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さて、まずは規則的な生活について確認しましょう。

 アネッサが脱衣所に戻ると、中高年に近い女性神官たちに髪を拭いて貰うのを恐縮していたマーヤが、夜着を身につけ髪をまとめて貰う。


「本当にありがとう。皆さん。私、いつも短い髪だったから、手伝って下さって助かりました」


 礼儀正しく礼を言うマーヤに、三人は真っ青になり首を振る。


「大丈夫ですわ!頭など下げないで下さいませ」

「いいえ、本当にありがとう」


 どうしようとオタオタする三人に、アネッサが、


「皆。この方は、あの聖女が蘇ったのではなく、本来この世界に生まれるべき聖女が別の世界に生まれてしまい、神が元に戻して下さったのだ。姿はあの者の姿だが、内面は違う方。この方はマーヤ様と言われる。オーラが見えないか?」


 アネッサの言葉に、三人はじっとマーヤを見る。


「……まぁ!本当ですわ!全くオーラの色が違う」

「本当……それにお姿、髪の色、瞳の神秘的なところも相まって……」

「聖女様……いえ、マーヤ様申し訳ございません!ご無礼を……」

「あぁ、いいの!いつもありがとう……でいいのかな、これからもよろしくお願いします」


 礼儀正しい上に、マーヤは心配そうに三人のうち、杖をついた老齢の女官を見る。

 両手で杖代わりの棒にすがるようにし、よろよろと歩いている。


「あの、伺っても構いませんか?その足は大丈夫?杖が合わないのではないですか?」

「申し訳ございません!」

「ううん、違うの。少し見てもいいかしら?」


 杖を借り、突いている先と、握っている部分を確認し、女官と杖の高さを確認する。


「あのね、ここは金属を扱う部署はあるかしら?」

「金属?」

「あの、どのような……あるのはオリハルコン、白金、金、銀、鉄……」

「鉄は重いのよね。うーんと、おばあちゃんにプレゼントした杖が重さも、バランスも丁度良いのに……作れないかしら……」


 じっと杖を見つめ呟いたマーヤの前で、柔らかい光が広がり、手の部分が曲がり、そして下の部分が四つ足の杖が現れる。


「……『創造』……」

「『創造』だわ!」

「で、伝説の……聖女の御業みわざ……」

「あ、あぁぁ……書物の中のことをこの目で見られるなんて……」


 三人の女官は、涙を流しながら祈り始める。

 マーヤはびっくりしつつ、にっこり笑い、


「はい。この杖をついてみて。楽だと思うの」


 手渡された女官は、杖をつくとゆっくりと歩き、振り返る。


「あぁ……滑ることもありません!楽です。立ち止まることも出来ます……ありがとうございます!ありがとうございます!マーヤ様!」

「な、な、泣かないで。歩くのが楽になれば、貴方が楽になるかと思ったの。でも、杖があるからって無理をしないでね」

「ありがとうございます!マーヤ様に私は生涯お仕え致します」


 膝をつこうとする女官を留め、微笑む。


「良いの。それよりも、貴方が元気で居てくれれば……」

「マーヤ様……」


 三人の目がますます潤むのを見て、アネッサは、


「皆、マーヤ様がお疲れのよう。お部屋に案内を……」

「は、はい……」

「はい、どうぞ」


 三人は前後につく。


 足の悪い……名前を聞くと、マザー・ミームと言い、長身はマザー・ライム、少しぽっちゃりがマザー・オーリーと名乗った。


 ミームが自分の足の遅さを理解している為、一番最後に移動し、


「お部屋は分かっておりますので、後から参ります」


 と言ったのだが、


「マザー・ミーム。杖の調子を見たいの。長時間歩いて疲れないようにとか、座ったり立ったりする時の支えになるものだから、だから、ゆっくりで良いから並んで歩いて欲しいの。構わない?」

「そ、そんな恐れ多い!」

「そんなことはないわ。だって、その杖は私が貴方に渡したの。もし、そのせいでマザー・ミームが怪我をしては困るわ。だからお願い」


 マーヤはミームと並んで歩き出す。

 ゆっくりと進むが、杖をつき歩くミームの様子に、足元に気を配り一緒に歩くマーヤ。

 時々、段があると手を差し出し、ゆっくりと段を越え、微笑む。


「良かった。よろけなかったですね」

「ありがとうございます!マーヤ様……」


 横を通る若い神官や女性神官たちが、愕然としたり、見てはならないものを見たと言いたげに顔を背ける様子に、前後のライムとオーリーはキッと睨みつける。

 そして、アネッサが、


「シスター・ユリアと、シスター・エディスを呼びなさい。マーヤ様の到着までに居ない場合は罰を与えます。そう伝えて」

「か、かしこまりました。アネッサ枢機卿様」

「それと、ブラザー・ケイン、ブラザー・ドロス、シスター・サラを」

「はい!」


 返事をして立ち去る。


「ねえ、アネッサ。シスターとマザーは位が違うのね?」

「えぇ。マザーやファザーは私達の代理で、この教会の上級聖職者。特にマザー・ミームは枢機卿に推される程優秀な方。そして二人も、若いシスターを教育する係……だけれど、シスター・ユリアとエディスは、母国では公爵家の令嬢で、余り素行が良くなくて行儀見習いでも、他のシスターに嫌がらせをしているわ。後の三人は口が硬く、真面目なの」

「そうなのね。じゃぁ、ビシバシさせて貰っても良いかしら?」

「ビシバシ?」

「えぇ。礼儀作法と口の聞き方。ここは母国ではなく教会で、ここにはここのやり方があり、従わないならそれ相応の罰を与えるって」


 はっきり言い切ったマーヤだが、四人は、マーヤが本当にビシバシとお嬢様が泣いても問答無用で再教育をするとは思っていなかったのだった。




 部屋に帰り着いたマーヤ達だが、三人の男女は並んで立ち、そして、五人に頭を下げるが、二人が来ていないことに気がつく。


「ごめんなさいね。確かブラザー・ケイン、ブラザー・ドロスだったわよね。私は、マーヤと言います。お願いがあるの。どちらか一人、マザー・ライムと一緒にマザー・ミームを休ませてあげて下さい。そして、マザー・オーリー。シスター・サラとあの桶を……」

「あ、あれは足を洗う桶です」


 栗色の髪の青年……ケインと名乗った……彼に、にっこりと、


「こちらに持ってきて下さい」

「は、はい。申し訳ございません。足を清める水をご準備できませんでした」

「大丈夫です。こちらにおいて下さい。アネッサ。一緒に足を清めましょう」


 そういうと、二つの桶に水がなみなみと現れる。


「まぁ!」


 驚くアネッサと共に、足を洗い、サラが用意した手巾で足を拭いていると、ペチャクチャと喋りながらノックもせず声もかけず二人の女が姿を見せた。

 シンプルな化粧を推進する教会ながら、爪はテカテカと光り、唇が赤く染まり、化粧が濃い。

 行儀見習いをしにきたとは思えない。


「お前達!私がここに戻ってくるまでに、ここにいるようにとアネッサ枢機卿に命じられたでしょう。何故いないの!」


 マーヤは厳しく言い放つ。

 すると、蔑むような眼差しで、


「あら、自害させられた聖女様じゃない。生き返っても罪人でしょ?」

「そうよそうよ!」

「あら、貴方のお父様は、ある別の貴族の領地の村を襲って、壊滅させ、女子供を奴隷として売りさばき、男を殺し尽くしたそうね。貴方のお父様、それにその子である貴方も罪人じゃないの」


にこにこ……笑うマーヤに、


「な、何を、そんなこと有り得ませんわ」

「あら、ユリア?貴方の後ろに沢山の霊がいるの。霊は嘘をつかないし、それに……」


 桶を持ち上げると中身を二人にぶちまける。


「私、自分が何もできないバカのくせに、自分が偉いと思い違いしてるバカって嫌いなの。それに、エディス……私たちは時間厳守で、ここにきなさいと言った。それを守らない。他のシスターが当たり前にできる最低限のマナーや言葉遣いもできないクズはこの教会にいらないと思うのよね。どうかしら?アネッサ。質素倹約の文字すら読めない馬鹿は、入ったばかりのシスター見習いから始めて貰いましょうか」

「そうですね。マーヤ様。それに、マザー・オーリー、シスター・サラ。邪魔な荷物は実家から取りに来て貰って下さい。そして、シスター・サラ、貴方はこの近くの部屋に移動して頂戴ね」


 びしょびしょのまま、二人のシスターは立ちすくんでいたが、


「私たちの荷物を取り上げるですって!」

「あら?それとも寄付してくれるの?ありがとう。これで炊き出しも助かるわ」

「ど、泥棒猫!」


エディスの叫びで、微笑んだマーヤは、


「あら、貴方の隠し持ってる宝石は、アネッサの実家の王家の家宝じゃない。貴方のお母様と貴方が色仕掛けで掠め取ったんでしょう?」

「えっ……」


真っ青になり、ガタガタ震えるエディスに、


「アネッサの婚約者を奪ったのも、貴方でしょう?アネッサを苦しませた貴方を許せると思う?今すぐに返さないと、アネッサのお母様と兄弟に言いつけて……貴方のご実家どうなるかしら?」


と微笑んだ。




 その問答無用の……足を洗った桶の水を公爵家の令嬢にぶちまけた奇想天外の聖女に、笑うものや実家が黙っていないのではと青ざめる者がいたらしい。


 それを全く気にせず、マーヤはサラとケインとドロスを側近に迎えたのだった。

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