4.遠い日の約束
カルロスとは、歴代の国王につく影の一族である。生まれたその時から、影としての教育が始まる。母乳と共に毒薬が少量づつ混ぜられ、玩具の代わりに暗器を渡される。
親からの愛情等なく、道具として世話をしてくれるだけだった。影はこうして、感情を喪い、いつしか道具として影として成熟するのである。
だが、カルロスは道具にはならなかった。5歳の頃、生まれたばかりの次期国王。自身が守るべき君主に出会った事で、芽生えたのだ「心」が。
5歳の子供の手よりも更に小さい手。その手がカルロスの手を握り、無垢な笑顔を向けた。ただそれだけだった。
ただ、それだけの事が、道具として影として作られたカルロスに、「心」を与えたのだ。
齢5歳でカルロスはこの君主を守ろうと決めたのだ。道具としてではなく、心からの忠誠心と愛を持って。
「ねぇ、僕はカルロスって言うんだ、僕の国王、必ず君を守るよ」
その誓いを、カルロスは生涯を掛けて守ると決めたのだ。そして、自分に心を与えてくれた君主の心も護りたいと、カルロスは思っていた。
誓いを立ててから15年…。カルロスは、幼児から青年になっていた。
護りたい、守りたい、護る、守る。
そう思い、鍛錬も休まず行ってきていた。
君主は、自分の心を守る為に旅に出ると行動に移した際も、カルロスは重臣達の意識をそらし、スムーズに王城から抜け出せるよう細工していた。
道中も、様々な厄介事から君主を遠ざけるよう、暗躍していたのだ。だが、少し目を離した空きに君主は、裏社会では有名な白露の人形と手を取り合って旅に出ようとしているではないか。
カルロスは、影としての矜持など捨て置いて思わず叫び出してしまったのだ。
「心」があるからこそ、道具に徹する事が出来なかった。
だが、それが結果として君主との距離を縮めるキッカケにはなったのだ。
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「なぁ、カルロス。今まで一回もまともに顔を合わせて話した事が無かったのに、イキナリどうしたんだ?」
翌朝、徹夜でカルロスのルーク愛を聞かされたルークは、改めて問いかけた。
その横では、座りながら左右に怪しく揺れてるソフィがいる。徹夜でルーク愛を聞いていたのだ、眠くもなる。
ルークは、そっとソフィを横にしてやると、自身の上着を掛けてやった。途端に、規則正しい寝息が聞こえ始めた。
「主は、私に心を与えてくれたのです。だからこそ、ライアン様の道具として影として、ライアン様を守ろうと決めていました。ですが、少し目を離したスキに白露の花と接触したのを見て、抑えきれなくなったのです。」
「で、素が出てしまった…と?それ、建前だよな?」
落ち着いて話せば、カルロスは己の激情を抑える事など容易いのだ。
それが昨晩は出来ていなかった。長年影として生きてきたカルロスは、意図して素を出して居たのではないか?ルークはそう思ったのだ。
「それは…、ぽっと出の女に貴方様を独占されたら、ね?」
「いや、それもおかしいからな?そもそも、俺はお前の息子じゃないし、男だぞ!」
「性別じゃないんですよ!目に入れても痛くない!孫の様な存在なんです!」
「もっと悪い!!!」
カルロスは本気なのか、冗談なのか分かり辛い返答をしながらも、その目には剣呑としたものを宿らせてた。
その視線の先は、ソフィに向けられている。
「ソフィは、本当に捨てられたんだと思う。俺は、自分を持ったとしたら捨てられる処か監禁されるような立場だけど、ソフィは違うのだろ?白露の花?なんだろ?」
「だとしたら、処分されるのが普通だろ?なんで捨てるんだ?逃げ出したのかもしれない。そうしたらライアン様に害が及ぶかもしれないじゃないか…。そんなの…耐えられない…」
「カルロス…気持ち悪いなお前。」
「そこ、「そんなに俺の事を…」って感動するところだからな!!!」
2人はそんな事を言い合いながらも、穏やかに会話をしていた。
王都に居た頃は、こんな風に語らう事もなかった。それどころか、ソフィに出会わなければカルロスと腹を割って話す事もなかったかもしれない。そんな事を思いながらソフィの瞳の色をした空を眺めていた。
「空は高いな。世界は広いな。俺はあのまま王城にいたら父上の様になっていただろう。エルドラだけを思い、自身を省みる事なく、王という名の人形として。」
「だから、俺はライアン様の為さることを見守っていたのです。この国を出るに関わらず何かが変わると思いましたので」
真剣な眼差しでカルロスはルークを見つめていた。
「やっぱりカルロスは気持ち悪いな。それと、俺はルークだ。間違えるな。」
「御意に」
「やっぱり気持ち悪い」
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「ねぇ、ルーク。カルロスも一緒に旅をするんだよね?」
「そうだね。俺とソフィとカルロスの3人だね」
目を覚ましたソフィと会話をしながら鬱蒼とした森を歩いていた。
そう、ソフィと会話をしながら。
「ねぇ、ルーク、カルロスは何であんな先をウロチョロしながら進んでるの?」
「なんか、安全確認らしいよ」
吐き捨てるように言ったルークを、ソフィは首をかしげながら見ていた。
ソフィの言う通り、カルロスは先を歩き上下左右を忙しそうに確認しながら、時折後方に手を振っているのだ。
傍から見れば変質者にしか見えない動きであった。
「ルーク様~白露の~こっちは安全だぞ~」
「カルロス、鬱陶しい」
何かが吹っ切れたのか隠れる事をしなくなり、ニコニコしながら手を振るカルロスを、鬱陶しそうに一瞥するルーク。そんな両者のやり取りを楽しそうに眺め、スキップするように軽やかに歩みを進めるソフィ。
「私、こんな楽しい旅はじめてだわ。ルークは名前をくれたし、カルロスは私の初めての強敵だもの。本当人間って面白い!」
「なんだその強敵って」
「カルロスが、ルークを取り合う強敵だって言ってたのよ」
「カルロス…気持ち悪い」
ニコニコしながら歩を進めるソフィとカルロス。
複雑そうな、けれど嬉しそうな表情をしながら歩むルーク。
3人は歩む…この鬱蒼とした森「プルミエラムールの森」を。
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隠しきれない壊れるほどの激情を持て余し、自身を退化させた。
いつかまた、最愛の番に出会うために。
「私はまた君に出会い、そして、また恋に堕ちるんだ…_____」
それは、誰も知らない遥か昔の誓いだった。




