉に春陽は一気に冷静になる。
魔法は凄い。
凄すぎて忘れそうになるけど、私たちはあの化け物と遭遇した時、ちゃんと闘えるのだほうか?
ここ数年、死者は出てない、魔物達が出没する地域も特定できており、未踏の地にまで行かなければある程度は安全だと主張する木下の言葉に、春陽は疑念が晴れない。
門を通り異世界へと飛び出したこの学園は、未だ発見できてない知的生命体ーーつまりは文明をもつ種族との接触を今のところ最大の目的としている。
魔法が存在する世界に住む者達は一体どんな姿形なのかーー思想なのかーー文明をもっているのかーー
こちらと友好の意思があるのだろうーー?
そもそも敵対してきたらーー?
春陽がそう思考を巡らせていると、ふと朱音の虚ろな横顔が視界にはいる。
彼女は魔物と戦う先輩達の映像を見て、自分には無理だと思い、脱走を試みた。
東先生に即見つかり連れ戻されていたがーー
春陽も正直怖い、逃げ出したかったが、逃げ出したところで周りに迷惑がかかるーー冷静に考えた結果、春陽は此処を無事に卒業するために魔法を身につけて絶対生き残ってやるとーー覚悟を決めた。
気になることもあるし……
「ねぇ、知ってる?門を最初に見つけた月見里誉がどうなったか?」
そんな言葉が後ろから聞こえてきた。
先程の女子達だ。
「門の向こう側の世界に魅せられて消えちゃったんですってーー元々、好奇心が強かったらしいけど、まるで何かに取り憑かれちゃったようにおかしくなっちゃったんだって」
それを聞いて春陽は不意に斗真を思い出した。
星を眺めてーー自分達と同じ人類がどこかにいるかもしれないと、瞳を輝かせていたーー好奇心の強い少年……
斗真にも自分と同じ才能があるかもしれないと思ったあの時ーー
恐怖を感じた
もし斗真がこの学園に魔法の才能があるかもしれないと目をつけられて、入学させられたりしたらーー外で遊ぶよりも星を眺めたり、宇宙の本ばかり読んでいる彼が戦いの場に入ってきたらーー生き残れるのだろうか?
その前に、斗真は斗真でいられるのだろうか??
だからこそ、距離を置こうと思ったのだ。
ここにきてはいけないーー目をつけられないで……
そんなことを思っているなんてどう伝えたらいいのかわからず、ひどいことをいってしまったが…
それでいいのかもしれないーー
どうか斗真だけは、優しい世界で平穏に生きて欲しい……
そう春陽は切に願った。




