目の前で起きた惨劇
真彩の祖父母、光太郎と由紀子は玄関の中、孫に分かるように外を見えるベンチに腰を下ろしていた。
世界的ファッションデザイナーとなった娘の娘……つまり孫娘の真彩は穏やかで本当に優しく、気配りができ、自慢の孫だった。
父……娘の旦那の血の強い上の孫はファッションモデルとなったが、気が強く本人は気がついていないが無意識に祖父母である二人を見下していた。
それを気づいていた二人は、余計に真彩が可愛かった。
しかも、海外生活の多い家族について行くよりも日本で勉強したいと言い、そして父親の実家より学校が近いからと言って、子供達が独立して二人暮らしの家で一緒に住むと言ってくれた。
そして、真彩は毎日学校に行って、帰ると祖母と台所に立ったり、休みの日には二人と一緒に買い物。
真彩に、彼氏とかいないのか?と聞くと、ニコニコと、
「いないよ〜。おじいちゃん。私は建築デザイナーになるの」
「お父さん……真之さんと同じかな?」
「……ううん。私は建築家じゃなくて、家の中の部屋の位置とかをお客様とお話ししながら考えて、満足して喜んでもらえる仕事がしたいの。そしてね?おじいちゃんとおばあちゃんのお家をもう少し住みやすくしたいなぁ。ほら、バリアフリー住宅ってあるでしょう?家族みんなが嬉しくなる家を作るの」
と答える。
高齢で、若い頃に事故で膝を痛めていた由紀子を特に心配し、普通の杖では転んだらいけないと、先が四つに分かれている安定感のある杖を探してきたり、カートに座れる椅子がついたものを買ってきたりと気遣ってくれていた。
ある日真彩は、
「おじいちゃん、おばあちゃん。あのね?」
後ろに隠していた紙をコタツの上に広げる。
「玄関を入ってすぐの三和土からここまで、上ったり降りたりがおばあちゃん大変でしょう?だからね?この三和土を改装したいんだ。あ、お金はね?私がバイトして貯めたお金で間に合ったよ?……と言うか、学校の友達や友達の知り合いの大工さんにお願いしたの。でね?それができるまでおじいちゃんとおばあちゃん、行きたがってた温泉旅行どうかな?」
「真彩?そんな金は……」
「大丈夫!別れる時くれた、パパとママからのお小遣い。……どうせ使わないって分かってるのに、何でくれたんだろうね?」
真彩が暗い顔で呟くのを、言葉をなくす。
今の学校に行く前、相談を受けていた二人は真彩を迎えに行った時のこと。
真彩一人がほぼ住んでいるようなマンションで、怒鳴り声が響き中に入ると、バシッ!と音がした。
こちらに背を向けている真彩に向かって、札束で娘を叩き続けている義理の息子がいた。
その横には無表情の娘と、優越感に浸る上の孫がいた。
「その程度の学校しかいけないのなら、私の秘書になれ。それかこの金で、大学に行け!真理亜の付き人程度にもなれん娘が!真理亜の爪の垢を煎じて飲め!」
と怒鳴りつける婿から庇い、真彩をこちらで引き取ると言った。
ついでに、真彩には内緒だが真彩を養女とし、向こうの家と縁を切った。
もう連絡も、顔も見せてくれるなとも伝えている。
「でもおじいちゃんたちに使ってもらって嬉しいよ、きっと」
「だがな?」
「だっておじいちゃんたち、私を守る為に疲れてるでしょ?……お姉ちゃんのスキャンダルと、父さん達の離婚騒動……」
「お前も大変だっただろう?」
「大丈夫、私は大丈夫。おじいちゃんたちがいるし」
昔からだから……。
と唇が動いたような気がした。
昔の真彩はとても大人しく、ビクビクとしていた。
父親の暴力と母親のヒステリックな叫び声に、姉の意地悪に。
しかし、一緒に住むようになってからは、よく笑うようになった。
「ね?行ってきて?ゆっくりしてね?送って行くからね。で、出来上がったら迎えに行くから」
孫の優しい言葉に、二人は頷いた。
ゆっくりとして、温泉のことを話して、そして真彩の話を聞こう。
そして、三人で……。
「あら、車が入ってきたわ……まあちゃんかしら」
由紀子はソワソワと外を見る。
由紀子は溺愛する孫を、まあちゃんと呼ぶ。
近所の由紀子の友達たちも、同じで、その次には決まって、
「由紀子さんたちは良いわねぇ。可愛いまあちゃんがいて……」
「私たちの孫なんて、滅多に会いにも来てくれないもの」
と羨ましがる。
今回、近場ではあるものの温泉旅行を真彩にプレゼントしてもらったと聞くと、ますます羨ましがられた。
「温泉もいいけれど、やっぱりまあちゃんといたいわ。早く帰りたい。あれだといいわね」
真彩の車は軽だがワンボックスカーで、乗り降りしやすく広い。
祖父母の為にわざわざ選んだのである。
由紀子は夫を見る。
「あ、あぁ……真彩のだね。真彩、ここだよ」
立ち上がり手を振る。
車から降り、
「おじいちゃん、おばあちゃん。迎えにきたよ!」
と言う声に微笑んだ二人だが、可愛い孫娘の背後に鉄の化け物が迫っているのに真っ青になった。
「真、あ……」
ドーンっと言う音が響いた。
その後のことは、信じられなかった。
暴走した軽トラックとワンボックスカーに挟まれた真彩は、救急車が来て救出された時にはすでに意識がなかった。
「真彩ぁぁ!」
「まあさ、まあちゃん!」
何度も何度も呼びかけ、救急車に乗り込んだが、救急病院で真彩の死を宣告された。
「ま、まあちゃん……まあちゃん……あぁぁぁ!」
泣き崩れる由紀子の横で、光太郎は気丈に医師たちに頭を下げる。
「……本当に、ありがとうございました」
「……残念です。ご本人も生きようとされておられました。……最後に、口にされていたのは『おじいちゃん、おばあちゃん、帰ろうね』でした」
光太郎は拳を握りしめ、言葉を吐き出す。
「……実は、妻が若い頃に事故で膝を痛めて、私もこの歳ですので、この子が家の改装とその間、温泉旅行にと……今日……迎えに来てくれて……一緒に帰ろうと……」
「……そうだったんですね……」
「……何故、真彩が……私が……変わってやりたい……」
涙が頬を伝い、滴り落ちた。
様々な手続きを終え、真彩を連れて帰ると、近くに住む息子の嫁、美也子が真っ赤な目で迎える。
息子やその子供たちも単身赴任や別の地域で住んでいるが、急遽帰ってくるらしい。
玄関を開けると、スロープと光太郎も楽な手すり付きの階段があり、会ったことのある真彩の学校の友人が立っていた。
「……さっきニュースで、聞いて……」
「……実は俺たち、真彩さんのここを改装するのを聞いて、手伝っていて……」
「昨日あんなに……おじいちゃんとおばあちゃん喜んでくれるかなって……明日迎えに行くんだって」
涙ぐむ彼らに、
「ありがとう……か、顔は幸いにも傷一つなかったんだ……でも身体は……傷だらけでね。顔だけ見てくれるかな……」
声を詰まらせる。
「可愛い真彩の最期の姿が、あれならば……古い家でもよかった……」
美也子に抱きしめられていた由紀子は号泣する。
「まあちゃん……まあちゃん!あぁぁぁ……」
近所から訃報を聞き集まってきたご近所さんは、由紀子の姿に声をかけることもできなかったのだった。